インタビュー記事

interview

第4回 CHO45 氏

cho_main

今回は、cho45さんを「1000speakers」終了後につかまえて、お話をお聞きしました。cho45さんは、大学を休学中ですが、さまざまな出会いをくれたインターネットに恩返しをできるようにという思いを持ちつつ、技術力を磨いています。インタビューは、「1000speakers」の会場だった、ドワンゴのオフィスから少しはなれたロイヤルパークホテルのラウンジで行いました。

※取材日は、2008年3月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

<PCとの出会い>
川井 本日はよろしくお願いいたします。
佐藤 こちらこそよろしくお願いします。
川井 今回は若いトップエンジニアの方々が、どう楽しんでいるのかをテーマにいろいろとお聞きしたいと思います。まずは子供の頃のお話から聞きたいんですが、パソコンと触れ始めたのはいつ頃ですか?
佐藤 親父が新らし物好きで、小学校のときからNECのPCがあったんです。それで初めてパソコンに触れたんですけど、その時は全然興味がわかなかったんです。で、それは小学校のうちに壊れてしまって捨ててしまって終わったんですけど、中学のときに今度はノートPCを買ってきたんです。それからは、父親が買ってきたにもかかわらず、ずっと自分がインターネットをやっていて、そこから少しずつHTMLとかを学び始めて、そっちの方にいったんです。
川井 小学校の頃の話は何年生くらいですか?
佐藤 3年生くらいだと思うんですけど、よく覚えてないです。大きなフロッピーを何枚も差し替えながらやるゴルフゲームがあってそれをやっていました。
川井 フロッピーディスクですか?
佐藤 フロッピーディスクの大きくて薄いやつですね。
川井 なるほど。8インチとかのやつですね。箱に入っていたやつですよね?
佐藤 そうです。それで薄い紙に包まれていたやつです。
川井 その時は興味を持たなくて、中学の時に目覚めたわけですね。
佐藤 はい。インターネットをやってるときに、たまたま親父から「ホームページでも作ってみたらどう?」って言われたんです。その時は「嫌だよ、そんなの」って言っていたんですけど、段々ネットやっているうちに、「ホームページ」みたいなものも作ってみたいなって思うようになって、HTMLを書き始めたんです。
川井 最初はどんなことをやっていたんですか?
佐藤 最初は微妙なことしかやっていなかったですね。
川井 なるほど。2台目のノートパソコンの機種は覚えていますか?
佐藤 Mebiusです。1年くらい使っていたら、モデムのところが接触不良になって、ずっとペンをはさんで使っていました。
川井 その後はどういった流れになるんですか?
佐藤 その後にやったのは、JavaScriptです。個人サイトとかいっぱい見ていたんですけど、すごくダサいJavaScriptの使い方をしていて、それって必要なの?っていうのがいっぱいあったんです。そういうのをなくして、面白い使い方ができるのであれば、なんかやってみようかなって思ったんです。
川井 ダサいって具体的にはどんなものですか?
佐藤 意味のないメッセージを出すとか、ステータスバーでスクロールするとか、今ではもう廃れているんですけど、そういうのが全盛の時だったんです。そういうのじゃなくて、Cookieを使って何か実用的に面白いことができないかとか、そういうのをやり始めた感じです。
川井 そういうのって技術魂なのかあれですけど、もっと子供の頃からそういう傾向ってあったんですか?
佐藤 子供の頃からコンピューターに限らず、とにかく何かを作るのが大好きでした。
川井 ものづくりが好きなんですね。
佐藤 そうですね。幼稚園のときは、図鑑に載っていた飛行機の写真が大好きだったので、それを割箸と爪楊枝と半紙か何か紙で作って遊んで楽しんでいたんです。小学校の頃はペーパークラフトとかをやっていて、とにかく作り上げたときに満足感があってそれが楽しかったですね。
川井 それに無駄があってはいけなくて、格好いいものを作りたかったんですね?
佐藤 はい。格好いいものを作りたかったですね。
川井 そうなると、ソースも格好よくないといけないってことですね。
佐藤 もちろんですね。
川井 プラモデルとかも作ったりしたんですか?
佐藤 あーはい。機関車が好きだったので、D-51 とかバイクの模型とかも作っていました。組み立てるのと反対に電化製品を分解するのをやりまくりました。壊れているのを拾ってきて分解したり、一番最初に買ってきたコンピュータとかそれ以前にあったワープロとかも分解してました。
川井 元に戻せるんですか?
佐藤 戻せないので、壊れたやつをですね。
川井 ものづくりに興味のあった人って、ハードの方にいく傾向があるんですけど、今ってソフトの方ですよね。
佐藤 ハードの方にも興味があったんですけど、でもハードってお金がかかるんで、それが嫌だったんです。ソフトだと、みんな無料で提供してくれて開発環境も無料で手に入って、それに合わせて自分がやっていけば、どんどんスキルアップして報われていくっていう実感があってそれが楽しかったんです。でも、今でもハードウェアをやれる機会があればやろうと思っていますね。
川井 ソフトウェアってハードに見立てられますか? 何か物を作っているって感覚になれるものですか?
佐藤 そういう風に考えると良く分からないですね。でも何かを作って誰かに使ってもらったとき、「あー自分、モノを作っているんだ」って感じます。それが楽しいです。
川井 なるほど。反対に運動とかはあまりしなかったんですか?
佐藤 しませんでした。中学の時は科学部に所属していて、写真の現像とかをしていました。無意味に部長をやってました。
川井 科学部って何をやるんですか?
佐藤 うちの部活はかなりだらだらとやっていて、カルメ焼きつくったりとか、あとは科学館見学とか博物館見学とかばかりしていました。
川井 実験とかしないんですか?
佐藤 授業の予習として少しだけやりました。ガスバーナーとかをすぐにつけられるようになっていたくらいで、理科の実験のときに少しだけ活躍できるくらいでした。
川井 中学の時に科学部だと、オタク扱いされたりしませんでしたか?
佐藤 それがなかったんですよね。確かにオタクなんですけど、濃いオタクっぽい人があまりいなくて、運動部の人ともそこそこ仲が良かったんので、そういう風には言われなかったです。
川井 確かに快活ですよね。
佐藤 ていうのは、結構、会う人に拠るんですよね。気分にかなり波があります。
川井 今日は、かなりテンションが高い方なんですね。
佐藤 今日は、1000speakersとかもあったんで、かなり高い方ですね(笑)
川井 高校のときはどういう感じだったんですか?
佐藤 高校の時は暗黒の時代でした。学校が本当に面白くなくて、クラスメートとかも気が合う人がいなくて、本当にどうしていいんだろうって感じでした。本当につまらなくて、今、耐え切れば、大学にいって楽しくなるかなっていう希望だけを糧にして生活していました。反対に学校でそういう風にものすごく抑圧されていたので、家に帰ってからPCと向き合うって時になると集中できたんです。だから、その時に興味を持てていたHTMLとCSSを学習しまくってました。仕様書を読んで、できるだけその意図を解釈して自分の中に取り入れるっていうのに興味を持ってやっていて、学習の過程とか考えてわからないこととかを日記として書いていくうちに、IRCに誘われてとかでネット経由で人と出会い始めたんです。で、その時に出会った人と今でもつきあいがあって、お陰さまで割と今は楽しいんです。
川井 なるほど。
佐藤 学校でも実際は全く会話する人がいないというわけではなくて、ある程度話すクラスメイトとかはいたんですけど、深く話をする友達ではなかったし、興味を持っている方向も全然違ったので、家に帰ってからネットでというのがメインでした。インターネットの力っていうのを少しずつ感じ始めたのもその頃からですね。
川井 インターネットの力って具体的にはどんな風に感じているんですか?
佐藤 学校みたいに小さなコミュニティではなくて、もっとインターネットで広い範囲で社会がひらけていて世界が広がるって感じられたのが大きいんです。
川井 それは大きいでしょうね。
佐藤 そういう広い世界を見せてくれて、面白い人達を発見できるインターネットに対して、少しでも恩を返していかないとなって感じです。
川井 その頃ってどんなプログラムを書いていたんですか?
佐藤 その頃は、実はあまりプログラムを書いていなくて、HTMLとCSSでデザインっていうのが一番自分の頭にありました。でもやっているうちにプログラミングもできないといけないのかなっていうのが出てきて、プログラミングを更めて始めてみるとすごく楽しかったので、そっちに傾いてきたんです。それで気がついてみたら、いつの間にかプログラミングばかりやっていたって感じですね。
川井 なるほど。
佐藤 サイトを作るのも、やっぱり高校で嫌なことがあって、何故、今こんな嫌な気持ちにならなくちゃいけないんだろうって思っていたときに、愚痴を言える友達もいなくて、表現の場がなかったんで、じゃあネットに書くかって感じでした。インターネットにできるだけ正確に記録しておいて、後から見直して、それを繰り返さないようにしようって思っていました。
川井 それは、非公開でやっていたんですか?
佐藤 いえ、公開していました。
川井 反響とかはあったんですか?
佐藤 直接的な反響はないんですが、少しずつ読んでくれる気配があるんです。リファラとか。基本的に気配だけで、ほっといてもらえたのは良かったです。それが、嬉しかったです。直接的に反応がなくても誰かが見てくれていて、もしかしたら同じ気持ちを持っている人がいて、多少なんか感じとってもらえればいいかって感じでした。
川井 その頃からそこまで考えていたんですね。私の頃はネットがないんで、学校が唯一のコミュニティですからね。
佐藤 今でもそういうのは強いですよね。学校はやっぱり最重要なコミュニティだと思います。でも、そこでうまくいかなくて、はずれてしまったとしても、インターネットっていうのがあって、世界を広げられるっていうのが分かっていればどうにかなるかなって感じです。
川井 なるほど。でも古い人たちってネットは犯罪の温床だとか、危ないとかいって遠ざけるじゃないですか、あれはどう見ていますか?
佐藤 うまくいえないんですけど、遠ざけるべきではないと思っています。初期のインターネットを始める前の教育が大切だと思うんですよ。うちの親からは「あまり人を信じるな」って教えられたこともあってか、僕自身がインターネットは危ないっていうのがそもそもあったんです。書く前に同じようなことをやっている人たちのものをまずは読んで、それでどれが嫌な反響を受けているかをみていたんです。例えば、「2ちゃんねる」を見ていると、やっぱりすごい嫌なコメントとかがあるけれど、でも嫌なコメントを受ける側に共通点がないかっていうことを頭の中でずっと考えていて、そういう風にならないようにしようって心がけていました。どうにかして批判をかわしていこうみたいな。
川井 リスクヘッジはしていたんですね。ブログなんかも問題があるから炎上しちゃうんでしょうからね。
佐藤 そうでないのもあると思います。でも急激に目立ちすぎてしまうと、それに反感を持つ人って絶対にいるので、ゆっくりゆっくりやっていくしかないなって思いますね。
川井 使い方なんですよね。勿論、盲目的に信じては駄目なんでしょうけどね。
佐藤 そうですね。そのあたりはまだ自分自身、考えている最中ですね。自分の場合は割と大丈夫だったけど、他の人に薦める場合は大丈夫かっていうのは問題ですよね。すごく難しいですね。もし薦めるんであれば、見届けてあげないといけないし、責任を持たないといけないと思います。
川井 安全なネット社会が作れればいいですよね。
佐藤 一言間違っただけですごい叩かれるし、インターネットって怖いです。
川井 その比が学校のクラスで辛い目に遭う比じゃないですからね。
佐藤 そうなっても実名じゃなければ大丈夫ですけど、段々そうもいかなくなってきますから。
川井 実名とかを公開していないから、つい変なことを言ってしまってっていうパターンもあるし、難しいですよね。
佐藤 自分の場合、実名を公開していなくても、cho45っていう名前で活動している積み上げってあって、間違ったことを言ったとしたら、実名を公開していなくても、この名前を使い続ける以上、どうにかしなくちゃいけないんですよ。そうなってくると実名とあまり変わりないですよね。
川井 cho45っていつくらいからのハンドルネームなんですか?
佐藤 それは高校くらいからですね。最初は、C12H22O11って長かったんですけど、それだとIRCをやるときに長すぎたんです。IRCは9文字までだったんで、じゃあ短くしようってことで、数字部分を合計して45にしたんです。
川井 この、C12H22O11の意味はなんなんですか?
佐藤 「砂糖」を化学式にすると、C12H22O11なんです。ずっと「砂糖」っていうのでネトゲとかをしていたんです。「佐藤」もここからきてます。
川井 なるほど。
佐藤 「佐藤」っていうとあまりユニークじゃないから検索しにくいですよね。それはそれでよくて、検索してほしくないところでは「佐藤」を使って、ユニークにして検索性を出すときは、cho45っていうのを使っていたんです。
川井 なるほど。ネトゲは何をやっていたんですか?
佐藤 ラグナロクオンラインをやっていました。そういえばネトゲから学ぶことも結構ありました。ラグナロクオンラインはぶっちゃけ、まったくよくできたネトゲじゃなくて、サーバーのモデルがユーザー側から見えるんですよ。例えば、ある地点にいくとサーバーが切り替わるから魔法の効果が切れるみたいなのがあるんです。そうすると段々サーバーのことを意識するじゃないですか。しかもよく落ちるんですよ。すると今、どれだけ人数がいて、負荷がかかって落ちるんだっていうのが把握できますよね。それまでコンピュータってなんとなくいくらでも処理できると思っていたので、そうじゃないんだってのが分ったのは大きいです。
川井 外部ツールとか作ったりもしましたか?
佐藤 作ったりはしなかったんですけど、そういうのもいっぱいあったので、勉強したりはできましたね。メモリを直接呼び出してそれに対して反応を返すみたいなことができるんだとか、ローレベルな部分のネットワークの知識とかが少しつきました。あと、普通にネットワークをやっているだけだとラグって感じないですけど、ハッキリとラグを感じられたのは面白かったです。そういうのって重要だと思うんですよね。やってるときはウザいんですけど(笑)
川井 そうですよね(笑)
佐藤 でも、ウザいのを解決するためにどれだけの苦労があるかっていうことが少しずつ分かってくるんですよね。その、高校時代には分からなかったことなんですけど、サーバーソフトウェアを作ったり、他の人のスケーリングの話を聞いたりすると、めちゃめちゃ大変はことなんだなっていうのが、ネトゲでの経験とリンクして、より現実感があって興味を持てるんです。
川井 なるほど。確かにヒントになりますよね。ネトゲやっている人ってエンジニアが多いですよね。私が6年もやっているGNOだって、オフ会とかいくとエンジニアが多いですもん。もうGNO2とかその次も出ているのに、最初のバージョンにこだわってやっているんですけどね(笑)
佐藤 6年ってすごいですね(笑)でも、ラグナロクオンラインも古いのにもかかわらず、ずっとやっている人がいますね。自分も時々やりたくなって時々ログインしたりしています。
川井 まだアカウントを残しているんですか?
佐藤 一度消してしまったんですけど、もう一度作りました(笑)。その時出会ったギルドメンバーとオフ会をやるみたいなのがあって、それは自分の中では結構感動したんですよ。ずっとオフ会みたいなところには行かない方がいいんじゃなないかって思っていたんですけど、大学に入って何度かオフ会とした後にその人たちと普通に会ったんです。それで「なんか普通に会えるな」って思ったんです。それが面白かったですね。
川井 ゲームのときに持っていたイメージとオフ会で会ったときとのギャップが大きくて、意外だなあっていうのもありますよね。「なんで女性が2人いるんだろ、はて?」とか思ったこともありますよ(笑)
佐藤 ありますね。でも何年もやっているとゲームのときの人格とリアルな人格って隠し切れないんで、混ざってきますよね。そうなると、あ、こいつはあいつだなっていうのがちょっとずつ分かってくるんで、そういうのも楽しいですよね。「この雰囲気は、もしかして、○○さんですか?」みたいな(笑)
川井 それも、ありますね。

<大学では?>
川井 大学はどういう学部なんですか?
佐藤 情報系の学部に入ってみたんですけど、あまり面白くなかったんです。
川井 自分のやりたいことに役に立ちそうにないってことですか?
佐藤 自分のやりたいことをやらせてくれるのはいいんですが、大学って結構、高圧的というか一方的じゃないですか。そういうので自分の興味を崩したくなかったんですよね。プログラミングが好きになっていたので、相手からの圧力でプログラミングをやるっていうのは嫌だったんですよ。それによってもしかしたら自分はプログラミングが嫌いになるかもしれないということを考えるとそれは避けたかったんですよ。だから、段々嫌になってきたんです。あとは大学で同じ方向を向いた仲間みたいな人がいなかったんです。1年、2年我慢してやってみたんですけど、大学に行っているのが段々違うんじゃないのかなって感じ始めたんです。
川井 なるほど。
佐藤 それで、3年の夏くらいにあるきっかけがあって、大学に絶望した!って感じでもう駄目だなって思ったんです。高校も大学もずっと我慢してきたけど、もう我慢しなくてもいいんじゃないかなってことだったんですよ。そうやってずっと嫌な気持ちのままで生きていくよりは、やりたいことをやって嫌な気持ちになった方がいいなって思って、休学することにしたんです。高校の陰鬱な生活の繰り返しっていうのは絶対にやりたくなかったんですよ。それが気がつくと大学でも繰り返しになっていたんで、自分の力で断ち切ろうと思ったんですよ。
川井 なるほど。
佐藤 親とかは説得しないといけないんですけど、精神的にいろいろあれだったんで、家で結構、奇声とかを発してたんです。なので親が結構心配していて、休学には同意してもらえました。自分としては中退したかったんですけど、他の人生の先輩方にいろいろ聞いてみたところ、とりあえず休学にしとけよっていう声が多かったんで、一旦、休学ということにしました。
川井 そうでしたか。いろいろもがいているんですね。
佐藤 そうですね。現在進行形でもがいていますね。
川井 それはそれで若いうちはいいことだと思うし、財産になると思いますよ。
佐藤 自分も悩むことは悪いことだとは思っていないんですけど、結構きついですね。
川井 嫌なこともあるしいいこともあって、いいとこどりだけしちゃおうっていう発想もあると思うんですけど、それは難しいんですか?
佐藤 それはできないんですよ。勿論、考え方なんで、やろうと思えばできるとは思うんですけど、嫌な気持ちだとかを忘れていってしまいそうなんで、やりたくなかったんです。保存しつつ、そういう人たちもいるってことを分かりつつやっていきたかったんで、ネガティブな気持ちを忘れずに上手く展開していきたいですね。
川井 なるほど、それをエネルギーに変えるってことですね。
現在、取り組んでいることは?
川井 今、取り組んでいることってどんなことですか?
佐藤 今は、Webサービスをやるっていうのに一番興味があるんですけど、それとは別に言語処理系みたいなのが結構楽しいかなっていう感じなんですよ。いつの間にか、言語をたくさんやるようになっているんですけど、それぞれの言語の表現方法って違うじゃないですか。そうしたときに、どの言語が自分に一番合っているだろうとか、一番美しく書けるのはどの言語かっていうのが心にあるんです。いろいろ面白いんでやるんですけど、でもどれもなんか違うなって感じなんです。なので、将来的には自分の満足いく言語を作りたいですね。
川井 なるほど。いつくらいからたくさんの言語に関わるようになったんですか?
佐藤 いろんな言語をやるようになったのは、Rubyを始めてからですね。それまでは、JavaScriptとPHPを書いていたんですけど、PHPはまったく美しく感じなくて、プログラミングをするっていうは楽しいなっていうのをちょっと学んだだけだったんですよ。じゃあ、もっと綺麗に書ける言語って何があるんだろうって思っているときに、ちょうどRubyって話を聞いて始めてみたんですけど、イテレータの動作を理解して、なるほどこういう風に書けると面白いんだなって思ったんですよ。Rubyっていろんな言語からとにかくパクりまくっているじゃないですか。そのお陰で別の言語にも入れるようになったんです。例えばイテレータっていうのは、クロージャーを引数として渡しているだけだとか。他の言語にいくと、Rubyでこういうことができたんだからこう書けるとか別の書き方ではこんなに綺麗に書けるっていうのが分かってくるんで入りやすくて、じゃあなんで、Rubyはその言語の別な部分を取り入れなかったのかって考えると、確かにこういう理由があるんだなって想像できるのが楽しかったですね。
川井 なるほど。それはとっても分かりやすいですね。Rubyがいいとこどりをしているんだから、その裏でいいとこどりの対象にならなかった裏を見にいくと面白いってことですよね。
佐藤 これってRuby発祥なのかなって思っていたことって、実はほとんど違うじゃないですか。なんだ危ねえなって(笑)だからRuby発祥っていう前に調べるんですよ。調べると、案の定パクりなんで、パクりもとの言語を学んでみるとこの言語面白いじゃんって思うんですよね。
川井 (笑)
佐藤 Rubyは書いていて楽しいですね。頭に浮かんだことがすぐに書き出せるっていう意味ですごく楽しいですね。
川井 言語処理系ってことは、C言語とかも勉強しているってことですよね?
佐藤 Cの勉強もちょっとずつやってるって感じです。やっぱりRubyを書いていると段々Cの方には食指がいかなくなるんですけど、Rubyの拡張ライブラリを書くためにCをやったり、ここを高速化したいからとか、他の言語のライブラリをうまく使いたいときにCをやるって感じですね。なので、Cをちゃんとやったことはないです。
川井 Rubyのソース自体は読んでないんですか?
佐藤 あまり読んでないですね。一応、チェックアウトしていて、困ったときに読むって感じですね。ここがあれなんだとかスレッドの実際はこうなんだとか。
川井 でも必要なときに読めればいいですよね。
佐藤 でも、読むと書くとは違うんで、これから言語処理系をやるとしたら、ちゃんとCを勉強しないといけないですね。ただそれはもうちょっと先でもいいかなっていうのもあります。今はサービスを作りたいというのが強いんです。
川井 そのサービスってアイデアとかあるんですか?
佐藤 具体的ではないですけどいろいろ考えてはいます。自分の根底にあるのが、小さなコミュニティでうまく生きていけないんだけど、頭を使って何かをしようとしている人たちっているんで、そういう人たちを上手く掬いあげて面白いことができるようなサービスを作っていきたいですね。そこまでいかなくても、そういう人たちが同じような志を持っているっていうことを実感できるようなサービスを作れるといいですね。
川井 勇気を与えるというような感じですか。
佐藤 そうですね。もうちょっとだけ広い視野があって、インターネットの本当の面白さに気付けるんだったら、もっと希望を持てると思うんですよね。
川井 それってメディアを作るってことですね。
佐藤 例えばですけど、「はてなダイアリー」とかって、みんながそれぞれ書いていて、キーワードで緩く繋がっているじゃないですか。そこから繋がって、直接コミュニケーションしなくても、こういう人もいるんだって気付けるのはすごく面白いんですよ。そういうのを拡大して、同じような志を持った人が緩く繋がれるようにしたいですね。馴れ合いが上手くいかないから孤立するので、そこまでいかなくても上手く繋がれるシステムがあったら絶対に面白いって思いますね。そういのを作っていきたいです。文章だけじゃなくても繋れるといいですよね。
川井 馴れ合うのもがっちり繋がるのも苦手なんで、緩い繋がりを創っていきたいってことですね。
佐藤 そうです。もっと上手く距離感をとれるサービスっていうのが絶対に必要だと思います。ある程度はほっといてもらえるような。
川井 確かにそういうのは必要あるかもしれませんね。最近は少子化もあって、子供時代に社会性を学ぶ場がないんですよね。一人っ子だと兄弟喧嘩もないですからね。私は一人っ子のはしりでクラスに2、3人しか一人っ子がいない時代だったので、「やーい、一人っ子」ってよくいじめられましたね。なので、コミュニケーションも苦手で、大勢での飲み会とかでは、端の方に一人でいるのが好きですね。
佐藤 自分もそういう感じです(笑)周りに人がいると怖くて怖くて仕方がないんですよ。人がいっぱいいると、自分では気付かないうちにやったことに対して、ものすごい勢いで怒られるんじゃないかっていうのがずっとあるんですよ。なので、できるだけ人の少ないところに行こうとするんですよ。
川井 私もそういのがあったんですけど、あるときから、周囲は一切無視するようしたんですよ。大分過ごしやすくなりましたよ(笑)でも、今度は無神経な人とか、本当に周りのことを見ていないとか考えていないとかいろいろいわれるようになって、それはそれで、また問題もあるんですけどね。
佐藤 それは解決方法としては、ありますね。
川井 まだ、その方が気持ちが楽ですよ(笑)
佐藤 なるほど(笑)
川井 話が脱線しましたが、サービスを作ろうっていう原動力は、自分と同じ境遇の人を救おうっていうところにあるってことはよく分かりました。
佐藤 もっと広くてもいいんです。フィードリーダーというか livedoor Reader もある意味感動したサービスの1つなんですけど、フィードリーダーの面白さっていうのは、ぱっと見ではよく分からないんですけど、大量に購読するようにしていくと、面白い人っているんだってことに気付けるんですよ。「人」って、やっぱり継続的にエントリを読まないと分からなかったりするじゃないですか。大量の候補を、継続的に読めるようになったおかげで、今までよりも面白い人を見付けやすくなりました。
川井 それは、根本的にはこれだけ溢れている情報の中で、自分が求めているものをどうやって見つけ出すかってことですよね。求めているものをどう形式知化するかっていうロジックが大切ですよね。
佐藤 上手く文章に出来ない人たちもいるんですよね。ニコニコ動画とかができて、歌ったり出来る人たちには活躍できる場が出来たと思うんですけど、何もできない人ってまだ結構いると思うんですよね。そういう人たちに何かプラスになるものが作りたいですね。
川井 なるほど。それこそ深層心理の世界に入り込まないといけないんで、甲殻機動隊とかマトリックスの世界ですね。
佐藤 でも、そういうのが作れると面白いですよね。
川井 表現しない人をどう巻き込めるかとか救えるかとかそういうのはありますよね。
佐藤 今は、できるだけ表現できる人たちが思うように表現できる仕組みを作っていって、そういう人たちが表現することによって目につくようにしていければと思っているんです。そうすると、こういう表現の方法があるんだったら自分でもできるんじゃないかって気がついたり、たくさん情報があることで繋がれるようになれるんじゃないかなって思っているんです。
川井 「繋がれる」っていうのがキーワードですね。自分自身が苦しんだからそういう思いが生まれたんですね。
佐藤 繋れない人の気持ちっていうのは絶対にそうなってみないと分からないと思います。高校のときの、虐げられてきて上手く生きられなかったというのは根底にありますからね。今も上手く生きられているわけじゃないですけど、これからも少しずつやっていって、そういう人たちを見付けられるようにっていうのが自分の中の大きな目標ですね。
川井 なるほど。
佐藤 それは、さっきの言語処理系の話とは別ですけどね。
川井 それは興味ですよね。
佐藤 そうですね。そういう意味では、興味と使命ですね。使命っていうとちょっと言いすぎかもしれないですけど、単純に、インターネットに恩返しして、同じような人たちを掬いあげたいっていうだけですね。インターネットに恩を返すってなんか変ですけど、つまりお世話になった人達だけってわけじゃなくて、これからでてくる「誰か」の役に立てばいいなと思います。
川井 それって考えていることは、起業家と一緒ですよ。起業家も社会にどういう形で貢献できるかっていうのがないと駄目なんですよ。単に金儲けしようってだけでは起業なんてできないですからね。企業にも「事業ミッション」っていうのがあって、社会に対する使命っていうのがあるんですけど、それがしっかりしていないとみんな共感しないんですよ。

<今後の方向性は?>
川井 今後ですが、技術の世界で生きていくという方向性で考えているんですか?
佐藤 ネットと技術の世界でと思います。技術は捨てたくないですね。プログラムをずっと書いていきたいです。根底として、企画からデザインからプログラムまで全部やりたいんです。誰かが考えたものじゃなくて、自分が考えたものをやりたいんですよ。
川井 確かにそれには技術があるといいですね。
佐藤 アイデアがあって、作ってくれる人を探しているっていう人は残念だなって感じがしますね。そういうシーンにぶつかると、自分は技術があってよかったなって実感しますね。
川井 自分で起業するっていうことも考えているんですか?
佐藤 そうなると、やっぱり技術だけってわけにはいかなくなるし、コミュニケーションレベルも上げていかないといけないってこともあるので、自分に合う会社がどこも見つからない場合の最後の手段としてという感じですね。
川井 まあ、経営者になるといろいろありますからね。はんこを押すとかもね(笑)
佐藤 (笑) そちらに時間をとられると、やりたいことができなくなりますからね。
川井 なるほど。やりたいことを実現する1つの手段として、それもあるっていうことですね。
佐藤 今は、本当に広く考えるようにしていますね。場所を選ばないようにもしたいですね。今考えてはいないですけど、アメリカとかに行って、英語を勉強するところから始めようってことでもいいとは思っています。それで、自分の目的が達成できるんなら、いいと思いますね。
川井 masuidriveとか行っちゃいましたしね。一緒にやっても楽しそうですね。あの人も英語が全然分からないのに平気で行っちゃいましたからね。
佐藤 そういうのも本当にありだと思いますよ。どうしようもない気持ちで仕事するくらいなら、死ぬ気でどうにかしたいと思いますよ。
川井 なるほど。若いのに視野が広い感じがしますね。
佐藤 それは意識してそうしたいと思っています。高校と大学のときは、視野が狭くなっていたので、今は本当に広げていかないとって思っています。
川井 ある意味楽しそうですね。
佐藤 悩みの方が多いですけどね。
川井 人生、そうですって。
佐藤 そうですか。
川井 8割は悩みで、楽しいことは2割くらい。楽しいことの質が高いと生きていかれるみたいな感じですよ。
佐藤 そう考えると気が楽ですね。実は悩んでいるのは、自分だけなんじゃないかと思ったりしていました。
川井 そんなことないですよ。こう見えても、私も毎日悩んでいますからね。
佐藤 なるほど。少しずつやってみて学ぶことがあればって感じなんですね。
川井 でも、佐藤さんの生き方ってすごく楽しくてやりたいことを追求していて、若い方の刺激になる話だったと思いますよ。今夜は本当にありがとうございました。
佐藤 是非、そういう刺激になる人になりたいですね。こちらこそ、ありがとうございました。

<プロフィール>
cho45氏
佐藤広央 (cho45) 1987年福島県生まれ 本名:渡辺博文
小学校入学時に神奈川県川崎市に移り、現在は神奈川県伊勢原市在住。
2007年8月ごろから大学を休学中。
http://www.lowreal.net/

LINEで送る
Pocket

TO TOP