第4回 伊藤弘和 氏 株式会社イトクロ 代表取締役CTO

  • 第4回 伊藤弘和 氏 株式会社イトクロ 代表取締役CTO
  • 今回は、オン・ザ・エッヂが15名だった時代から参加し、2006年までライブドアグループのインフラを支え続けたトップエンジニアで現在は、株式会社イトクロの代表取締役CTOを勤める伊藤弘和氏にお話をお聞きしました。テクニカルサポートは、株式会社ウェブキャリアのWebエンジニアである磯貝忠秀氏です。会場は、麻布十番の有名焼肉店「五臓六腑」です。

    ※取材日は、2007年6月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。
  • コンピュータとの出会い

    川井 伊藤さん、こんばんは。いつもお世話になっております。今宵もよろしくお願いいたします。

    伊藤こちらこそ、よろしくお願いします。

    川井 最初にコンピュータとの出会いからお聞きしたいのですが。

    伊藤そうですね、父が脱サラして、電子機器の設計や、プリント基板組立の仕事をしてたので、MSX※3みたいなコンピュータがいつも身近なところにありましたね。サラリーマン時代に父は電卓の設計などもしていまして、コンピュータが僕の遊び道具になってました。物がどうやって動いているか知りたくて小学校に入る頃には、新しい電化製品を見ると分解していました。今でも手が寂しいと目覚まし時計を分解してしまったりしちゃいますね(笑)

    川井 えー、元に戻せるんですか(笑)

    伊藤簡単ですよ(笑)

    有意義(?)な学生時代、&のんびりと就職活動

    川井 大学には行かなかったとお聞きしましたが?

    伊藤そうですね、行きたくなかったのでコンピュータ系の専門学校に行きました。一般科目みたいな自分のやりたくないことをテーマにした授業も多かったのですが、今、振り返るとそれも役に立ちました。ExcelやWordもそこで初めて他の人からちゃんと習ったんですが、コンピュータでできることをプログラミングからCADやCG制作まで試すという観点で見れば何でも有意義でした。

    川井 インターネットなどにも興味があったんですよね?

    伊藤そうですね。パソコン通信をしていました。夜中の定額割引のテレジョーズ※4というのを利用してチャットをしたり、プログラムを組んだりしていました。当時はまだユーザ層の年齢が高い事もあって、いつの間にか同世代の友達が少なくなっていました。

    川井 その頃はもうエンジニアになろうと思っていたのですか?

    伊藤ネットで知り合った人たちの仕事を手伝ったりしていて、そういう気持ちになっていましたね。エンジニアやプログラマになるつもりでしたね。あとテクニカルイラストレーターにも興味がありました。

    川井 じゃあ、就職活動もそちら方面?

    伊藤ですね。地元の企業のほかは大手のコンピュータメーカーや大手プロバイダなどを受けてました。各社採用活動自体のスパンが長く、大手の採用に乗り過ごすと夏を越えてしまったりしてうかうかしていると年が変わってしまいまして・・・

    川井 それは、しんどいですね。でも枠にはまった就職活動って実際につまらないですからね。

    伊藤ええ、そうなんです。そんな時に「Find Job!」を見ていたら、堀江さんという人がやっている「オン・ザ・エッヂ」という会社があったんです。実はその会社は前から知ってまして、小室哲哉とかホットワイヤードとかのエッジの立ったウェブサイトの影には必ずオン・ザ・エッヂという会社がいたんです。

    川井 その時代から相当目立っていたんですね。でも「Find Job!」ですか。若い人に言っても信じてもらえませんが、あの頃の「Find Job!」は無料で求人広告が掲載できる媒体でしたからね。当時はなんでこんなことして儲かるのかまったく理解できませんでしたが、今思うと本当に笠原さん※5って先見の明があったんですね・・・・あっすいません、堀江さんの話でした(笑) そして入社したわけですね。

    超スピードの中で

    川井 入社されてからはどのような仕事をされていたんですか?

    伊藤主にシステムの管理全般でした。秋葉原にサーバーを買いにいってOSをインストールして組み立ててラックに入れるんです。当初から150台くらい見てて週に 3~4台は増えてましたね。他にもサイト制作をしたり自分の仕事を楽にするシステムを作ったりしていました。大手のポータルのバックエンドで動くシステムとかもやりました。

    川井 大変だったんじゃないですか?

    伊藤そりゃあ、もう(笑) オン・ザ・エッヂが15名のときに入社したんですが、本当に大変で、無理なことでも「いーからやるんだよ」的な感じでした。何でこんな泣きそうになるまで仕事しなくちゃいけないんだろうって思って、何度「死ね!」って思ったかわかりません(笑)

    川井 今や半分笑い話だからそのまま書いちゃっていいですか?

    伊藤いいんじゃないですか(笑)

    川井 オン・ザ・エッヂがライブドアになっても同じような仕事をしていたんですか?

    伊藤規模が大きくなっただけで、ほとんど変わりませんね。台数が増えたのでデータセンターを構築したりもしました。サーバの選定からフロアの配線工事も含めてなんでもやりました。

    川井 それはすごいスピード感でしたもんね。考えてみたらぞっとしますね(笑) でも伊藤さんのしてこられた仕事はどちらかというと完全にエンジニアとしての実務ベースですよね。あまりマネジメントには興味はないんですか?

    伊藤エンジニアとして手を動かしていたい気持ちが強いですね。人の面倒を見るのは苦手かもしれないです。なのにこんな肩書きつけちゃいけないのかもしれませんが(笑)

    川井 ははは(笑) でも、その分エンジニアとしての価値が大きいのでしょう。現場で頼りになるエンジニアですよね。当然、火消し役が増えるのではないですか? 大変だったんじゃないですか?

    伊藤そうですね。マニュアルがないなんてのはざらで、保守が切れてる、パスワードが分からないみたいなことも多かったですね。

    川井 そんなのどうするんですか?

    伊藤何事も実は作った人の気持ちで見れば分かるんですよ。プログラムも同じで、人のプログラムを読むことが多かったのですが、なんでそれを作ったのか、作ったときの心境やその人の置かれている状況を含めて作った人の立場になれば使いこなせるんです。やっつけだったのか機械的に組んだのかとか。また、自分が次に書くときの参考にもなりますしね。

    ライブドア事件、そして企業へ

    川井 少々聞きにくいんですが、例の事件がありましたよね。どう思われたんでしょうか?

    伊藤勿論、一言でいえるようなことではないし、いろいろな思いもありましたが、あえて言えば、社内でどうこうというよりは、お客さんとの関係性が変わってしまうのが一番辛かったと思います。

    川井 具体的にはどういうことですか?

    伊藤事件の前に提案していた、もしくはサービスを提案している最中のものがいろいろあったのですが、事件があって、他社へのスイッチだったりキャンセルだったりが相次いでしまったんです。エンジニアとしては最後まで全うしてお客さんの役に立ちたい思いでいっぱいでしたから本当にやり切れませんでした。

    川井 そうですか。確かにエンジニアとしては辛いですよね。純粋な気持ちでいいものを作ろうとしているだけなんですからね。そのあたりが長年いたライブドアと決別して起業しようと思い立った大きなきっかけだったんでしょうか?

    伊藤一番のきっかけは、黒岩※6と出会ったことだと思います。彼はアフィリエイト事業を立ち上げる為に転職してきていたんです。私もライブドアマーケティングに異動しており、知り合って2週間くらいで会社を作ろうという話になったんです。

    川井 はや!(笑)

    伊藤そうですね(笑) そのあたりで事件が起きて、さきほどお話したような事があって、自分の会社を持ちたいという気持ちが更に強まりました。自分で責任を持てる会社を持って、最後までお客さんにサービスしたかったんです。

    川井 素晴らしい話ですね。私は今の話を聞いて、御社に発注したくなりました。

    イトクロでは?

    川井 イトクロ社ではどのようなことをされているのですか?

    伊藤アフィリエイトとかアドセンスから始めました。アイデアベースでさくさくとサイトを作っていきましたね。アフィリエイトにしても自分たちで会社をやっているメリットを生かして、アフィリエイトISPにになったりと、自社メディアを作って儲ける仕組みの構築にチャレンジしています。やりたいことがまだまだあって本当に時間が足りません。

    川井 時間だけでなくて人も足りないのでは?

    伊藤そうともいえますね。でもうちはインドでのオフショアもしていてプログラマがいればどうとかいう問題ではないんです。

    川井 ちょっと他のWeb系企業とは状況が違うようですね。

    伊藤はい。日本ではプログラマは3年後に3分の1になると見ています。自分で考えて何かをつくれる人しか残らないんじゃないかと思うんです。プログラミングだけの世界はどんどんインドにもっていかれると思います。Ruby on Railsのような生産性を上げるための言語やフレームワークができているのもその流れではないでしょうか。

    川井 Ruby on Railsの話が出ましたが、もう少しお話しいただけませんか?

    伊藤アイデアをすぐに形にできる生産性の高いフレームワークだと認識しており、イトクロでも開発に用いています。本当に生産性が高いと思います。

    川井 フレームワークによる制約とかいろいろな部分を省略することによるエンジニアのスキル低下を懸念する声もありますが、そのあたりはいかがですか?

    伊藤何を省略しているのかまったくわからずに使っているとそうなるかもしれませんが、それを理解していれば問題ないと考えています。あとは困ったときにgoogleに頼らず、ドキュメントとソースコードを必ず読む習慣があれば大丈夫だと思います。

    川井 そのあたりを教えながらというのが重要ですね。

    若いエンジニアに一言お願いします

    川井 キーワード的には「作った人の気持ちを理解する」というお話が何度も出ていて、それが伊藤さんの主義主張だとも思うのですが、それも含めて、若いエンジニアにアドバイスをお願いしたいのですが。

    伊藤アドバイスとか偉そうなことはあれですが、Webエンジニアって大変だと思うんですよ。まずユーザーのブラウザから理解するには5つくらいの言葉を覚えないといけない。そういう大変な状況なのに、まだ歴史が浅い世界なので、きちんと教えてくれる人とか叱ってくれる人がいない。これが汎用系の開発なら町の怖いおじさんがいっぱいいて叱ってくれるんです。 川井 なるほど。教えるのは大変ですからね。

    伊藤そうです。きちんと教えられるためには3倍は理解してないといけない。 川井 どうしたら、前進できるのでしょう?

    伊藤そうですね、まずはパソコンにもっともっと好きになることではないでしょうか。興味のあるものにもっともっと興味を持つのが一番いいと思います。実は5年ほど自宅ではパソコンを開かない生活をしていたんです。でもやっぱり何か変で、最近、自宅にもパソコンを置くようにしたんです。そうしたら、常にパソコンと向き合っている生活になりました。家族と話すときもパソコン越しなんですよ(笑) 川井 何事もまずは好きになること。そこからですね。他にはいかがでしょう?

    伊藤叱ってくれるおじさんも少しはいるので、あえて叱ってもらうことですかね。 川井 どうすればいいんですか?

    伊藤どんどんアウトプットすることが一番です。世間に発信すればそれが町のおじさんたちの目にとまって、間違っていれば叱ってもらえます。実は私はそういうアウトプットをまったくしてこなくて独学で覚えてきたんです。だから私のことを知っている人は、直接かかわりあった人だけです。なので、若い人にはどんどんアウトプットしてほしいですね。それもできれば英語で。

    将来の夢は?

    川井 将来の夢みたいなものがあれば聞かせてください。

    伊藤ずっとエンジニアでいたいです。サラリーマンでエンジニアというのもいいですね。アップルコンピュータのスティーブ・ウォズニアックも同じことを言ってました※6。とっても格好いいと思います。

    川井 伊藤さんも職人気質の匠なんですね。よくわかりました。そうでないと本当のトップエンジニアにはなれないんでしょうね。本日は、本当にありがとうございました。

    ※1 2004年2月より株式会社ライブドア

    ※2 2006年9月より株式会社メディアイノベーション

    ※3 1983 年にアメリカのソフトウェア会社マイクロソフトと日本のソフトウェア会社(当時)アスキーによって提唱された、家庭用コンピュータのハードウェア、およびソフトウェアの共通規格の名称である。またこの規格にのっとって作られたコンピュータ群の総称として使われることもある。→Wikipedia

    ※4 定額を支払えば、土・日・祝日の終日および平日22時?翌朝8時のダイヤル通話料金が割安になる通話料金割引サービス→参考サイト

    ※5 笠原健治氏(現mixi代表取締役社長)

    ※6 黒岩剛史氏(現株式会社イトクロ代表取締役兼CEO)

    ※7 スティーブ・ジョブズ、ロン・ウェインらと共に、商用パーソナルコンピュータで世界で初めて成功を収めたApple Inc.の共同設立者の一人。多くのコンピューター関係者に人柄を慕われ「ウォズ」あるいは「ウォズの魔法使い」の愛称で呼ばれる。→Wikipedia
    彼は以前インタビューで
    「私の第一の目標は一生エンジニアとして働くことでした。ですから昇進はしない。管理職にはなるまいと誓ったのです。そして実際、管理職になったことはありません。なぜみんなが肩書きを欲しがるのか、いまだに理解できません。今でも私はアップルの一員で、給料をもらっています。でも組織図ではずっと最下部にとどまっています。部下を持ったこともありません。私はただ好きなことをしていたい。それは会社を経営することでも、他人に命令することでもない。私はほとんどの人よりもずっと素晴らしい人生を送ってきました。おそらくエンジニアの成功というのはこうしたことなんでしょう。」→参考サイト

  • プロフィール

    伊藤弘和 氏

    1977年 愛知県生まれ

    1999年 株式会社オンザエッヂ※1にて、同社データセンター事業立ち上げに関わり運用およびサービス設計に携わる。その後、2002年より同社にて各種Linuxディストリビューションのローカライズおよびシステム開発に携わる。

    2005年 株式会社ライブドアマーケティング※2にてFlashを利用した動画広告配信システムの設計および制作に携わる。同社退社後2006年3月 株式会社イトクロを設立 代表取締役兼CTOに就任(現任)


    会社概要

    社名 株式会社 イトクロ

    代表取締役 伊藤弘和、黒岩剛史

    本社所在地 〒106-0045 東京都港区麻布十番2-11-5 麻布新和ビル2F
    南北線または大江戸線の麻布十番駅 1出口(徒歩4分)が最寄です

    事業内容 集客コンサルティング事業・メディア事業
    当社は、国内でも屈指のSEO・SEMノウハウを保有しております。ただし、SEO・SEMノウハウ自体を販売することなく全てを自社サイトに注力することで常に高度なノウハウを社内に蓄積しております。当社はSEO・SEMノウハウを活用して多くのユーザーにより正確で価値のある情報を提供し、クライアントにはよりホットなユーザーを送客することを目指しております。

    電話番号 03-5439-9601

    FAX番号 03-5439-9602

    設立 2006年3月30日

    資本金 1,150万円

    URL  http://www.itokuro.jp/


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