- 第1回 松野徳大氏 株式会社モバイルファクトリー

- 今回は、株式会社モバイルファクトリーのエンジニアである、松野徳大(23歳)さんにお話を伺いました。 松野さんは、モバイルファクトリー社でモバイル系のサービス開発を手がける傍ら、「YAPC::Asia」「Shibuya.pm」など、Perl系のコミュニティでも積極的に活躍されています。 また、RailsによるWikiである「Inamode6」や携帯からIRCのログを見たり発言するためのサーバー「mobirc」なども生み出したことでも知られ、23歳にして天才プログラマとして広く知られています。 取材は五反田のモバイルファクトリー社の会議室で行い、松野さんの直接のご上司である木村岳文さんと広報担当である下村友香さんにもご同席をいただいております。※取材日は、2008年1月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。
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柴田さんとのご関係は?
川井 改めましてよろしくお願いいたします。松野 よろしくお願いいたします。
川井 今回は、Webエンジニアの武勇伝、第14回に登場いただいている柴田淳さんのご紹介でお邪魔したんですが、柴田さんとは大分、年齢が離れている気がしますが、どんなきっかけで知り合われたのですか?松野 そうですね。確かに離れていますね。柴田さんとは、LLというイベントで一緒にスタッフをさせていただいたのがきっかけで、知り合いになりました。
川井 そうですか。ボランティアスタッフですよね。松野 そうです。イベントのスタッフミーティングというのを半年くらいかけて10数回やっていたんですけど、そのときに毎回、夜、夕飯を食べつつ飲んでという席で結構お話をするようになりました。
川井 そうでしたか。柴田さんの武勇伝も是非、お読みください。松野 はい。楽しみにしています。
PCとの出会いは?
川井 PCとの出会いについて教えていただけますか?松野 そうですね。自分のパソコンを手に入れたのは高2くらいのときなんですけど、小学校のときに父親からポケコンをもらいまして、その時にBASICでいろいろとやったりしていました。
川井 自分からねだったというよりは与えられたという感じですか?松野 まあ、そういう感じですかね。父親が事務的なことをプログラムする仕事をしていたんです。
川井 業務系のエンジニアとか?松野 いえ、EXCELにちょっと詳しい普通のサラリーマンだと思います。
川井 なるほど、マクロ組んだりというやつですね。松野 そうです。VBAやVBは使えるけど、VC++は使えないというレベルです。
川井 当時は、BASICで何を作っていたんですか?松野 ポケコンといっても、父親が使い古した1980年代のポケコンを10年後にもらったという感じなので、画面も小さくてあまり使えなかったんですが、単純な文字を表示させるとか学校で習った数学の式を入れてみて2次方程式の解を求めるプログラムを作るとか、マニュアルの最後にあったサンプルプログラムを打ち込んで喜んでいたという感じです。
川井 ゲームとかではなかったんですか?松野 そうですね。
川井 ゲームがきっかけじゃない方は珍しいんですよ。松野 僕は、生まれてこの方、ゲームのプログラムに興味があったことはないんですよ。
川井 なるほど。それはまた面白いですね。「武勇伝世代」の方たちとは世代が違うところもあるのかもしれませんね。我々の世代は、コンピューターとの接点はゲームくらいしかなかったんですが、今の「E25世代」は、物心ついたときから端末や携帯端末が身近にあるという感じですからね。松野 本格的にプログラムを書いたのは、最初からWeb系のプログラムでしたね。
川井 それは、高校のときにパソコンを手に入れてからですか?松野 中学のときからパソコンのクラブみたいなところに入っていて、そこからですね。その当時はパソコンを買ってもらえなかったし、お小遣いもたかが知れてますから、コンピューターなんて買えなかったんですが、高校に入ってバイトをし始めてやっと買うことができて、さらに本格的にプログラミングをするようになりました。
川井 中学のときって、まだ13歳とか14歳くらいですよね? 年代的にはWindows95が出たくらいのときですね。松野 そうですね。中学にはWindows95の入っているパソコンがありましたね。その時にHSPとかでプログラムを書いたりしていましたね。
川井 中学校のパソコン部ってプログラムを書いちゃうんですか?松野 書かないですね。大体、みんなゲームやってます(笑)
川井 ですよね。松野 普通はそうなんですけど、その中で何人かでプログラムを書いてみようみたいになって、やってた記憶があります。
川井 そして高校に入って、自分でパソコンを買って、いよいよ本格的にというところで何をプログラムしたんですか?松野 最初の頃は普通にVBでGUIのアプリケーションを作ったりしたんですけど、それからはアーカイバとか単純な圧縮解凍のプログラムとかを作っていました。その辺からして、そもそもおかしいんですけどね(笑)
一同(笑) 川井 どういうところに興味があるのか大変、興味がありますね。この辺の理由を解きほぐしたいですね(笑)松野 単純に、GUIのアプリケーションにはあまり興味がなくて、テキスト処理だとかそういったところばかりをやっていました。
川井 言語もいろいろ試したんですか?松野 言語もいろいろやりましたね。最初はVBがあって、VBでアーカイバを書いているときにdllを呼ぶのが面倒くさくて、それでVB++を使い始めたんです。それまでずっとWindowsを使っていたんですけど、ある日、いきなりLinuxに開眼して学生の間はLinuxの上で生活するみたいな感じでした。
川井 このときは、なぜLinuxだったんですか?松野 このときはLinuxブームだったんですよ。それに「インストール厨」みたいな感じで、Linuxをインストールして、3日くらい使ったらアンインストールして、それでまたインストールするみたいなことをしていました。ASCIIから出ていたLinux Magazineに毎月新しいディストリビューションがついてくるんですが、それを毎月のようにインストールもしていましたね。
川井 好きなのは分かるんですけどね・・・どうしてそういうことになるんでしょうね。松野 そうですね。やっていて楽しいからみたいなのが大きかったですね。あと、高校のときにUNIX MAGAZINEの連載で高林哲さんの「横着プログラム」っていう連載を読んで、すごい感銘を受けまして、「テキスト処理が熱い」と思って、その頃からテキスト処理ばっかりやっているんです。
川井 面白いですね。あまり周りにはそういうことを聞ける人はいなかったんじゃないですか?松野 そうですね。学校は電子情報工学科という分野だったので、学校の図書館にはプログラム関係の本がたくさんあったので勉強するのには困らなかったんですけどね。
川井 なるほど。部活なんかはやっていなかったんですか?松野 高専のときは部活はやっていなくて、4年の時にプログラミングコンテスト同好会というのを3人で始めまして、ACM-ICPC(ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト)というプログラミングのコンテストに出たりしていました。そのコンテストでは、国内予選をオンラインで開催して、アジア予選を日本国内のどこかでやるんですが、国内予選は結構簡単に抜けられるんです。アジア予選になると、学校に旅費を出してもらって、食事は主催者側で用意してくれたりしますので、年の1度の旅行をするためにプログラムコンテストに出ていた感じですね。
川井 部活感覚でパソコンをやっている感じですよね。松野 そうですね。中学のときからパソコン部的な感じでやっていますね。メンバーのうち誰か1人でもやる気があったら、部室が開くみたいな感じでしたね。
川井 ということは必然的に毎日開くということですね(笑)会社に入ってからは?
川井 就職は、最初からモバイルファクトリーさんですか?松野 その辺はまあ・・・そんな感じで・・・
川井 なんか突っ込んじゃまずいことでも?松野 ええ、まあ。あまり突っ込まれると・・・(笑)
一同(笑) 川井 第2新卒みたいなものですか? 数ヶ月別の会社にいたとか。松野 大体そんな感じです。
川井 モバイルファクトリーさんはどのあたりがよかったんですか?松野 もともと行こうとしていた会社は大きな会社で、なんていうんでしょうね、もともと就職活動期間から入社まで1年くらいあるじゃないですか。就職活動期間中は、そういう大手かなって思っていたんですが、就職までの1年の間にそんな大手っていう感じじゃないなあっていう気持ちになってきていたんです。
川井 具体的には、どんなところが引っかかったんですか?松野 プログラミングを仕事にしようかなという自分の気持ちですね。
川井 なるほど。大企業に行くと、上流工程だけやって実際に自分の手を動かしてプログラミングすることがほとんどないですからね。松野 そういうところもありますし、就職するまでの期間中に、仕事でプログラミングをしている人たちを話す機会が多くあって、その中でやっぱりプログラマになった方がいいんじゃないかって感じていたんです。そんな考えにいたっていたところ、ちょうどタイミングよくという感じだと思います。
川井 なるほど。実際に会社に入ってみて、いかがでしたか?松野 そうですね。入社しようと思ったのがSIerだったんですが、SIerよりも実際に自社制作ができる会社の方が向いていると思いますね。
川井 自社メディアを持っているエンドユーザーはやっぱりちょっと違いますよね。松野さんの経験からするとそれでも即戦力という感じですよね?松野 うちでは今、Sledge(スレッジ)というフレームワークを使っているんですが、入社した当初は、「WEB+DB Press」に載っていたSledgeの特集記事のコピーを渡されまして、「それであとはよろしく」っていう感じでした。
木村 (苦笑) 一同(笑) 川井 これやってるんで、読んで、あとは自分でよろしくっていうよくある話ですね。松野 それで、1ヶ月、2ヶ月経って、携帯向けの着うた公式サイトのメンテナンスをやって、携帯向けのアフィリエイトを一から作って、携帯向けリスティングサービス、携帯向けポッドキャスティングサービス、ブログ向け広告サービス、そして、今はWassr(ワッサー)というミニブログ的なサービスをやっているという感じです。
川井 会社でやっているサービスの大半に関わったということですよね。ちなみに今、何年目になるんですか?松野 今年は2年目、3年目・・・ですかね・・・
木村 2年目でしょ。4月に3年目に突入するんじゃないですかね。
松野 そう、2年目ですね(笑)はい。
川井 丸2年経ちそうっていうところですね。開発のサイクルが早いとはいえ、2年弱でこのペースでいろいろなサービスに関わるというのはそれはそれですごいことですね。 木村 うちの会社の方針で、サービスをなるべく1人に固定させないで、ローテーションしようっていうのもありますが、それにしても松野はいっぱいやっている方ですね。松野 「チャチャッと作り」と言ってはなんですが、「さくっとlaunchまで持っていってあとはよろしくっていうのもありますからね。
川井 なるほど。開発は1チーム何人くらいでやられているのですか?松野 プログラマという意味ではリリースまでは大体1人、多くて2人ですね。3人になるとスピードが落ちてしまいます。勿論、既存のサービスもあるのでそこまで人が割けないというのもありますが。
川井 松野さんが関わられたのは、ほとんど新規の立上げですか?松野 いえ、着うたサイトはメンテナンスしかしていません。他のサイトはほとんど立上から関わっていますね。ローテーションをかけていますので、自分で立ち上げたサイトをメンテナンスまでして、一旦、他の人にメンテナンスを任せた後、また自分でメンテナンスするなんてこともありますね。
川井 結構、やってきたことをさらっとおっしゃる印象があるんですが、新卒でいくつものサイトの立ち上げをそのスピード感でやるってすごいことだと思うんですが、ご自分で「これってすごかったな」とか「無茶苦茶大変だった」みたいなことってあまりないのですか?松野 作っているサイト自体はごく普通のサイトなので、当たり前のことを当たり前にやっていくというだけで、そんなに特別なことはやっていないですね。
川井 大変だったということは?松野 一番、大変なのはアフィリエイトサイトだと思うんですが、普通に対応していけば大したことはないですね。
川井 困ったこととかは?松野 そうですね。トラブルが起きたときには、「困った困った」ということになるんですけどね。だからトラブルが起こらないように注意していますね。
川井 上司の木村さんから見ていかがでしょうか? 木村 どの会社でも納期が短いというところでは苦労されていると思うんですけど、うちのメンバーの特徴として、楽しみながらやるというか、大変なのは大変なんですけど、その大変の中で最大限、できることをやるというスタンスでやっていると思います。大変であることは間違いないんですが、大変よりも楽しさが先に来るという感じですね。松野 何だかんだで、全員がローテーションしながら回っているので、飽きる前に取り替えられちゃうので、飽きないですね(笑) 反対にローテーションするので、人が作ったものとかを見て、この人はこういうところにはこだわるけど、こういうところはずぼらだとかいうことが、わかって面白かったりもします。ものによっては全部作り直したくなることもありますね(笑)
一同(大笑) 木村 そのあたりは全体のクオリティのUPにつながっていますね。 川井 開発陣の平均年齢ってどれくらいですか? 木村 だいたい27、8ですね。。 川井 松野さんは、じゃあ中でも一番若い部類なんですね。松野 そうですね。
川井 しかし、お話をお聞きしていると、一番若いエンジニアとは思えませんね。コミュニティ活動などについて教えてください
川井 会社の業務以外で何か取り組んでいることはありますか?松野 最近のトピックスでいうと、今度、KAYACさんで開催させてもらうSOOZYカンファレンスっていうのがあって、これは今回で4回目の開催になるんですが、僕が主体になって技術者同士が交流するような会を開催しているんです。
川井 そういう、コミュニティ活動はやはりいろいろやられているんですね。松野 はい。全体的にはPerl関連のものが多いですけどね。Perl関連の「YAPC::Asia」の2006と2007で発表させていただいたり、 Shibuya.pm(Shibuya Perl Mongers)なんかでも発表させていただいたりもしています。あとは、PerlのCPANモジュールにもいくつか、オープンソースとして公開させていただいています。
川井 Perlが中心ということですが、Perlのどのあたりが気にいっているのでしょうか?松野 そうですね。使っている一番の理由は、モバイルファクトリーが昔から使っていて、仕事では、Perlしかないよねっていう惰性的な部分もありますが、 PerlはCPANがあって、言語的にも面白いっていうのもあるんですが、言語自体の柔軟性とコミュニティの雰囲気が大きいですね。
川井 Perlですと、「速い」みたいな話も最近よく聞きますよね。あとライブドア系の方はまだPerlですよね。Perlのコミュニティに参加したのは、会社に入ってからですか?松野 はい。会社に入るまではPerlはやっていませんでした。それまでは、RubyとかPythonのコミュニティに出入りしていました。
川井 学生のときに、もう複数の言語のコミュニティをまたにかけていたということですよね。松野 そうですね。言語に関わらず、Webアプリケーションのフレームワークをいろいろと研究していまして、その関係で、どの言語でも使えないと不便なのもあって、PrelとRubyとPythonのフレームワークは大体どれでも使えるようになったんです。今、うちで使っているSledgeというフレームワークは2001年くらいに出たものでラストのリリースが3、4年くらい前なので、ここ最近のRailsブームの中で、まったくメンテナンスされていなくて最近の流れにまったく追いついていないっていう部分があったんですけど、それをいかに今風に押し進めるかというのを一時期やっていました。
川井 なるほど。松野 あとはライブドア本体の方とIRCで連携しながら進めたりしていますね。CTOの池邉さんとか、nipotanさんとか、clouderさんとかそのあたりですね。
川井 コミュニティ活動に自分から参加していくというのは自然な流れなんですかね?松野 そうですね。楽しそうだからやってみたという感じですね。実際にPerlコミュニティの方と技術的な話をするのは面白いですし。
川井 結構、年齢は上の方が多いんじゃないですか?松野 そうですね。でも、最近は同じ年とか、年下も増えてきましたね。
川井 そうなんですね。そういったコミュニティ活動の一環なのかわかりませんが、ご自身でフレームワークとかそれこそ言語自体を作っちゃおうなんていうお気持ちはないんですか?松野 フレームワークはいくつか作ったり、作らなかったりっていうのはありますね。すでに社内でもSledgeをカスタマイズして一枚皮をかぶせて作った MoFege(モヘッジ)というのがあるんです。そういったものを使ったりはしていますね。ベースになる既存のフレームワークの上に載せて作るのが一番効率的で、メンテナンスのコスト部分もあるので1から作るというのはあまり考えていないですね。
川井 あの・・・昔からそういう感じだったんでしょうか? 若いのにしっかりしすぎているというか、私が23歳の頃なんて、夢や理想や情熱だけで行動していたんですが、そういうものを感じないですよね。冷静で合理的というかなんというか、「俺がWeb標準を作るんだ」とか「ディファクトスタンダードにするぞ」というようなのはない感じですかね? それだけの力があればそういう気持ちになってもおかしくないと思うんですけどね。松野 プライベートであれば自分で使うものを作ったりもするんですが、すでにSledgeというものを使っていたので、そういうのよりも、今ある既存のフレームワークをリプレイスして、全員を切り替えて、メンテナンスまでやるようなことのコストをまずは考えてしまいますね。
川井 そうですか。よくわかりました。仕事以外ではどんなことを?
川井 仕事を完全に外したプライベートではいかがですか?松野 最近はモバイル関係のいろいろなBADノウハウと呼ばれるいろんな雑多なノウハウがなくても開発できるように、いろんなエンジニアと話をしながらプログラミングをしています。
川井 具体的にはどんな活動なんですか?松野 今、IRCのfreenode(フリーノード)というサーバー群があるんですけど、そのフリーノードに#mobile.jpというチャンネルを作りまして、そこにモバイル系のエンジニアを呼んでいろいろなモジュールの開発や話をしたりしています。
木村 携帯用の絵文字変換のツールですとか位置情報関係のモジュールだとかですね。松野 ここ1週間は、絵文字の変換をフルタイムでやっています。
川井 よく考えると、これってプライベートか仕事か分かりませんね(笑)松野 確かによく分かりませんね。昼間の10時から夜中の2時くらいまで、ずっと絵文字変換ばかりやっていたりすることもありますからね。
木村 ちょっと前にmobircをやっていたんじゃない。松野 そうですね。ちょっと前はmobircを作っていて、携帯からIRCが見られるっていうやつで、前にkeitaircというのがありまして、その keitaircが若干、今どきなPerlのプログラムじゃないってことで全部書き直しまして、最初のうち2、3行ずつ置き換えていったんですが、跡形がなくなってしまったので最後には名前を変えまして、mobircというのをリリースしました。これは結構多くの方に使っていただいています。
川井 それはすごいですね。松野 WWW::MobilecarrierJP というのも作っていまして、それは携帯キャリアの公式サイトからデータを取ってきて、そのデータをYAML形式で出力するものです。去年の夏頃にやっていました。いろんな人が、携帯の公式サイトからデータを取得するようなプログラムを書いてはブログに貼り付けて、しばらくしたらまた誰かが書いては張るつけるみたいなよく分からないスパイラルを打破すべく、キャリアの公式サイトに載っている重要な情報は一通りまとめておこうという発想でやっていました。それがCodeReposというところに上がっていて、巨大なSubversion(サブバージョン)のRepository(レポジトリ)になっているので、誰でもコミットしてくれという感じでやっています。
木村 キャリアのサイトで、HTMLの見た目のデザインの変更とかがあると、今まで書かれているやつが全部駄目で使えなくなるんですね。使っている人とか作っている人がばらばらなんで、こっちはメンテナンスされているけど、こっちはされていないとかっていうことになってしまうのを一か所に集めて彼が作ったのを使えばいいじゃないかという話です。松野 そうですね。
木村 直したければ直してくれよって感じですね(笑)松野 すごいたくさん、いろんなモバイル関係のモジュールがCPANに登録されているんですけど、それぞれがいろんなキャリアのページからとってきて、何かデータを作って出すみたいなことをやっているんです。うちはそういうモジュールをすごくたくさん扱っているんですけど、HTMLが変わったときにメンテナーの人がなかなか対応してくれなくて困るんですが、そういうのが面倒くさいので、まとめてうちで一手に引き受けて直しつつ、他の人が何かしらHTMLが変わったことに気づいても変更が加えられるという感じですね。
川井 混沌としたものを集約化して整理するという動きですね。松野 そうですね。モバイルの微妙なノウハウって隠しておいてもしょうがない部分ですし、体系化して、少なくともPerl関係の人だけは無駄なことをしないでいいような動きをしています。
川井 なるほど。でもやっぱりこれも仕事ですよね。仕事と趣味とが完全に一致しちゃっているってことなんですかね?松野 そうですね。各キャリア間で絵文字のコンバートをしたいっていうのは半分趣味なんですけど、半分仕事で、今やっているWassrというサービスにも搭載されている技術なんですけど、周りも夜中まで普通にプログラムを書いていたりするので気にならないんですけど、言われてみるとその通りですね(笑)
川井 楽しんでやっていることって仕事でも遊びでもなんでもいいんでしょうね。松野 そうですね。実はモバイル関係のことってあんまり好きではないんで・・・
川井 え、そうなんですか・・・ 一同(笑)松野 あまり趣味ではないんですけど・・・(笑)
川井 なるほど(笑)松野 知的好奇心というか謎の部分を解明していくという過程ですかね。あと、モジュールを作るというのは設計がうまくいくかどうかというのを問われる部分なので、そういった部分の楽しみがありますね。
木村 他社の技術者と一緒にやっている楽しみみたいなものもあると思いますね。松野 実際、今、絵文字を相互変換するためにつくっているEncode::JP::Mobileというモジュールがあるんですけど、それは自分を含めて4人の技術者が寄ってたかって作っているんですけど、その4人のうち、誰が欠けても今の形にはならなかっただろうなって思いますね。そうやってみんなで力をあわせていろんなものを作っていくというのが楽しいなと思いますね。
川井 そういう動きが盛んになっているんですね。松野 そうですね。絵文字の相互変換って昔は、それぞれの会社が隠し持っていた技術だと思うんですけど、隠していてもしょうがない部分でもありますし、特にモバイル関係のノウハウって陳腐化がすごく激しくて、一瞬にして今までのノウハウが無価値になることが結構あるので、そういう細かい部分は抽象化というかみんなが使えるように共有していこうと考えています。
川井 そこで競争してもしょうがないってことですね。松野 はい。その通りです。
ビジネスと技術について
川井 上司の前で答えにくいかもしれませんが、ビジネスというものに対して、どのように考えていますか?松野 そうですね。実際、作るものはある程度決まって下りてくるんで、こちらから働きかけるということはそんなにないんですよ。
川井 企画セクションか何かが考えちゃうってことですか?松野 うちの場合は企画じゃなくて営業なんですけど、そこである程度決まってきますね。
川井 将来的には、自分で一からそういうものを考えたいというのはあるんですか?松野 そうですね・・・それはかなり時間をとられてしまうので、あまりやりたくはないかなって思いますね。
川井 なるほど。じゃあ、サービスを作るというよりは何か技術でやりたいということですね。松野 そうですね。サービスの運営というよりは、サービスのコアになるような技術を磨いていくのが性にあっているかなと思います。大変地味なんですけど(笑)
川井 なるほど。アーキテクト志向というか、研究者的な興味もあるという感じなんですかね?松野 それもありますけど、いかにも儲からなそうな技術には興味はなかったりもするんですけどね(笑)
川井 儲かるとか儲からないというよりは、「使われる」かどうかなんじゃないですか。広く使われる技術に関わりたいとか?松野 そうですね。今まで「誰かが幸せになるモジュール」しか作ってきていないですね。大体、自分が使いたくないものを作っても結局メンテナンスしなくなっちゃうと思ますからね。
川井 昔ではあり得ないことかもしれないですけど、最近はある部分では、研究と実用の距離が近くなってきているので、両方実現しようということになるのかもしれませんね。松野 そうでうね。今やっているWassrっていうサービスも研究というか実験的な部分が結構ありますね。うちの会社自体が何か新しいサービスを作るときには、今までやっていなかった技術を盛り込もうって方針でやっているんです。
川井 これはKAYACさんと同じ方針ですね。松野 別にすり合わせたわけじゃないんですけどね(笑) サービスはどうしてもこける可能性がありますし、サービスをリリースするまでって1週間か2週間、長くても1ケ月でっていう感じなんですけど、その間に何か新しい技術を入れておくと、もしサービスがこけても精神的なダメージが少ないんですよ。そういうライフハックを考案したんです。
川井 なるほど。松野 そうするとサービスがこけても、何かしら残るんですよ。大体、Webサービスって、似たようなものが多くて、既存のものを組み合わせればできることが多いんですけど、それを何回もやっていると飽きてしまうんです。特にうちの開発部の面々は飽きっぽい人が多いんで、 合間合間に飽きないように何かしら挿めるような工夫を常にしていますね。
川井 楽しむための工夫なんですよね。松野 進歩の早い業界なので、どんどん新しいことをやっていかないと取り残されてしまいますからね。
川井 20年前のエンジニアって、松野さんのお話とまったく対極にいると思うんですよ。徹夜徹夜とか、巨大な汎用システムのどこをやっているのかもわからないとか。そういうのってまったく感じないですよね。松野 そうですね。一部にはそういう人もいるのかもしれませんが、まわりにはあまりいないですね。徹夜をしたこともほとんどないですね。
川井 そうなると、古いエンジニアへの感覚って「そんな働き方の人もいたんですね」というような感じかもしれませんね。松野 そうですね(笑)
木村 私も昔は徹夜をしていたと思うんですが、何が違うかというと会社としてそういう事態に陥らないようにしているというのが大きいんじゃないかと思いますね。昔、徹夜して苦しんだメンバーもいますから、それを教訓にしているのもあるんじゃないですかね。松野 そもそもそんな無理なスケジュールの計画は立てないというのと、Webアプリケーション開発で起こりうることってほとんど分かっていてノウハウ化されているので、はまり込んで抜けられなくなるということはほとんどないですね。Second Lifeみたいなのは、想定外のことも起こるのでひどい目にあったりもしますけどね。
川井 まあ、海のものとも山のものとも分からないものは仕方がないですよね。松野 まあ、僕は最近はSecond Lifeはやっていないので関係ないんですけどね(笑)
木村 何という・・・(笑) 一同 (大笑)松野 僕は体のつくり的にSecond Lifeとは相性がよくないみたいなんです(笑)
川井 ローテーションですからまたくるかもしれませんよ(笑)現在の取り組みと将来の方向性は?
川井 現在、取り組んでいる大きなテーマってなんでしょうか?松野 会社の開発部の取り組みとしては、出来るだけミスの少ない効率的な開発を目指すということですね。
川井 具体的には?松野 最近は、自動で動くテストスクリプトを毎時動かすようにするとかいろんなことをしています。あとはインフラまわりですね。今、サーバーが数百台あるんですけど、規模的にはまだインフラが整っていないっていうことがあるので、そのあたりをやっていきたいとも思っています。
木村 あとは、最近というわけではないんですが、ほぼ毎日のコードレビューとか新しい技術の勉強会とかも松野が中心的になってやっていますね。松野 そうでした。それもごく当たり前に毎日やっていたので、忘れていました。
一同(笑)松野 目新しいことのような気がしなかったんですが、確かにそうですね。
川井 これは、松野さんが自発的にやられているものなんですか? 木村 いえ、松野の入社前からから始めてましたね。ネタの多さは松野がダントツですが。松野 大体、なんかしらやっているので、ネタは尽きませんね。今は金曜日1日は、週次レビューという形で、一週間に誰が何をしてきたのかみたいなものを発表する日にあてているんですけど、月曜日から木曜日までは技術発表会にしています。新しい技術を取り入れたんだけどとかこういうのをWebで見たんだけどどうかとかいろんな話がでますね。
川井 松野さんが情報収集する際のアンテナってどういう風に張られているんですか?松野 今は、RSSリーダーとIRCですかね。何だかんだでIRCが一番情報が早いですね。
川井 なるほど。会社という軸ではなく、個人的にプライベートな形で何か取組まれていることはありますか?松野 個人的なプライベートなことで技術的なこと以外というのはあまりないんですけどね(笑)
一同(笑) 川井 そりゃ、すごいですね(笑)松野 普通に遊びにいったりはしますけど、それ以外では、SOOZYカンファレンスとかモバイル関係のノウハウをまとめるとかそういうことをしていますね。それが一番大きいですね。
川井 そのモバイル関係のノウハウをまとめるのってどこでやっているんですか?松野 #mobile.jpと、はてなグループの「モバイルハッカー連絡会」って言う名前のページにいろいろ蓄積していこうとしています。
川井 なるほど。松野 いろんなブログで、そんなの誰でも知っているよというようなことを、あたかも新発見したかのように書いている人とかを見るとすごく頭にくるんですよね。頭にくるというのはその人の無知さにではなくて、その人が新発見をしてしまうという現状に対して頭にきているんです。
川井 確かにそれはそうですね。松野 なので、新しく来る世代、自分よりも下の世代の人が同じ轍をもう一度踏まなくていいようにしたいですね。今、Webの世界で高速道路がひかれているって言い方をよくすると思うんですけど、ああいう感じで、モバイル業界に入ってくる人も高速道路でビュンビュンいけるようにしたらいいのかなって思っています。
川井 「Web進化論」に出てくる話ですね。松野 そうです。そういうのをアウトプットしていけばうちにもフィードバックがあると思うし、フィードバックの量はアウトプットの量にきっと比例すると思うんですよね。自分やうちの開発メンバーの面々が出したものによって返ってきたものもたくさんありますし、そういった部分でいろいろやっていけたらいいですね。
川井 しかし、本当に23歳の方のコメントとは思えませんね。よく分りました。あとは少し先の話なんですが、5年後とか10年後みたいな将来に何かしたいこととかって松野さんの中にはありますか?松野 最近、JavascriptとかFlashとかActionScriptみたいなものが流行っているんですけど、そういうのはやってみた結果、あまり向いてないなって思うんです。
一同(笑)松野 おそらく、もうちょっとコアなサーバー寄りの方に寄っていくかなって言う風には考えています。モバイル関連は大分やり尽くしてきたかなという感じですので、モバイル関係は卒業して、もっとコアなネットワークプログラミング関係にシフトしていきたいなと思っています。
川井 具体的にこれって決めているものはあるんですか?松野 まだ具体的には決めていないんですが、いろいろなプログラミングができればいいなと思っています。
川井 なるほど、その方向性がサーバーサイドということなんですね。結局のところ、行く果てはやっぱりプログラマなんですか?松野 そこは、皆さんも諸説あると思うんですけど、現段階では、少なくとも5、6年先まではプログラマかなと思います。一寸先が全く見えない業界なので、このあとどうなるのかがまったく見当がつかないですね。
川井 お話をしていて感じたんですが、好きなことを仕事にすると難しい面ってありますよね。プログラミングが好きだと、プログラミングができればよくてお客さんはどうでもいいという風になってしまう人も実際にいるじゃないですか。松野さんは、その好きと仕事のバランスがすごくいいように思うんですよね。それは意識してやっていることなんですかね? 木村 私から見ていると、いろんな視点に立てるのかなって感じますね。プログラマだけの視点ではなく、営業側の視点とか、プログラムにしても、楽しんで作る視点、メンテナンスする立場に立った視点、いろいろな視点に立てているのかなっていう印象がありますね。 川井 なるほど、そういう風にいろんな視点に立てることがバランスのよさにつながっているのかもしれませんね。何かメッセージを
川井 まだ若いので、若い方に向けてのメッセージということだけでもないのですが、プログラマに向けてでも社会に向けてでも結構なので、何かメッセージをお願いします。松野 プログラミングは楽しいので、是非やってみるといいと思いますね。あと、とにかく何かしらのアウトプットを出せば、良くも悪くも注目を集められるのがインターネットの世界なので、とにかく何でもいいから発信していくことが重要じゃないかなと思いますね。
川井 なるほど。松野 最近、一瞬にして有名になる人も多いんですよ。それまでまったく会ったこともなかった人なのに、カンファレンスの時に発表して、そのまま飲み会でオールをしたら、次の日からは友達、という溶け込める文化がありますからね。若いとか年がいくつだとかエンジニアの間だと重要視されないし、誰でも入ってこられるので是非やってみたらいいと思います。
川井 なるほど、よく分りました。おっと、ちょうど1時間ですね。本日は、本当にありがとうございました。松野 こちらこそ、ありがとうございました。 次に紹介したのは→cho45氏
- プロフィール松野徳大氏 ハンドルネーム:tokuhirom 1984年、東京生まれ