インタビュー記事

interview

第7回 藤本真樹 氏

fujimoto_main

今回は、日本のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の草分けである「GREE」の開発運用を行っている、グリー株式会社のCTOである藤本真樹さんにお話をお聞きしました。テクニカルアドバイザーは、株式会社ケイビーエムジェイの笹間寛典氏、平林香氏です。また、グリー株式会社、広報担当の田尻有賀里さんにも同席をいただきました。今回は、このコーナー始まって以来、初の会議室での取材です。

※取材日は、2007年9月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

川井 藤本さん、こんにちは。本日は、「Webエンジニアの武勇伝」ということでどうぞよろしくお願いします。
藤本 こちらこそよろしくお願いします。しかし「武勇伝」ですかあ・・・。
田尻 「武勇伝」というのは社内でも噂になってますよ。かなり社内が期待してます(笑)
川井 技術のお話もお聞きしたいのですが、「Webエンジニアの生き様」というようなものをテーマにしておりますので、そういう観点でよろしくお願いします。
藤本 なるほど、「生き方」ですか・・・
田尻 心して語ってくださいね。それによってどれだけエンジニアがグリーに来てくれるか変わってきますから(笑)
藤本 恥ずかしいので自分の写真は一切出さずに・・・
田尻 いえいえ、校正は私がやりますから!
藤本 先日別の取材で、僕が校正したものを「もっとアピールしなきゃ駄目」ってほとんど全部却下されましたからね。
川井 まあ、広報はそれくらいしないと駄目ですよね。まさに敏腕広報ですね(笑)
田尻 ですよね。さすが川井さん、分かってくださって嬉しいです(笑)
一同 (笑)

<PCとの出会いは>
川井 パソコンとの出会いはいつ頃ですか?
藤本 今となっては多少記憶が曖昧なんですが、多分中1の終わりくらいですね。親がPC-9801NCっていう当時画期的だったカラーのノートPCを買ってきて、386SXでGDCの上に当時更にレアだったエンハンストグラフィックチャージャー(EGC)というグラフィックチップが載っていて、スプライトなどの描画が早いっていうやつでした。そんなのがきてフリーソフトとか買ったゲームを始めたりしたのが始めですね。
川井 やっぱりゲームなんですね。
藤本 当然ゲームですね。ゲームなくしてありえないです。いきなりプログラミングして楽しいとかはないんじゃないですかね。まあ、BASICで絵がかけて嬉しいとかあるかもしれないですけどね。
川井 ちなみにどんなゲームだったんですか?
藤本 一番最初に親が買ってくれたのは、Falcomさんの英雄伝説Ⅱですね。本当に数え切れないくらいやりましたね、あれやこれやで。あとは、Might and Magicとかタンジョン・マスターとかウィザードリィとか。ちなみに風雅システムという会社が富山にありまして、そこはゲームをフルアセンブラで書いていてすごいなあとか思ってました。
川井 なるほど。そこからプログラミングに行ったきっかけはなんなんですか?
藤本 やっぱりゲームとかをつくりたいなあと思ってましたね。当時の98ってROM-BASICが載っててフロッピーとか入れずに立ち上げるとBASICが立ち上がったりして、ちょこちょこやってましたね。あとはゲームを逆アセンブルしてプログラムを覚えたりとか。親がTurbo C++とMASMの6.0とかをくれたりしたんです。恵まれてたと思いますね。それでいろいろつくりはじめたりして。
川井 親御さんは、エンジニアなんですか?
藤本 そうじゃないんですけどね。ああいうの好きだったみたいです。
川井 プレゼントとかでいろんなソフトくれるわけですか?
藤本 プレゼントっていうわけじゃないですが、ちょくちょく買ってきてくれたり。そういう意味では親に感謝してますね。あのときTurbo C++をもらってなかったら、今の僕はないですからね。
川井 その後は?
藤本 高校でPCとか触ってると、暗くてもてなそうじゃないですか。どうせプログラミングするなら「もてるプログラマ」になりたいと思って、普通にサッカーとか部活もしつつでしたね。だからそんなにどっぷりはいってなかったと思います。ゲームとか体育祭のプログラムを組むプログラムとかを作ったことはありましたね。思春期の高校生ってそんなことばかり考えるものじゃないですか。その頃からWindows95が出たんですが、家ではネットワークもつながってなくて、MS-DOSで98のアーキテクチャーをひたすら本を見ていじっていました。だから高校の頃はインターネットには触れてなかったですね。高校の頃はやることないんで、グラフィックチップの命令をひたすら叩いて「早いな」とか言ってました。やっぱ、暗いな(笑)
笹間 もてなかったんですか?
藤本 いやあ・・・ノーコメントですね。そもそも男子校ってのがよくなかったですかね。でも人並みに楽しい高校時代を過ごしましたよ。
川井 大学は英文科でしたよね?
藤本 そうですね。母親が英文科で家に面白い英語の本とかあって、英文科は母親の血ですね。
川井 あんまりこの頃はパソコンにどっぷりって感じじゃないんですかね?
藤本 やる気はあったんですが、勉強とか好きじゃないので、文系の方が大学はいりやすそうかなって。あとは文系でエンジニアとかなったら面白そうだなとか、そういうのはありましたね。情報工学科の人たちに負けねえみたいな。(笑)今、思うと、ちゃんと数学とかも真面目に勉強しておけばよかったなって思いますよね。でも、Webプログラミングしてるうちは高等数学とか関係ないですからね。とはいえ、それはそれでエンジニアとして正しいのかどうかはまた別の議論があるとは思いますが・・・。
川井 パソコンとはその後は?
藤本 入学して秋くらいからですかね。ベンチャーのソフトハウスでアルバイトを始めました。それから3年半くらいですね。半分はアルバイト、半分は普通の大学生活でした。
川井 そこではどんな仕事をされてたんですか?
藤本 そこで作っている音楽教育系ソフトを作るのを手伝ってました。VC++だったかな。最初はJPEGを読み込んで表示する部分を作ってほしいといきなり言われて、「わかんねえよ」って泣きそうになりながら、1週間くらい作ってました(笑)それからその会社でこまごまとしたことをやりながら、2年の夏くらいですかね、10歳くらい先輩のエンジニアが出向みたいな感じでIIJテクノロジーさんに行っていたのを手伝うことになったんです。そこで、とあるシステムのテストとかデバック、あと、Solaris版だったのを今はなきDECとかFreeBSD、Linuxとかそういうのに移植しようとかしてました。そこには、30歳、40歳のすごいエンジニアの方がいっぱいいたのでかなり勉強になりました。大きな会社ってこうなんだっていうのがわかったり、当時、未成年だったんで可愛がってもらいましたね。
川井 それで更にのめりこんでいくわけですよね。
藤本 思い返してみるに 中学の頃からずっとそういうプログラムの仕事をしてみたかったんですけど、ずっと独学だったし、Webも見れる環境じゃなかったんですから、すごいエンジニアの人についていくのが精一杯でしたね。
川井 もうがむしゃらに?
藤本 そうですね、負けず嫌いですからね。当時のベンチャー企業にいた先輩のエンジニアがとても優秀なすごい人だったので、彼にまずは追いつこうと思って頑張ってました。というのが学生時代ですね。
川井 新卒で就職活動は?
藤本 その会社にそのまま入りました。まあ、2社ほど就職活動はしてみたりもしましたけど(笑)
川井 じゃあ、そこから本格的に?
藤本 そうですね、受託案件をこなしながら、空いた時間でC言語でサーバープログラムをしたりしてました。あと当時はPerlでしたね。
笹間 じゃあ、PHPはまだ?
藤本 まだ全然。きっと当時は「なんじゃそりゃっ」て感じですよ。よく使っていたDBは、PostgreSQLとかでしたね。そんな時代です。
川井 そこは何年くらいいらっしゃったんですかね。
藤本 そこは2年弱ですね。いや本当にお世話になりました。
川井 そういう面白そうな環境ですが、何がきっかけで次へ?
藤本 あーなんですかね。そうそこで、PostgreSQLの本を読んでいたら、何故かPHPのエンジンをスクリプトエンジンとして切り出したライブラリであるZend Engineの話が出ていて、当時、何の目的もなく言語エンジンを作りたいと思っていたので、PHPは使ったことなかったんですが興味を持つようになって、その後、PHPのコミュニティや集まりに顔を出すようになったり、カンファレンスで話をしたり、メーリングリストで発言するようになったんです。これまで自分や周りの数人の閉じた環境だけでいっぱいいっぱいだったんですけど、そこでオープンソースを通じて、日本や世界の知らない人と関連を持つようになって、目の前に画面があるだけなんですけど、メール出す前に「これが世界中に配信されるんだ」ってドキドキしてました。自分の書いたコードを世界に配信するってあれほど緊張することはないですね。「お前、これは駄目だって言われたらどうしよう」とか思って(笑)
一同 (笑)
川井 どういう過程を経て、そういうところに出ていったり、名前が知られたりするものなんですか?
藤本 いろんなパターンがあると思うんですけど、僕の場合はそのエンジンが、ShiftJISだとちゃんと動かなかくて、それで動くようにするパッチを書いてみましたというのが最初のきっかけで、その後、このエンジンの開発者が日本にくるからっていうんで参加させてもらったり、そこにいらした方と一緒に食事をさせてもらったり、ちょっとずつこんな世界もあるんだって感じになりましたね。
川井 とりあえず思い切って投げてみてってことですか。
藤本 エンジニアの場合、作ったものがあれば難しくないかなって思うんですが、何もないところで誰々ですとかいっても「あーそうですか」で終わっちゃいますからね。
川井 なるほど、何か作って投げてということですね。
藤本 はい、誰が見てもわかりやすいから、いろんなきっかけにつながりますよね。
川井 それがきっかけで転職ってことになるんですか?
藤本 そうですね、その中でいくつか関わった人の中で「うちにこいよ」というか「いつ来るの」みたいな感じの人がいたりして、まったく違う感じの会社に移りました。最初の会社は若干のんびりとしていたんですが、2社目の会社は稼ぐってことにすごく貪欲な会社でしたね。受託の仕事もあれば、コンサルとかなんでもありの会社でしたね。
川井 その会社のコンサルタントとして楽天にいかれたんですか?
藤本 そうですね、最初は噛んでなかったんですが、途中で僕のところにまわってきて。最初は単純にMySQLの調査だったんですけど、いつの間にか何でもって感じになってきて。
川井 楽天の中でも相当評価されてたんですよね?
藤本 そうですね、何とも言えませんが、1年強くらいいましたので、それなりに評価はしていただいていたんじゃいないかなとは思いますね。

<GREEとの出会いは?>
川井 楽天で田中良和(GREE代表取締役)さんと出会ったんですよね?
藤本 PHPカンファレンスで幹事をしていて、GREEってPHPだから、ちょっと田中さんに話してもらいたいと声をかけたのが初めてのことですね。それで、田中が楽天を退職するときにふらっと来て「聞きたいことがあるからよろしくね」って言われたんです。当時は「なんで僕のところに来るんだろう」って感じでした(笑) その後、食事に誘われて「手伝ってほしい」と言われたんですよね。当時、そういうことが結構あったんですよ。大学の友達なんかでもアイデアがあるし、そこそこはまわせるけど深いところとか手伝ってくださいとか。そんなこともあったので、そんなノリで1つ2つすでに手伝っていたので、そんなに時間もとらないしいいかなと思って手伝うことにしたんです。最初はオフィスもないときだったので気軽に手伝い始めました。
川井 最初は無償だったんですよね?
藤本 幾らでとかいう話もありましたけど、別にただでもいいやって感じでしたね。
川井 それはやはり興味があったから?
藤本 うーん、有体にいえば投資みたいなものなんじゃないですかね。勿論、面白そうってのもありますし、技術的にも自分の力が磨かれるってこともありますけど、相手が余程の人でなしでなければ、そこで役に立ったら自分に帰ってくるってのがあると思うし、そういう機会がいただけること自体が幸せだなって思うので、時間の許す限り手伝おうかって思いました。そういう感じで思っていたら延々巻き込まれ・・・
川井 でもよかったわけですよね?
藤本 後悔はまったくしてないですよ。大変は大変ですけど(笑)
一同 (笑)

<エンジニアとビジネスの関係について>
川井 エンジニアとビジネスの関係って答えがなかなかでないんですが、とても本質的な問題だと思っていまして、いろいろな方にご意見をお聞きしているんです。エンジニアは匠の世界の人だっていう見方もあると思うんですが、会社に属しているからにはエンジニアである前にビジネスマンだって見方もあると思うんです。技術だけで稼ぎたいっていう人がいるんですが、ビジネスができないとそうもいかなかったり・・・藤本さんは、そのあたりはどうお考えですか?
藤本 いろいろな見方があって、あるべき姿とか答えはなくて、自分にあったものを見つけるしかないと思うんですけど、本当に技術だけでピュアなエンジニアとして勝負していくんなら、それに相応しい場所にいないといけないと思いますね。例えば、そういう技術だけを磨いていきたいっていう人が会社を興すのは、その他、技術以外のいろいろなことに時間を取られてしまうので、本来のやりたいこととは違ってくると思うし、やっぱりある程度大きな企業で自分の力を一番発揮できるところを探すとかいうことになるんじゃないですかね。ある種よくも悪くも囲われているというか・・・最近だとやっぱりGoogleさんとかがWebのエンジニアでは一番いいのかもしれませんね。
川井 20代の頃はエンジニアをずっとしてきて、30代とか40代になると、急にマネジメントをやれといわれて、最後は「なんでできないんだ」とか言われちゃいますよね。「これまで技術だけでいいから」って言われてきたのに出来るわけないじゃんと思うんですが、それが現実でミスマッチが起こって苦労する。そんな人たちをどうしたら救えるのかってことをテーマにしているんですよ。
藤本 どこでも話されてますけど、日本的な環境では難しさがあるんでしょうね。「エンジニアの給料が上がらない!」って。とりあえずUSにいけばいいってのはあるんでしょうけどね。ちなみに、GREEではマネージメントだけではなく、“プロフェッショナル”という枠組みでの給与ステップもありますよ。ただ、やっていくならやっていくで世界や若い人たちとは競争はし続けていかないといけないんでしょうから、かなり大変なものはあると思います。会社としては、35歳と25歳の人で同じ実力だったら、25歳の人を採るでしょうからね。ですから、そこから3倍5倍の生産性をだすとか有形無形の生産性を上げていかないといけないですからね。でも、やっぱり経験も非常に大事だとも思います。自分もまだ28歳なので、これからどうなっていくのかなんてわからないし、まだまだ経験を重ねていく年齢ですよね。35歳限界説もありますが、GREEで35歳でバリバリとやっている人がいますからね。「まだまだやるぜ!」って言ってましたよ。
川井 藤本さん自身はどうなんですか? 将来的には? 生涯エンジニアとか? どういうタイプなんですか?
藤本 32歳になったら決めようと思っていて、それまでは今のままって考えています。ただエンジニアを機軸には据えたいって思いますけど、立場上、それだけってわけにもいかないですし、今は本当にそれを通じていいアウトプットが会社で出ればって考えています。もっとトータルで考えなければいけない立場であることは、それはそれで勉強になりますからね。
川井 そのあたりはとても柔軟ですよね。バランスいいがいいと思います。他の会社のCTOでも生涯エンジニアっていう方もいると思うんですが、ちょっと違うタイプですよね。
藤本 そうですね。でも羨ましいですよ。まあ、そういうのは35歳とか40歳とかになってやってもいいかなとも思ってますけどね。今は周囲にある機会から吸収したいですね。GREEみたいな会社で面白い開発チームでそれもこういう立場でやらせてもらえるってなかなかないと思うんで、そこで面白い人たちとちょっとでもいいものを作りたいし、楽しく働きたいと思いますね。それで自分の技術的な面が生きるならそれで作っていきたいし、マネジメント的な面が必要ならやりますし、得意な人が居たらまかせますし・・・。自分がどうっていうより、GREEにいる皆さんと向かい会って、皆さんがよくなるように何が必要か考えてやるって思ってます。でも自分はエンジニアをしたいんで、できるようになんとか持っていくって企んでます(笑)
川井 この「Webエンジニアの武勇伝」コーナーで何人かインタビューをしているんですが、会社のためにとか会社のみんなのためにとかいう話はあまり出てこないんで、すごく新鮮です。
藤本 社内でみんなが見ると、「お前ふざけんな」とか「だったらあれもやれよ」とか言われるかもしれないんで余り書かないでいただきたいんですが(笑)
川井 いやいや、大事なところですから(笑)
田尻 社内広報的にも大事ですよ。どうしてもITベンチャーって個人プレイになりがちなんですが、そういう中でマネジメント層にそう考えられる人がいることは私たちにとってとても心強くて嬉しいことなんですよ。一緒に仕事したいって思いますね。
藤本 でも何でもできるってわけじゃないので、皆さんにご迷惑をかけっぱなしってところなんですよ。というオチはあります(笑)

<GREEでの仕事は?>
川井 GREEではどんなお仕事を?
藤本 今、一番力を入れているのは、広い意味で開発のプラットフォームを作ることです。ずっと考え続けていたんです。なかなか思うようにいかないですけどね。Yahoo!さんやGoogleさんとか、世界を代表する企業さんとかっていろんなところがすごいんですけど、開発の環境だとか仕組みだとか聞いてるとすごいんですよね。あと何だかんだ言ってもWebでサービスをやってく企業ですから、進歩が激しいですし真似されるのが早いんで、結局どれだけ早く作っていけるのかが一つの競争力になっていくと思うんです。あとはプロデュース面で面白いことを考えられるとかアイデアの方で真似できないとかも含めて、思ったことをどれだけ早く形にできるかが会社の競争力になると思うし、なったらいいなと思います。それを実現するための仕組みみたいなものを抽象的だけど作ろうってのはずっとずっと考えていることですね。人が少ない頃はいろいろやらないといけなかったんですが、大分メンバーも増えてきてそういうところにちょっとずつパワーをかけていけるようになってきました。これから本腰を入れてそこをやりたいなって思いますね。
川井 Ethnaみたいなフレームワークもその一つなんですよね?
藤本 Ethnaはそのために作ったものではないですし、あればBestだとも思っていないんですが、まあ、そうですね。
川井 Ethnaといえば、この「Ethna×PHP」という本を見ていて、特徴というところにあった「絶妙に妥協」というのがとても印象的だったんですよね。いろいろな制約をかけないってことだと書いてありましたが、本質的にはどのようなことを指しているんでしょう?
藤本 いろんなところがバランス感覚なんだと思います。Webの世界ってそういうことは多いと思うんですよ。自社サービスですと、どのタイミングでリリースするか、特に納期があるわけでもないし、作りこもうと思えばいろいろできるし、実装ですごいこだわろうと思えばこだわれるけど、どこかのタイミングで実装のレベルを妥協して、1週間早くユーザーさんに見せた方がいいじゃんとか、プログラムする上でもいろいろ考えないといけない。一番適切なところを目指すっていうそういう意思決定が多いんです。
川井 なるほど。
藤本 Ethnaに関しては、最近は、弊社の一井(一井崇氏:「Ethna×PHP」の共著者でもある)が主にやっているんですが、僕がEthnaを作っているときは、このフレームワークだとユーザーさんにどこまで何をやってもらうかをイメージしながら作るんですが、結局、全部の使われ方をイメージするわけにもいかないし、それだとつまらなすぎるんで、あ、こんな風に使うんだというのがあった方が面白いですから、という意味でどういう設計にするかなっていろいろ考えててその流れでその言葉が出てきたんです。
川井 なるほど。今のお話を聞いてて、Webの世界のバランス感覚というんですか、そういうのが、よくわかりました。
藤本 まあ、どこが正しいのかってのいうのは言葉ではいえないし、僕もわからないですが、考え続けていくことが必要だと思います。
川井 テストの自動化というテーマもあるとお聞きしましたが?
藤本 これもここまで来るとバランス的には難しくて、テストを書かずにばーっと作って出した方が短期的にも中期的にも速くてペイしたりする場合もあるんですよ。くるくる変わっていきますしね、追いつかなかったりもします。基幹ライブラリみたいなものについてはテストがあってもいいと思いますけどね。
川井 ほかには大きなテーマがあるんですか?
藤本 最近はサービスが伸びてきているので、スケーラビリティとかパフォーマンスみたいなところがテーマにはなっていますね。というのとPHPでGREE自体が3年以上になりますし、大きくなってきたので、数年後を見据えて、GREEのアーキテクチャーをどう考えていくかというのもあります。いつまでPHPを使うのかというのもありますし、人の好みとかもあるのでできれば言語問わずで作れるのがいいですからね。
川井 まつもとゆきひろさんが楽天研究所に参加した最大の興味が、スケーラビリティだって言ってましたね。
藤本 そこのレベル感も相当いろいろあると思うんですが、楽天さんとになると相当違うものとかあるでしょうし、Googleさんとかになると、「サーバー何十万台持ってるんだ」っていう全然違うレベル感になりますよね。

<Ruby on Railsについて>
川井 Ethnaは今、何歳くらいなんですか?
藤本 最初に出したのは、2004年12月9日なんで、2年9ヶ月くらいですかね。歳をとってきましたね。
川井 この本でも、Ethnaは今、ブームになりつつあるRuby on Railsと結構比較されてますが、藤本さん的にはどのように思われていますか? あまり意識はされてないですか?
藤本 フレームワークかあ。Railsにアテンションが向いているかというかあんまりないですね。ある程度成熟というか一旦、落ち着いてきているじゃないですか。どこかでまたブレイクスルーはあると思うんですが、これ以上いろんなことをサポートすると抽象的な話ですが、コンフリクトとかも出てきそうだし、今の方向性でいくとあの辺が落としどころかねえというのがあって、最近はあまり追っていないですね。出尽くしたというか多少の特徴はあるんでしょうけど、どれも似てるというか。それは作る側の話で、使う側はこれからだと思いますけどね。
川井 なるほど。
藤本 それと2年くらい、GREEにいるので、個人的にそっちのアテンションが高くないなってのがありますね。フレームワークうんぬんっていったら、C++で楽に作れるフレームワークが欲しいなあってそう思ってしまいますね。やっぱりC++の方が早いんで。PHPで書いたのをC++で書いて、半分のCPUパワーで済むと思うと、200台のWebサーバーが100台で済むわけなのでそっちの方がとか考えちゃいますね。GoogleさんとかC++で結構書いているってお聞きしますし、やればできるんだろうなって。なので、Railsはまさにこれからデファクトとして使われるフェーズに入っているなあという感じで、ドラスティックに開発していく立場でいうと面白みがないという感じがしますね。
川井 フレームワークを作るという立場ではということですね。
藤本 そうですね。やることがないというわけではないと思いますよ。Webアプリって技術はいろいろ進歩してますし、新しい概念なんかも日々出てますから、いろんなWebアプリをつくるのももっと早く楽になると思いますし、やることはいっぱいあると思いますけど、そんなにドラスティックじゃないかなって思いますね。どちらかというとアプリケーションのプラットフォームに近づいていくというのが一つの方向なのかなと思ったりしますね。

<将来の夢は?>
川井 さきほど、32歳になってから先のことは決めようかとおっしゃってたんですが、今の時点で将来の夢とか漠然としたものでもいいのでお持ちなんですか?
藤本 将来の夢とか実は言わないことにしてるんですよ。こういうインタビューの場だからではなくて、自分の中に貯めておくのが大事って思っていたりするんです。それって結構長い前から考えていることだったりするので、生活の断片とかイメージの積み重ねみたいのをそれくらいに置いて生きていたりします。例えば、転職ですとか人生の大きな舵取りをするときはそちらに向かっているかどうか考えたりはしていますけどね。言い換えると世界の役に立ちたいとかそんなことは考えてはいないということですね(笑)それは歳をとってから考えればいいかなって。そんな甘いことじゃいけないのかもしれないですが、GREEのことを考えるのに精一杯なんです。会社が大きくなればそういうことも考えるんでしょうし、今は、周りのいろいろな人があってこのGREEがあるんだなって思うと、いつかは返していかないといけないなって思ったりもします。ただ今は自分たちで精一杯なんで許してください。

<プログラミングで詰まったときは?>
川井 笹間さん、なんか聞きたいことがあれば是非!
笹間 緊張しちゃって・・・
一同 (笑)
川井 平林はなんかないの? 聞けるチャンスは一生ないかもしれないよ。
藤本 ちなみになんでエンジニアになろうと思ったの? なんか面接みたいだけど(笑)
平林 なにか作るのが好きで、始めはなんでもよかったんですけど、パソコンが好きだったので、じゃあ、ネットで何か作りたいなって思って。
藤本 なるほど。
川井 PCが好きってのいうはキーワードでしたよね?
藤本 そうですね。大事なことだと思います。でもPCはあれだけどネットが好きで好きでしょうがないってすごいプログラマの人もいますし、いろいろあっていいと思います。
田尻 何かないですか? 若いエンジニアさんから聞きたいことは?
藤本 田尻さん、煽らないでくださいよ(笑)
田尻 単純に採用でやっぱり若いエンジニアさんが気になるポイントとか生き方だったり、どうやったらこうなれるのかとか、若い方にとって、自分がエンジニアになったときの5年後、10年後とかの自分の姿とかを想像できるかどうかって大切だと思うんですよ。今の若いエンジニアになりたい方の視点を知りたいなと思って。
藤本 それは知りたいですね。
平林 プログラムで詰まったときって、私とかだと検索ツールがいっぱい出てくるんですが、レベルが上がるにつれて全然なくなっちゃうと思うんですが、そういうときって、どう考えて答えを出しているのかなって。
藤本 結局、サーバーにしてもクライアントにしても自分の書いた通りにしかあるいは、使っているライブラリやOSの通りにしか動いていないので、それをひたすら追っていくんですが、あんまりドキュメントのないライブラリとかを使う羽目になって、それが使い方が分からないとか予想をしていない動きをするとかはちょこちょこ出てくるかもしれません。たとえば、ロシアの誰かがつくっててすごい便利だけどドキュメントが全然ないとか。あとはひたすらいろいろ試してみる。イテレーションを早くするか、ソースを読んでいくしかないと思うんですけどね。ソースコードって勿論、上から読んでいけば究極のところわかるんですけど、いろいろな決まり文句みたいなものがあるんで、それを勉強していくといいですね。今だと一番あるのはデザインパターンっていうのにまとめられているのがありますけど、そういう大きいところにとどまらずミクロなところでも「ああ、こういうのりね」っていうようなそういう書き方みたいなのをいっぱいソースコードを読んで知っておくと今度はそのソースコードを読むのが早くなって、次、次って感じでチェックしていけるんじゃないですかね。ちょっと参考になるのかならないのかあれですけどね(笑)
平林 ありがとうございます!

<若いエンジニアに向けて>
川井 最後に若いエンジニアに向けてコメントいただけますか?
田尻 お願いします!
藤本 こういう年上の言うことをハイハイ聞いているのは駄目だと思うんで、何を言われてもちゃんと自分で考えてやりたいようにやるのがいいと思います。
川井 自分できちんと考えろと。
藤本 ただ、端から聞かないっていう意味ではないんですよね。。この人は自分より何年長く生きていて、何があってこういうことを言っているんだろうってそういう深読みもしつつ、血なり肉にしていってもらえればいいんじゃないかと思います。
川井 情報収集みたいな観点でいろいろ聞くにしても、最後は自分で考えて決めろってことですかね。
藤本 そうですね。若いうちは自分のやりたいようにやるのがいいと思います。若い僕がいうのもなんですけど(笑)
川井 パソナテックさんの「あすなろブログ」のインタビューで言ってた「これからのエンジニアは技術だけじゃなくて情報工学などについての知識があった方いい」という話が気になっているんですが、そのあたり詳しく教えていただけないでしょうか?
藤本 まあ、これもいろいろで一概にはいえないんですが、「自分のやりたいことを実現するために技術を」って考えている方は、面白いことを考えたりとか、それを実現するのに最低限の力が必要だと思いますが、ピュアなエンジニアというならやっぱり技術で人より何か秀でていなければいけないと思うんです。正確に作れるとかより早く作れるとか設計が素敵とか、一番すごいのは人にできないことができる、同じものを違うスケールでやる、軸が違うってのが一番強いなあ思います。同じことを実現するにしても10倍早くできるアルゴリズムを理解できるかとか、そもそも知っているかとか、そういうのは底力として効いてくると思います。あとよくわからないことがあったときにどこまで深く調べられるかとか、そういったところでどこまで耐えられるか、掘り下げられるか、どこまで横に広げられるかとかが大事なんじゃなかろうかと。
川井 そのバックボーンの1つとしてソフトウェア工学というものもあるということですかね?
藤本 そうですね、でも本当にあくまでそのうちの一つでしかないですが。これは半分、自分に向けて思っていることなんですよ。自分の場合は、20歳くらいのときにはよくわからなかったんですが、数学くらいはやっておけばよかったなって思います。
川井 何が違うんですか?
藤本 Webアプリを作るときにはそれほど悩まないんですが、例えば、統計処理をしようとかなると単純に持っている道具が違うなって。
川井 なるほど、それはそうですね。
藤本 普通にソフトウェアを組んでるときにはそうでもないですが、底力とか深みっていうのが違うなあって。いろんなライブラリを使ってますが、それをどういうことか知らないで使うか知ってて使うかで違いが出てくると思うので、僕も切磋琢磨していきたいと思っています。
川井 いいお話ですね。本日は本当にありがとうございました。
藤本 こちらこそありがとうございました。

<プロフィール>
出身地:北海道札幌市生まれ
1999年より株式会社アイアイジェイテクノロジーにて、アプライアンスサーバシステムの構築に従事。 2001年に上智大学文学部卒業後、株式会社アストラザスタジオを経て、2003年2月有限会社テューンビズに入社。 PHP等のオープンソースプロジェクトに参画しており、 楽天株式会社を始めとしたオープンソースソフトウェアシステムのコンサルティング等を担当。 2005年6月グリー株式会社取締役 最高技術責任者に就任。趣味は、プログラミング、サイクリング、フットサル、映画、ゲーム、アニメなど。著書に『Ethna×PHP』(技術評論社刊)がある。

LINEで送る
Pocket

TO TOP