第41回 増井雄一郎氏@masuidrive Appcelerator Inc. 帰国特別編

  • 第41回 増井雄一郎氏@masuidrive Appcelerator Inc. 帰国特別編
  • 渡米から2年半。
    あのmasuidriveが渡米と起業を決意した真相、アメリカでの生活を赤裸々に語ります。なお、本取材数日後のRailsDeveloppersConferenceで、masuidriveの同じテーマの講演がありました。その際のレジュメを参照しながらお読みいただけると更にお楽しみいただけると思います。

    ※取材日は、2010年11月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。
  • 川井先週は、お疲れ様でした。あんなところでご一緒できるとは思いませんでしたのでびっくりしました。

    増井いえいえ、お疲れ様でした。

    川井今日は、時間が30分くらいしかないのですが、前回の武勇伝以降(2007年7月取材の第5回掲載分)ということで、どうだったのかなあと思いまして、ちょっとお話をお聞きできればと思います。

    増井是非、よろしくお願いします。

    (参照)Webエンジニア武勇伝 第5回


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    渡米を決意した経緯は?

    川井当時は、ワイズノット時代で、ワイズノットの増井雄一郎としてアメリカに行くということでしたよね?

    増井はい、武勇伝のインタビューもそこで終わっていたと思います。

    川井ワイズノットについては嵐さんにも申し訳ないので、あえて触れないこととして、ワイズノットがああいうことになってしまったということは、渡米のきっかけになったということでしたが、実際にご自身で渡米するって決めたのはどういう経緯があったんでしょうか?

    増井もともとアメリカに興味があって、アメリカに行ってみたい、聞いてみたいというのがあっったんですが、ちょうどその時に元マイクロソフトでその後UIEという会社を興した中島聡さんが講演でアメリカから帰ってくるというのをブログのエントリーで見たんです。

    川井すごいタイミングですね。

    増井それで、会社の方に、「これこれこういうものですが、中島さんと是非個人的にお話をしてみたい」というお願いをしたところ、「スケジュールがいっぱいなので難しいと思います」と言われたんですが、「お手数ですがこのメールを中島さんに転送してください」とお願いしたんです。

    川井それでどうなったんですか?

    増井結局、中島さんご本人から「講演の会場まで来てくれるならお昼ご飯を一緒に食べる時間はあるから」という返事をいただけたんです。

    川井やりますね。

    増井それで、実際に会場近くてランチをしながら、「実はアメリカに行きたいんです」と言ったら、中島さんも「実はUIEも落ち着いたので、会社を作りたいと思っていた」という話になって、ランチの30分くらいの間に意気投合して、「だったら一緒に会社をやろう」ということになったんです。

    川井 すごいですね(笑)

    増井(笑)その日の夜にも少し話をして、もうほとんどその場で、アメリカで中島さんと二人で会社を作ることが*が決まっちゃったんです。

    川井すごいスピード感ですね。

    増井ただ、ビジネスプランも何も考えていなかったんですが、行ってからいろいろ考えようということにしていました。いろいろ引き継ぎとかビザをとるとかもあって、実際には翌年2008年の3月に渡米をして、Big Canvas Inc.を2人で作りました。

    川井なるほど。

    増井ちょうどそのタイミングでiPhoneのSDKが発売されたので、だったらiPhoneをやろうということで、iPhoneの会社になったんです。

    川井そうだったんですね。

    増井なので、行ってから考えようというタイミングがちょうどよかったっていう感じですね。

    川井素晴らしい(笑)。その辺のフットワークの軽さは昔からなんですか?

    増井そうですね。あまり考えなしに動きますね。あとで分かったんですが、中島は、30分で決めたので、僕が途中で辞めるっていうんじゃないかってちょっと思っていたみたいだったんですね。普通はそんなこと30分では決めないじゃないですか。

    川井確かにそうですね。

    増井僕も、中島が途中で会社を作るのを止めたっていうんじゃないかってことは考えなかったわけではないんですが、そうなったらその時に先のことは考えればいいよねって家では言ってましたね。

    川井(笑)意気投合したポイントとか30分で決めたのって何か理由があったんですか?

    増井もともとお互いにブログはみていてキャラクター的なところは分かっていたのと、技術者ととして何か面白いことをやってみたいというところ一致して、僕がアメリカに行ってやってみたいというところに共感してもらえたというところだと思います。

    川井なるほど。

    増井ただ、僕も急に意気投合したので、帰ってから妻に「アメリカに行くことになったから」って話をしたら、「へー、それはびっくり」って感じでしたね(笑)

    川井そりゃあ、びっくりでしょう(大笑)。奥さんの反応もいいですね(笑)

    増井もともとアメリカに行こうって言い出したのは妻ですから(笑)。まあ、それで思ったより早くアメリカに行けることになりましたね。

    川井そういうこともあるんですね。

    渡米後

    増井渡米してからしばらくは、ビジネスパートナーが中島だったこともあって、日本語で仕事をすることが多かったり、iPhoneのことを覚えることに手一杯で、英語がどうこうというのにはなかなか手が伸びなかったんですが、Seattle.rbに参加したりとか、JavaScriptのコミュニティに参加したりとかして少しずつ友達を増やしたりというのはやっていたんですが、生活そのものに慣れるまでには1年くらいかかりましたね。

    川井最初の頃は、技術だけでつながっているという感じですかね?

    増井そうですね。

    川井ちょっと疑問なのは、アメリカでいきなり会社を作って、売るルートがないと思うんですが、セールスとかプロモーションってどうするんですか?

    増井そのあたりはPRの会社に投げたりしていましたが、中島自体がもとマイクロソフトの人で、その人がiPhoneのアプリをという面白さはあったので、そのあたりを全面に出してローカルな新聞に取り上げてもらったりもしていましたね。まあ、ほとんどはPRの会社にお願いしていました。

    川井なるほど。

    増井そこはいいも悪いもありますが、僕も中島も技術者だったので、その辺に強い人間がいなかったっていうのが会社としては難しいというのはありましたね。

    川井 スタートアップの話題性である程度まではいくけども、そこから拡張していく機能がないってことですね。

    増井そうですね。それはやっぱり難しいことだと思いますね。

    川井やっぱりマネタイズっていうのはプロフェッショナルじゃないと駄目ってことですね。

    増井はい。エンジニアとマネタイズとか経営ってことを考える人は別なんだと思いますね。今、アメリカのベンチャーだとエンジニアとそうでない人の2人で起業するのが最少構成って感じなんですが、今のエンジニアって1人でかなりのことができるので、それでも2人で最少構成っていうのはそういうことなんだと思います。

    川井なるほど。起業してから2年半、会社としてはいろいろな局面があったのではないですか?

    増井会社としてうまくやらなきゃならないっていう意味では難しさを感じることは多かったですし、僕自身が英語で技術の話は最低限にできても、ビジネスの話ができないので、見えない部分が大きくなってしまっていて、そのあたりのはがゆさというか分からなさっていうのは大きかったですね。日本では技術では勿論、経営もしていましたし、経営の本なんかも好きでよく読んでいたんですけど、それがアメリカではできなくて、100%技術で闘わなければならない難しさっていうのは日々感じましたね。

    川井ずっと2人やっていた感じなんですか?

    増井一時期、人が入ったりもありましたが、いろいろありまして(笑)、ほとんど2人ですね。

    川井知らない人を雇うと、いろいろありますよね(笑)

    増井みんな、必ず1回はひどい目に遭ってるので、そんなの当たり前って言われますね(笑)

    川井そうなんですね。ちょっと話は変わりますが、アメリカにいた時期に技術的に伸びたという部分ってありましたか? 勿論iPhoneのことは詳しくなったと思うのですが(笑)、技術的なキャリアという面ではいかがでしょうか?

    増井そうですね、やなり中島と出会って、中島と一緒に仕事をしたというのは大きかったですね。特に僕はずっと1人でやってきて誰かに教わったってことがほとんどないので、そういう意味で仕事の仕方やコードについてもいろいろ教わったりとか、そのあたりで学んだことはたくさんありましたね。

    川井なるほど。増井さんだとどこかにいくと技術的には必ず一番上、聞かれることがほとんどだったと思うので、それは新鮮な経験だったかもしれないですね。

    増井はい。組織に属するってこともしてこなかったので、教わるってことがすごくプラスになったと思います。

    川井具体的にはどんなことを学んだとかってありますか?

    増井中島は面白くて、例えば夏休みの宿題は最初の 1週間で終わらせるタイプなんです。必ず始めの1週間で終わらせるって言ってました。

    川井すごい人ですね(笑)

    増井僕は、夏休みが終わってから宿題にとりかかる方なので(笑)、すごいなあって思ってました。

    川井自己統制がすごいですね。

    増井真似はできないんですが、そのあたりも勉強になりましたね。


    今回の帰国について

    川井今回、帰国されたっていうのは、Big Canvas Inc.を現在のビジネスモデルで伸ばしていくことを一旦、諦めたということなんですか?

    増井はい、それを諦めたというのと、アメリカのローカルな会社をいくつか手伝ったりもしていたんですけど、今の英語力と立場のままでずるずる続けていても英語の伸びもビジネスとしても難しいところがあるんじゃないかって、ここらで整理をしようというのもあって、1回、日本に戻ろうと思っていました。

    川井 なるほど。帰国の顛末の中で、シリコンバレーの会社からオファーが出たという話がありましたが、そのあたりについて教えていただいてもいいでしょうか?

    増井もともとは、8月にiOSDevCampっていうiPhone関係の皆で泊まり込みでアプリを作りましょうっていうHackathonがあって、そこにAppcelerator Inc.がスポンサーとして参加していて、それで Vice president*と話す機会があったんです。すでにAppcelerator Inc.は製品をオープンソースとして公開していて、それで私はそれにコミットしていて、それを元にiPhoneのアプリケーションを作っているという話をしていたんですが、そうしたら1週間後くらいにAppcelerator Inc.のCEOからジョブオファーがあって、シアトルからシリコンバレーにリロケートして来ないかって誘われたんです。ちょうどそれが会社をたたむと決めた翌々日だったんです。

    川井不思議な縁ですね。

    増井そうなんです。それで「ちょうど会社をたたむことを決めたところだったので、今ならリロケートできるけど、会社のビザしかないので、ビザのサポートをしてくれればすぐにジョインできるのでお願いできないか」と頼んだところ、「今はまだ会社が小さいのでビザのサポートする時間的余裕もないのでリモートで働いてくれないか」という回答があったんです。

    川井なるほど。

    増井リモートで働くとなるとどうしても距離感が出てしまうのと、英語という壁もあって、リモートだと決められたタスクをこなすだけになってしまうので、その時は「リモートだったら働く面白さがないので、やっぱり日本に帰る」という返事をして、そこで一旦、話は終わったんです。

    川井そんなことがあったんですね。

    増井ただ、会社としては興味もあったので、日本に帰る前に一度サンフランシスコに遊びに行きますってことは伝えていて、その後、荷造りやら何やらしていてまさに引っ越しの当日のニュースで、そのAppcelerator Inc.が$9millionのファンドを得るというニュースを見たんです。

    川井ますますすごい展開ですね(笑)

    増井それで慌てて引越会社に連絡をして、「オファーを受けていた会社が$9millionの出資を受けることになったので、もしかしたらビザのサポートをしてもらえるかもしれない。なので荷物はもしかしたら日本でなくてサンフランシスコに送ってもらうことになるかもしれないけどできる?」って話と「そうなると3ヶ月後ぐらいになるんでそれまでホールドしておくことはできる?」って話をしたらどっちでもできるって言ってもらえたんで、一旦、送り先を保留にしてもらったんです。

    川井(笑)

    増井それで荷物をそのままとり置きしてもらって、翌日にサンフランシスコのAppcelerator Inc.に遊びに行って、CEOに会うのは初めてだったので、自己紹介をして$9millionおめでとうって話をしてから、「ところで$9millionを得たんだからビザのサポートはできないの?」って確認したら、先方でもHumanResouce系の人も雇ったのでできるかもしれない。弁護士に確認するから少し時間が欲しい」ってことだったんです。

    川井おお。

    増井ただ、僕としてはその2日後にアメリカを発って日本に帰る予定だったので、「明日までに返事をもらえればジョインできるけど、明日までに返事をもらえなかったら日本に帰ってすぐに就職活動するから、このタイミングを逃したら難しい」と言ったら「明日まで返事はするので、CTOなど開発者を紹介するので話をしておいて欲しい」と言われたんです。

    川井ほう。

    増井それで技術者やCTOといろいろな話をしたんですが、すでにAppcelerator Inc.のオープンソースプロジェクトにコミットしていたので、僕のソースは読んでいたせいか技術的なことはあまり聞かれずに、これまで何をしてきたのかとかそういうことばかり聞かれた感じでした。

    川井 その日それで終わりですか?

    増井はい。それで終わって、翌日は僕は遊びいく予定があったので、電話で連絡をもらうことにしていたのですが、待てど暮らせど一向に電話がないんですよ。

    川井 えー。。。

    増井まあ、向こうの人で電話をくれるって言ってもくれないってことははじめから分かっていたので、帰り道に会社に寄って、アポなしでノックしたら、そこのちょうどCEOとVice Presidentがいて、ビザのサポートもするし日本のマーケットもやりたいので帰っている間にコネクションを作って帰ってきてほしいという話をもらえて、それでジョインすることにしたんです。

    川井そういう結末でしたか。

    増井アポなしで行っているのであまり時間もなくて細かい契約事項についてはメールでやりとりをするということで今もそれを続けていやっています。

    川井ドラマチックな展開ですね。

    増井もし、ビザのサポートを断られたら、$9millionも獲得して僕を採用しないっていうのはどういうことなんだって英語でどう言おうか、前の日にシャワーを浴びながら一生懸命考えていたんですよ(笑)

    川井(笑)

    増井早目に向こうがビザのサポートをしてくれるって言ってくれたので喧嘩にならずにすんだんですけどね。もしその$9millionを得るのが数日でも遅れたら、僕はもう日本に帰っていたし、メールでそういうやりとりをしてもなかなか伝わらないんですよね。

    川井そうですよね。

    増井僕はもともとこの会社の技術が好きで、オープンソースとしてもコミットしていたし、これからも伸びると思うけど、直さないといけない部分もあって、僕はジョインしたらそいうことをやりたいっていうことをリストで出して伝えたりしたんですけど、メールだったら伝わらなかったと思うんですよね。まあ、英語は滅茶苦茶なんですけどね(笑)

    川井(笑)

    増井そこら辺は、気合と根性と、あとホワイトボードでどうにかなるんですよね。あと僕らはコードが書けるので技術的な部分はそこらで勝負はできますからね。

    川井それはありますよね。

    増井逆に言うと、僕は英語ができないので、アメリカにいくとコードで勝負しなければいけない厳しさがあるんですよね。日本にいるときは日本語で喋ったり書いたりとか技術じゃないところで勝負もできるんですが、それができないっていうのは技術者としては結構厳しいですね。

    川井なるほど。これから英語の部分はさらに強化していこうってことですよね。

    増井はい。なんでそんな面倒くさい道を選んでいるのかは分からないんですけどね(笑)

    川井(笑)

    日本の企業からのオファーは?

    川井ブログに日本企業向けに求職的な書き込みもしてましたよね?

    増井はい。もともとそれよりも前に日本に帰って就職しようとしていたので、書いてみところ10数社くらいから問い合わせがありました。友達とかに聞いてみると日本のWeb系のエンジニアの年収はだいたい700万くらいで頭打ちということだったのです、だったらそうでない会社でということも含めて800万円以上という条件とつけました。

    川井すごいですよね。ブログに書いただけで10社以上から声がかかるんですね。

    増井そうですね。ブログだけですね。でも、それらの会社に、せっかくお声掛けいただいたものの他から話があって、結局アメリカに帰ることになりそうですっていう話をして回っている最中ですね。

    川井なるほどですね。

    増井これで向こうに行けたら行けたでいいんですが、いけなかった場合は、また就職活動しないといけないんです、全然予定が立たないんですよね。

    川井落ち着かないお正月をウィークリーマンションで迎えそうな感じですかね(笑)

    増井(笑)荷物も置いてきたままなので、こちらでは準備もしていなかったし何もかもがないんですよね(笑)

    川井(笑)パンツもないんですよね?

    増井そうですね。服もないんでとりあえず日用品などを100円ショップで買いあさりましたね。アメリカ国内の移動だったらテレビとかも持って動いたんですけど、日本に帰る予定だったので、全部売ったりしてきて、またアメリカに戻るとなってもまた生活を組み立てるのに大変なんです。

    川井金もかかりますね。

    増井はい。実は結婚して丸6年になるんですが、今回の引っ越しが5回目なんですよ。なんかもうほぼ毎年引越している感じですね。

    川井そんなエンジニアあんまりいないですよね(笑)

    増井いないですね。遊牧民のようです(笑) これが駄目だったら、日本食スーパーさえあればどこの国でもいいけどねって話を家ではしていますね。

    川井奥さんの支えが尋常ではないですね。

    増井ですね。でも普通は嫁が止めるんですけどね。うちは煽るんですよね(笑)

    川井風呂で開発している写真も奥さんが撮っているくらいですからね(笑)

    増井今回、訪問した会社からも「あれはネタだと思っていた」って言われましたけど、本当にやっているんですよね(笑)

    川井今回、それをテーマとした団扇を作らせていただきまして、ありがとうございました。

    増井ありがとうございます!

    川井2年間いない間に、増井さんの知名度が落ちたのか、あまり理解してもらえなくて、解体新書とかも作って説明して回りました(笑)

    増井ありがとうございます! 日本で話す機会とかもなかったので、ブログなんかには記事をかいたりするようにしていたんですが、Big Canvas Inc.のサービスは、僕と中島が作ったサービスということもあって、日本のユーザー比率が高くなってしまったんですね。日本のユーザーが多くなると他の国の人が使いにくくなるので日本向けの宣伝は控えていた時期があったんです。それもあってあまりブログも書かなくなってしまった時期があったんです。

    川井なるほど。

    増井これからはブログも真面目に書かなきゃなって思っています。

    川井週末はRailsDevConもあって久々に講演が聴けるので楽しみにしています。

    増井そろそろ原稿書かなきゃって思っています。

    川井このインタビューをUPするときにはすでに終わってますけどね(笑)

    増井この記事が出るころには、Appcelerator Inc.のコントラクトも概ね終わっていると思います。今日も早くよこせとプッシュしておきました。

    川井早く出るといいですね。

    Webエンジニア武勇伝、特別編として

    川井こちらのインタビューは、Webエンジニア武勇伝の特別編ということで出したいと思いますので、よろしくお願いします。

    増井すごい増えてますよね?

    川井はい。増井さんが5人目だったんですが、現在は約50名近くになっています。

    増井すごいですね。

    川井ただ、ウェブキャリアの事業譲渡などもあり、インタビュー後に2年間くらいUPできていない方々もいるのでなんとかしたいと思っています。あとは、MatzとはLLTigerの時に「今年中に必ず」と約束したのと、先日GREEに移った元はてなCTOの直也さんのは記事は、今年中にと思っています。遅れている皆さんにこの場を借りてお詫び申し上げます。あと、もろもろの関係で増井さんの記事を先にいきます。

    増井よろしくお願いします。

    川井本日はどうもありがとうございました。

    増井こちらこそありがとうございました。

  • プロフィール増井雄一郎 氏(masuidrive)

    1976年     北海道生まれ
    1992年     高校時代にアルバイト先でデータベースアプリケーションの開発を行う。
    1999年     株式会社ハイセックを設立。主にウェブ系システムの開発を行う
    2004年     株式会社ハイセックを解散。フリーランスとして活動。
    2006年     技術評論社 Ajax 実装のための基礎テクニック 執筆     
           翔泳社 PukiWiki入門 まとめサイトを作ろう! 執筆
    2007年     株式会社ワイズノット・株式会社オープンソース総合研究所へ入社。
    2008年     渡米し、Big Canvas Inc.を設立。主にiPhoneアプリの開発を行う。
    2010年     帰国。
    2011年    Appcelerator Inc.に正式にジョイン予定。



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