インタビュー記事

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第34回 橋本健太 氏

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今回は、絶好調のクックパッドの技術陣を率いる最高技術責任者、橋本健太さんにお話を伺いました。橋本さんは、その落ち着いた物腰から想像した通り、SFCの研究室出身です。SFCでの佐野社長との出会いや研究者から民間企業に転じたいきさつ、そしてサイトの「Ruby on Rails」による全面リニューアルの舞台裏などを余すところなく語っていただきました。引っ越ししたばかりのクックパッド社の白金台のオフィスには、大きなキッチンが広がっています。キッチンを通り抜けた会議室で1時間ほどお話を伺いました。

※取材日は、2008年9月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

<PCとの出会いは?>

川井 よろしくお願いいたします。
橋本 よろしくお願いします。
川井 橋本さんは今何歳でいらっしゃいますか?
橋本 33歳です。来月34歳になります。
川井 そうなんですね。パソコンとはいつ頃出会ったんですか?
橋本 プログラミング自体は大学に入ってからなんですけれども、小学生くらいの時に「ファミコンが欲しい」と父親に言ったらMSXを買ってきてくれたのが初めです。これでもうゲームもできるし、と思ってたんですけど、実際には雑誌とかに載っているプログラムをわけもわからないまま打ち込んで、ゲームをやって、また打ち込んで、みたいな感じでした。
川井 なるほど。やはり他の方とほぼ一緒ですね。
橋本 そうですか(笑)
川井 ゲームからという方は本当に多いですね。どんなゲームだったかは覚えていらっしゃいますか?
橋本 特集で「一画面ゲーム」みたいなものがあったんですよ。短いプログラムを打ち込むと、一画面でゲームができます、というようなものです。あまり打てもしないので、それで対戦ゲームだったりスポーツのゲームだったり、ただ障害物を避けるだけのゲームとかをやるだけでもけっこう楽しかったですね。
川井 もともと機械が好きだったりしたんですか?
橋本 いや、そうでもないです。けっこう手も不器用で、わけがわからないままただ打ち込んでたくらいの感じですね。
川井 なるほど。じゃあ雑誌を定期的に買って本格的にプログラミングというところまではされてないんですか?
橋本 ないですね。
川井 じゃあ本当にゲームの興味で触っていたんですね。
橋本 そうですね。
川井 他には運動とかされてたんですか?
橋本 当時はサッカー部に入っていてサッカーをやっていました。
川井 じゃあどちらかというと、サッカー少年がたまたまゲームもやっていたという感覚ですか?
橋本 まあ、ゲームの方もかなり好きでしたね(笑)
川井 (笑)そうですか。それは、中学に行くと他のものに変わったりしたんですか?
橋本 中学もずっとサッカーをやっていましたね。ゲームはRPGをやるようになったりとか、テーブルトークRPGをやるようになったりとかしました。なかなかコンピュータに結びついていかないですね(笑)
川井 でも志向的にはロジカル的なものというか、シミュレーションとかのゲームですよね。シューティングゲームとかよりはそっちのほうが好きだったんですか?
橋本 そういうわけでもなく、シミュレーションよりはRPGとか、アクションだとかですね(笑)
川井 今でもゲームはされるんですか?
橋本 やりますね。wiiとか。
川井 パソコンゲームとか、オンラインゲームとかはされないんですか?
橋本 それはやらないですね。
川井 そうなんですか。高校に行ってからは何か変化はありました?
橋本 ゲームの話ばっかりになっちゃうんですけど(笑)
川井 いいですよ(笑)
橋本 高校生になるとゲームセンターで「ストリートファイター2」というのが流行っていて、それまでゲームセンターってあんまりおもしろくないなという印象だったんですけど、格闘ゲームで知らない人同士が向かい合って対戦するというのが面白くてはまりました。もうしょっちゅう、塾に行くふりをして行ったりしてました。
川井 毎日ですか(笑)
橋本 そうですね、ほぼ毎日ですね(笑)
川井 あのゲームって、ボタンをいっぺんに押したりとか複雑な操作があると思うんですけど、そういうのも覚えたんですか?
橋本 そうですね、大体覚えました(笑)
川井 すごいですね。高校の仲間と行ってたんですか?
橋本 そうですね。仲間と行って、でも対戦するのは知らない人となんですよ。なので「あ、また来たな」みたいなやりとりが楽しかったりしました。
川井 そうなんですね(笑)ご出身はどちらなんですか?
橋本 出身は神奈川です。生まれは札幌なんですけど、すぐに神奈川の大和市に移ってきました。そうとう田舎で、小学校までは川沿いのあぜ道を20分くらいかけて歩いて通ってました。ちょっと変わった小学校で、勤労生産学習といって、授業に農作業があるんですよ。それがまたすごい楽しかったですね。
川井 けっこう体を動かすことも好きなんですね。
橋本 好きですね。
川井 じゃあその頃はまだコンピュータを職業にしようなんてことは考えなかったですか?
橋本 全くありませんでしたね。
川井 何になりたかったとかありますか?
橋本 ベタに宇宙飛行士とか、よく聞くものをそのまま言ってる感じでした(笑)
川井 じゃあ大学も、コンピュータという観点では選んでいないんですか?
橋本 そうですね。でもなんとなくコンピュータとかゲームとかをしている中で、コンピュータはすごいというのは感覚として身にしみていたんですよ。大学はSFCなんですが、どちらかというとコンピュータよりも環境のほうが気になって選びました。僕が高校生とか中学生の頃って今ほどみんな意識が高くないので、ちょっと歩くとゴミだらけだったり、そういうのも嫌だなと思っていたんです。それでSFCの「環境」「情報」というのが気になっていて、さらに家からもすごく近かったので選んだ感じです。
川井 そうですか。じゃあどちらかというと「環境」というキーワードと「家から近い」というのが大学選びの決め手だったんですね。コンピュータ工学に惹かれてという感じではなかったということですかね。
橋本 そうですね。実際にプログラミングとかしていないと、なんだかわからないじゃないですか。
川井 そうですよね。SFCにストレートで入られて、何期生でいらっしゃいますか?
橋本 僕は4期生です。
川井 代表の佐野さんとは学校で知り合われたんですか?
橋本 そうですね。1年生の時からの知り合いです。
川井 なるほど。早くに出会われてたんですね。

<大学時代>
川井 学校に入られて、その時はもうインターネットの時代ですよね?
橋本 そうですね。当時「未来からの留学生」というキーワードで「10年後に手に入る環境をその場で実現しよう」っていうコンセプトがあったんですよ。インターネットとかも当時はほとんど誰も知らない中で、メールがあったりニュースグループみたいなものがあったり、今はskypeとかみんなやりますけど、まあ似たようなphoneっていうシステムがありまして、みんなそれで夜通し盛り上がったりとかしてました。
川井 入ってすぐにそういう感じだったんですか?
橋本 そうですね。SFCは、入るととりあえず全員に一通りプログラムをかじらせることになってるんですよ。そこで初めて本格的なプログラミングに出会いまして、かなり取り憑かれていったという感じです。
川井 なるほど。確か全員にパソコンを持たせるんですよね。
橋本 情報系の授業では必ず一人1台のパソコンを使える状況で、ほとんどの人が自分用のノートPCを買うということになっていました。
川井 そうですよね。当時からその状況というのは、すごく進んでいらっしゃるなと感じますね。
橋本 そうですね。当時まだWindowsが普及していなかった頃なので、パソコンの画面に文字しかないんですね。実は僕はそれがすごく嫌で、学校が買えと言ったものは買わないで半年くらい待ってからMacintoshを買ったんです。
川井 そうなんですね。
橋本 でもデスクトップだったんで持ち歩けませんでした(笑)
川井 そりゃそうですよね(笑)
橋本 当時のMacintoshではプログラミングとかもあまりできないので、もうほとんどの時間は学校にいて、学校のコンピュータでずっと何かをやっているみたいな感じでした。
川井 やっぱり興味があったということもあると思いますが、覚えるのは早かったですか?
橋本 早かったと思います。
川井 コンピュータ工学を基礎から勉強する授業もあるんですか?
橋本 意外とないですね。プログラムの授業だったら実際にプログラムを書かせるというのが多かったと思います。
川井 プログラミングは授業だけで覚えたんですか?それとも自分で遊びながら覚えたという感じでしょうか?
橋本 プログラムの授業の中に「ミニプロジェクト」という課題があって、何かしらのプロジェクトをチームで作って一学期の最後に提出しないといけないというのがあったんですよ。
川井 はい。
橋本 使いだして数か月で、C言語のプログラムを作って提出しろみたいな感じなんですけど、そこで相当頑張って「星座早見盤」みたいなやつを作ったんですよ。星の座標を全部打ちこんでおいて、まだ受験が終わったばかりで回転行列というのを覚えていたので、回転行列で全部の星を回転させようとか考えてたんです(笑)
川井 すごいですね。
橋本 二人くらい巻き込んで一緒にやりました。やっぱりものを作ると覚えるのがすごい早いんですよ。
川井 そうですよね。
橋本 それでけっこう覚えましたね。
川井 なるほど。じゃあ最初はC言語から入られたんですね。
橋本 C言語ですね。でもまだその時はポインタの壁みたいなものは超えられず、「ポインタってなんだろう?」みたいな状態で作っていました(笑)
川井 ポインタの概念は難しいという方は多いですよね。
橋本 そうですね。当時はわけがわかりませんでした(笑)
川井 以前うちでインタビューさせていただいたhigeponさんも、ポインタのことがわからなくてその壁が厚かったとおっしゃってましたね。プログラミングをしていて、他に何か壁とかってありましたか?
橋本 やっぱりそのポインタを理解できた頃から、楽しさは次のレベルになってきましたね。次の壁はオブジェクト指向ですかね。
川井 なるほど。
橋本 今まで手続き型のC言語を書いていたので、やっぱりまたわけのわからない世界に入っていくという感じがしました。3年生から研究会に入れるんですけど、研究会に入ったら、そこにすごいプログラミングができるやつがいたんですよ。彼がけっこうしっかりとしたオブジェクト指向でC++を書いていたので、それを見ながら手伝ったり、部分的に作りこんだりして、同じプロジェクトでやっていくうちに使えるようになっていった感じです。
川井 なるほど。本当に学校でプログラミング漬けという感じだったんですか?
橋本 どうなんですかね。意外にプログラミング漬けというまではなかったですけどね(笑)
川井 そうなんですか。
橋本 1~2年生の頃は、僕はサークルにはまってたんですよ。うちの代表の佐野が作った環境系のサークルで、SAEI(SFC Alternative Energy Innovators)っていうサークルです。
川井 環境系のサークルですか。具体的にはどんな活動をされるんですか?
橋本 当時から、酸性雨やエネルギーが枯渇するといった環境問題だとか、そのひとつとして温暖化の問題について考えていて、「このままじゃやばいぞ。みんなが楽しく過ごすことができない世の中になってしまうんじゃないか」っていう危機感を持っていたんです。じゃあそれをどうやって解決していこうかみたいなことを考えていましたね。佐野が高校生くらいからソーラーカーに興味があったこともあって、「太陽エネルギーならわざわざ自然が地面の中に隠したものを掘り起こしたりしないでもエネルギーを手に入れることができて、人間は楽しいままでも続けることができるよね」って思ったんです。環境を守るために人間が我慢するのはすごい嫌だったんですよ。
川井 なるほど。
橋本 それで、「じゃあソーラーパネルを流行らせよう!」みたいなことで、学園祭で寸劇を織り交ぜたりプレゼンテーションをしたりしました。あとは夏休みに小学生を集めて一泊のキャンプをして、そのキャンプの中で子供たちと一緒にソーラーパネルを使ったおもちゃを作ったりとかもしましたね。「よし、10年後にこいつらはきっとすごくいい地球を作るという意識の高い大人になるはずだ」みたいなことを考えていたりしました。
川井 すごいですね。志の高いサークルですね。
橋本 でもまあ本人たちは楽しいと思うこととやりたいことがちょうどつながったというだけですね(笑)
川井 1~2年生の頃はその活動に夢中になっていたということですね。
橋本 そうですね。「移動手段はローラーブレードもいいんじゃない?」とか話して、ローラーブレードが流行ったりだとかもしました(笑)
川井 電池技術は遅れているというか、色々なものが発展していく中で、電池だけは2時間しかもたないとかあるじゃないですか。ソーラーパワーでできるようになればすごいですよね。
橋本 キャパシタみたいなものがうまくいけばいいんですけどね。
川井 今は宇宙からエネルギー受信をして・・・みたいな技術も聞きますね。
橋本 かなり前からある計画ですよね。
川井 なんだか不思議に感じてしまいますけどね(笑)佐野さんとはそのサークルで出会ったんですか?
橋本 サークルに入る前に友人との飲み会で出会って、面白そうだからサークルに入ろうと思いました。
川井 どんな感じの友人なんですか?
橋本 なんかもう思い出せないですけど(笑)最初は授業つながりですかね。今もそうかはわからないんですけど、当時SFCにはキツイ授業がいっぱいあったんですよ。文化人類学とか、文科系っぽい授業なんですけど、それのために週5日使わなければならないみたいなものもありました。だけどグループワークなので、けっこうそれでみんな仲良くなったりするんですよ。そこで友達が増えていくうちに、佐野につながっていったという感じですね。
川井 大学時代は実家から通っていたんですか?
橋本 そうですね。僕は大学に結構長い間残っていたんですよ。学部を出てから、大学院も行って博士課程も単位取得退学までいて、あと研究員でいたのでしばらくはずっといたんですけど(笑)学生のうちの確か2年くらい、佐野とは一緒に住んでいました。
川井 カヤックさんもSFCの3人で起こされた会社ですが、似ている感じですかね?最初は川の字で寝ていたとか言っていましたけど(笑)
橋本 そうなんですね(笑)

<大学での研究>
川井 大学では、どのように研究を進めていたんですか?
橋本 1~2年生の頃はずっとサークルにはまっていて、3年生になって研究会を決めるとなったときに、サークルで仲良くしていた連中がみんな違う研究会に入ったんですね。みんなやることが違くて、こんなに色んなやつらが集まってたんだと思って、それがけっこう嬉しかったですね。僕が行ったのが生命情報学の研究会で、生物学をコンピュータを使ってやろうっていうところです。最初は塩基配列とか、ヒトゲノムプロジェクトというのが一時期ありましたけど、文字列配列としてDNAの情報を読み取ろうっていうものですね。やっているとどんどん、色んな生物の配列がわかってくるわけですよ。
川井 なるほど。
橋本 そんな中で、「配列はランダムで並んでいるわけじゃなくて、どうやら配列のゆらぎがある」みたいなことが分かってきて、「それがなんなのかを今度はプログラミングで解析しちゃえ」ということが出てきました。「そんなことができるんだ!」というのを知って、またすごいはまりましたね。
川井 なるほど。それは病理学とかに使われるための技術なんですか?
橋本 応用的なものではなく、どちらかというともっと基礎的な、学術的なものですね。
川井 そうなんですか。
橋本 実は高校生の頃は生物学のほうが好きで、SFC以外は全部生物系の大学を受けたんですよ。そういう経緯もあって、生物学をやりたいと思っているところにちょうどこの情報科学がはまってくる時代になっていて、一年くらいは文字列解析を一生懸命やっていましたね。でもやっていくうちに、少し違うことをやりたくなってきまして(笑)教授に「なにかシミュレーションみたいなことがやりたいんですけど」と言ったら、「ちょうど考えていたんだよ」と教授も言ってくれまして、「細胞シミュレーションのプロジェクトを作ろう」ということになったんです。
川井 そうなんですね。
橋本 「コンピュータ上にプログラムで細胞を完全に再現する」というのをやろうということになって「E-CELLプロジェクト」というプロジェクトを作って始めました。
川井 E-CELLプロジェクトは何年くらいですか?
橋本 1996年とか・・・10何年か前ですね。ちょうどその年、マイコプラズマっていう一つの細菌の塩基配列が全て読まれたという、史上初めて「一つの生命体の塩基配列が全部わかった」ということがあったんです。じゃあそれをコンピュータに乗っけちゃおう、ということで研究を始めたんですが、    まずはシミュレータを作らなきゃ、というところから作っていった感じですね。
川井 そこから作られるんですね。
橋本 はい。
川井 その作業は、プログラミング実務になるわけですか?
橋本 そうですね。研究と言いながら、やっていることは全てプログラミングです。
川井 そうなんですね。大学院の研究室の方なんかと話すと、プログラミングは普通にできるという方が多いですよね。やっぱりそういうところからなんですかね。
橋本 うちはやっぱり生命情報学なので、コンピュータができないと研究にならないというところではありました。
川井 なるほど。そこで作られたシミュレーションは、具体的にはどういった成果につながっていくんですか?
橋本 実験ってけっこう時間がかかるじゃないですか。まずたとえば大腸菌なり菌を増やして、何か影響させてまた増やして解析して、というような、何日かかかることをやらないといけないんです。だけどそれをシミュレーションできちゃえば、たとえば同時に100通りの別々の条件で実験ができたりするんです。だめだったら遺伝的アルゴリズムみたいな形で変化させていくうちに、コンピュータだからできる網羅的な解析とかができてくるだろうというわけです。その中で何か発見があったときに、初めて、それを実験で検証すればスピード感も全然変わってくるだろうと言うのが目指していたところですね。
川井 なるほど。そういうことだったんですね。
橋本 そうですね。そのためにもまずはシミュレーションできるようにならなきゃっていう基礎的なところにつながっていきました。
川井 なるほど、そういう風に使うんですね。
橋本 体の中が工場みたいなイメージで、なんでも好きなものが作れる大腸菌を作る、とか、そういうことを夢見ながらやっていました。
川井 なるほど。その後はどういった感じですか?
橋本 さっき少し、研究会に天才プログラマみたいな人がいたというお話をしたんですけど、シミュレータ作りのほうは彼が中心になってやっていて、僕はもう少し研究寄りの成果を出すほうに興味が出てきて、細胞モデルを作ることを集中してやるようになったんです。だけど、やっぱり成果がなかなか出ないんですよ。今回出た成果はこのくらいだけど、イメージする夢のような世界はこのままだと何十年か何百年かかるかな、みたいな感じでした。確かな一歩はあるんですけど、あまりにその速度が遅くて、どうしようかなと思っていましたね。
川井 なるほど。
橋本 そんな中で、佐野と話していたら「そうなんだ。ちなみに俺のやっていることはすごい楽しいよ」とか言われたいです(笑)
川井 (笑)
橋本 もともと佐野がクックパッドを立ち上げる時にちょっと手伝ってはいたんですよ。クックパッドは月額500円で、お金を払わないと使えないサイトとして作ろうということで、「どうやって会員を増やすか?」「すごくいいサービスを作らないと会員は増えないから、どうやっていいサービスにしよう?」ということを考えてやっていたんです。だけど会員は増えなくて、だめだね、って言って僕はその時に一度離れたんです(笑)
川井 それは何年くらいですか?
橋本 1997年創業で、1998年の3月にサービスを開始した当初が有料のサービスだったんですね。それで全然会員数も増えなくてすぐ無料化したという流れです。
川井 なるほど。
橋本 無料化すると同時に給料が出なくなるので、僕は辞めたみたいな感じですね。
川井 それは院生の時ですか?
橋本 院生の時です。
川井 大学院に行くということは元々決めてらしたんですか?
橋本 さっきお話しした、教授に「シミュレーションがやりたい」と言った時がちょうどその選択の時だったんですよ。その時に教授が「やろう」と言ったので楽しくなって、絶対大学院に行こうと思いました。
川井 なるほど。でも佐野さんのお手伝いもしたりしながらですよね。
橋本 そうですね。そっちも相当楽しそうだったので(笑)

<クックパッドにジョイン>
川井 もともと、ビジネスに興味はあったんですか?
橋本 ビジネスというよりも、インターネットがなんとなく世の中に広まりだしてる頃で、ものすごくざわざわしてたんですよ。そこにはすごい可能性があるはずで、わけがわからないけど絶対に楽しい可能性が広がっている、というのが見えて、インターネットをやりたいなと思ったんです。研究もやりたいけどそっちもやりたいな、と欲張りに思って、クックパッドを手伝ったかたちです。
川井 根っこはインターネットにあるわけですね。
橋本 そうですね。それから7~8年くらい経ってもう一回佐野と話をした時に、「研究が10年とか100年とかかかってじれったい」ということを言ったんです(笑)
川井 (笑)
橋本 そしたら佐野に「クックパッドを無料化したけど、もう一回有料サービスを立ち上げようと思う」ということを言われたんです。有料サービスにするということは、またいいサービスを作ったら対価としてお金が支払われて、よくないものだったら払われない。目に見えて「感謝」というか、価値を提供できているかどうかがその日のうちにわかる世界があるよ、ということを言われて、もうそれならやるしかないと思いました(笑)
川井 なるほど(笑)
橋本 博士課程までやってきた実績自体はなくなっても、身につけてきた技術というのはずっと残っているものなので、今まで身につけた技術と、細胞シミュレーションを作ることでしか持てなかった知識を生かすこともできるし、もう一回インターネットのほうに戻ってやってみよう、という決心をしてクックパッドに舞い戻ってきたという感じです。
川井 なるほど。それが何年くらいですか?
橋本 4~5年前ですね。2004年くらいです。
川井 割と最近なんですね。
橋本 そうですね。しかもジョインしたときはエンジニアとしてではなく、どちらかというとプロジェクトマネージャという形で参加しました。
川井 そうなんですね。クックパッドさんは当時何人くらいでやられてたんですか?
橋本 当時は、3~4人くらいですね。
川井 じゃあ本当にそこから、という感じですね。
橋本 そうですね(笑)この部屋の半分か、3分の1くらいしかない部屋でやっていました。
川井 もともとのサイトはどういう技術要素で組まれていたんですか?
橋本 もともとは佐野が全部自分で作ったもので、ColdFusionで組んでいました。
川井 ColdFusionですか。今となってはレアな感じですね。メンテナンスできる方が限られていたんじゃないですか?
橋本 そうですね。だから入ってきた人にColdFusionを覚えるところからやってもらっていたと思うんですけど、でも大体は佐野が作っていたので問題なかったんじゃないですかね。
川井 いつ頃までColdFusionで走られてたんですか?
橋本 僕が2004年にクックパッドに入って、それまでサービスは外注で作っていたんですけどやはり中で作ろうということになりまして。そこで僕はエンジニアになって、その時に色々な言語の選定をしたんですね。それが2005年なので、Railsのベータ版がもう出ていてRailsを試してみたりとか、外注でやっていただいていたのがPHPだったのでPHPも試してみたりとかもしました。その中で、実はやっぱりColdFusionが一番使いやすかったんですよ。
川井 そうなんですね。
橋本 古い言葉になるかもしれないですけど、RAD開発みたいなことを目的として作られた言語なので、ただ作るだけならものすごく速く作れる言語なんです。じゃあもうこれで作っていっちゃおう、みたいなかたちで2006年の1月にColdFusionでサイトをすべて書き換えということをやりました。
川井 すごいですね。
橋本 そこからやっと「僕のクックパッド」という形になりました(笑)
川井 なるほど。じゃあ元々佐野さんが作られていた同じ言語でリニューアルしたんですね。
橋本 そうですね。今回Railsでのリニューアルが2008年の7月なので、そこまでColdFusionでした。
川井 入ってみていかがでした?サイトの技術的なこと以外の部分、たとえば営業的な側面とか。小さな部屋で3~4人で始めたところから、どうやってここまでの会社になったんですか?
橋本 入って最初は、僕は有料会員サービスのほうをずっとやっていまして営業はやらなかったんですけれども、やっぱりなかなかユーザは増えなくて苦しい中でやっていました。 櫻井: 6年目くらい、ユーザが100万人を超えたくらいからブレイクすると佐野は言ってしましたね。100万人を超えると媒体としての価値も出てきて、営業の力のある社員もジョインして・・というところですね。
川井 なるほど。
橋本 その時点ですでに部屋の広さは4倍くらいになってきたんですけれども、その間は僕はどちらかというとリニューアルのほうにかかりきりで、そこしか見ないでやっていたという感じです。
川井 そうなんですね。現場からはどんな観点で作り直してほしいとか、機能を追加してほしいとかの要望が上がっていたんですか?
橋本 要望としては、心理学じゃないですけど「ユーザさんは何を求めているのか」ということをひたすら考えてやっていました。
川井 仮説を作って、という感じですか?
橋本 そうです。仮説を作ってColdFusionでぱぱっと作って、「どうだろう」と見てみるんですね。あとはユーザさんを呼んでユーザーインタビューをやってみたりとかを続けていました。
川井 ユーザビリティとコンテンツの強化を両方とも徹底的にやっていたということですね。
橋本 そうですね。コンテンツの方はどちらかというと「ユーザさんが作ってくれるコンテンツ」なので、コンテンツを作るユーザさんのことを考えて、どういうサービスを作っていこうかという考え方をしていました。
川井 ここをすごく作りこんだとか、思い出深い部分はありますか?
橋本 けっこう、「まっとうなものづくり」を目指してきたなと思っています。一番最初に「ユーザさんて誰だろう?」というところから考えるじゃないですか。それで「レシピを載せるユーザさん」と「レシピを探すユーザさん」がいるというのがわかりまして、クックパッドってどちらかというと「レシピを載せるユーザさん」のためのサービスだったんですよ。
川井 そうなんですね。
橋本 だからいいコンテンツが集まってきて土台ができたと思うんですけど、有料会員サービスは「レシピを探すユーザさん」のことを考えてサービスを作りこんでいこうということになりました。そこからは、「レシピを探すユーザさん」が本当に欲しいものって何?心からの要求って何だろう?ということを考えていきましたね。あとはサービスとしてちゃんと成り立っているか。仮説はいいのに、仮説が実現できていないようなサービスになっていないかどうかというところを考えてやっていきました。
川井 なるほど。
橋本 サービスのアルゴリズムの方は、研究で得てきた経験を生かしたいなと思っていました。例えば「人気検索」っていうのが有料サービスの中にあるんですけど、レシピの人気順って何で決めよう?というところがあるじゃないですか。よく見られているレシピが必ずしもいいレシピではなかったりするんですよ。いいレシピだけど片寄りが出てしまったり、あまり見られていないけど人気が高いレシピというのもあるんですね。
川井 なるほど。
橋本 色々見ていくと、15個くらいパラメータがあるというのがわかって、だから15個のパラメータを元にひとつの指標を作ろうということになりました。研究の時はこういうことばっかりやっていて、直結したんです(笑)
川井 なるほど(笑)
橋本 数式を作って、どういう数式ならちゃんと人気を表わしているものになるのか、どれくらいパラメータをいじれる必要があるのか、というのを作りこんで「人気検索」というのを作ってみたりしました(笑)
川井 楽しそうですね。
橋本 すごい楽しかったです(笑)
川井 では内製すると言ってもエンジニアでやるというより要件定義の方が楽しいわけですよね。
橋本 どっちも楽しいですね(笑)
川井 書く方もやっぱり好きなんですか?
橋本 書く方も好きですね。自分で作って、「じゃあよろしく」っていうのも悔しいんですよ。
川井 なるほど(笑)
橋本 なんでこんな楽しい、おいしいところを他の人に任せるんだ?みたいな(笑)
川井 じゃあウォーターフォールの上から下まで一気にやってしまうという感じですね。
橋本 一人しかいないような状態ではあったんで、必然的に自分でやるしかないという感じでしたけどね(笑)でも小さい会社のいいところってそこだと思うんですよ。自分で出来る範囲がすごく広いと思うんですね。
川井 そうですね。全てのことを自分で出来て、お客さんの評価もすぐに得られるというのは、やはり研究をやっておられた頃より比べてやりたい事に近かったんですよね。
橋本 そうですね。やっぱりスピード感が全然違いますね。
櫻井: Railsを採用したのも、早いサイクルでPDCAを回しながらサービス開発ができるという点で最も向いているからだと佐野が言っていましたね。
川井 なるほど。
Ruby on Railsでのサイトリニューアル
川井 Railsを選ばれたのにはどういう経緯があったのですか?
橋本 前回のリニューアルの時にRailsを見つけてきて、やはり素早い開発ができるんじゃないかという点で使いたいと思っていました。外注でサービスを作っていただいていた時に、どうしても意識のずれがあるところのひとつが、アジャイル開発と伝統的な開発の方法だったんですよ。それで説得しようとするときに、アジャイル開発というのを自分でもっと理解しないといけないと思って、勉強をしたり色々討論もして、理想的なアジャイル開発はこういうものだ、という思いだけがあったんですね。それを実現する方法を考えた時に、Railsは本当にアジャイルになりそうだというのがわかったんです。
川井 なるほど。
橋本 ただ当時はまだβ版だったし、エンジニアは自分一人という状況でリニューアルまでこぎ着けないな、とわかったのでその時は選ばなかったんです。だけど、あの時自分が選ばなかった技術がそれからじわじわと流行ってくるわけじゃないですか(笑)
川井 そうですね(笑)気になりますよね。
橋本 それでタイミングを計っていました。リニューアルの方は、広告事業が伸びてきたこともありまして、料理が楽しくなるような会社という広告事業をしっかり作っていこうという方に労力をかけていたんですけれども、だんだんまたサービスの方に移れるというフェーズになってきたときに、ColdFusionで行くのか、思い切ってRailsで行くのかということを考えました。Railsを選ばない場合はどうなるかなということを考えてみたときに、Railsみたいな、自分たちが持っている技術よりもアジャイルな開発ができる集団がクックパッドを作ったらどうなんるんだろう、なんていうことを考えて。それは全然だめじゃんと思いました。それよりは、自分たちがナンバーワンだと思える技術を使い続けなければいけないなということを考えたんです。でもやっぱり前回うまくいかなかったので、「本当に大丈夫かな」と思っていた時に、食べログさんがRailsでリニューアル成功したということを聞きまして、「やった、すごい」と思ってすぐに食べログさんのところにお話を伺いに行きました。「実際どうやってうまくいったのか」とか「クックパッドでやるとしたらどうだと思う?」みたいなことを聞いて、そこで「Railsでいけそうだ」と思いました。
川井 なるほど。
橋本 食べログさんもうまくいくという感覚をつかんでいるし、話を聞く限りはこれなら自分たちもいけるんじゃないか、という風に思えたんです。それで社内に戻って「Railsで行くぞ」と言ったときに、エンジニアの方が逆に「え~!?本気ですか!?」っていう反応になってしまってたんですけど(笑)
川井 (笑)
橋本 でも「よく考えてよ。本当にRailsじゃなくていいの?」という風に説得して、「半年くらいかかるとは思うけどやっていこう」と話して決まったんです。
川井 食べログさんの事例が後押しになったんですね。
橋本 なりましたね。
川井 あれのリニューアルも大きかったですもんね。でも社内でのRailsの技術者の育成もけっこう大変だったんじゃないですか。
橋本 最初は、育成というか、まず自分を育成しないといけないという状況でした(笑)でも突然「Railsで行こう」と決めたというわけではないんです。その半年前くらいに社内の新規事業でBtoBのデータ提供サービスみたいなものを作ることになって、「どうせならRailsで作っちゃおうよ」ということでエンジニアの一人が受け持つことになったんです。だから彼がどちらかというと一から勉強して、本当にアジャイルな開発がRailsならできるのかどうかという検証も含めて作り込んでいって、それがきちんと完成できたので、ある程度の規模のものは作れるようだというのはつかんでいました。
川井 なるほど。じゃあそんなに大きなトラブルもなくリニューアルにこぎつけたという感じですか?
橋本 そうですね。そうは言ってもリニューアルはけっこう大変でしたけど(笑)開発自体も新しいものですし、社内にすごく経験の長い人がいるわけでもないので、わからないことだらけのまま進めていく感じでした。でもやっぱり作っていくと、実際に使われるものを作るのでだんだん作れるようになってきたんですね。問題はどちらかというと、前回の約5倍の450万人という規模のリニューアルということで、そのシステムづくりのほうが大変でした。
川井 トラフィックが多いのでそれに耐えられるかということですか?
橋本 そうですね。どうやって耐えさせるかということですね。
川井 そのあたりって一番不安視されているところだと思うんですけれども、もう問題ないということですか?
橋本 はい、問題ないですね。やっぱりRailsでやろうと決めた時に一番そこが気になったんですよ。Railsは遅いと言われていて、ColdFusionはJavaなので早いといえば早いんです。Railsにして何倍か遅くなったりしないかという心配はありました。でもやっぱり、遅いのはデータベースだよねという話になって、データベースの遅さとかディスクI/Oの遅さに比べたらRailsの遅さなんて大したことはないんじゃないか?ということは最初から思っていました。実際に今やっていても、思ったより遅いかなっていうのはあるんですけど(笑)、でもRailsがボトルネックになるわけではないんですよ。
川井 なるほど。クックパッドさんはすごい成功事例として挙げられますね。
橋本 そうですね。
川井 食べログさんに続く大きなリニューアルでしたよね。
橋本 ただリニューアルも割と進んできた頃に、Railsで作られている「twitter」がけっこう大変らしいよ、という話になって、「twitter」のページビューはどれくらいなんだろう、とAlexa(アレクサ※全世界のWebサイトの訪問状況を調べ、訪問者数の多いページをランキングする事業を行っているサイト)で調べてみたら「あれ、クックパッドの方が多い」ということがわかって青ざめたりしましたね(笑)
川井 (笑)
橋本 あんな大変そうなところよりも多いトラフィックをさばかなければならないのかと。
川井 瞬間が多そうですもんね。Matzさんとかは「Twitterがちゃんと動いてる」ということをRubyがスケーラビリティ的なパフォーマンスにおいて問題ない事例としてあげてますよね。
橋本 そうなんですよね。今、Alexaで見るとクックパッドは7位なんですけれど、その上位7サイトのページビューをランキングにして見るとクックパッドは世界3位なんですよ。
川井 すごいですね。
橋本 はい(笑)なので、トラフィックという意味では3位くらいの規模のものがRailsで動いているということです。捌けています。
川井 なるほど。そういえば、うちの会社でRailsセミナーをずっとやってるんですよ。
橋本 そうですよね。
川井 Railsをいかに商用化するかということをテーマにこの1年はやっていまして、おそらくさっきの話は色んな方が聞きたい話だと思いますね。
橋本 リニューアルが成功するまでは、あんまり話すこともないだろうなと思ってたんですけど(笑)今ならある程度話せることもあるかと思います。
川井 では、是非ともセミナーの開催をお願いします!
今、取り組んでいるテーマ
川井 リニューアルを終えられて、今取り組まれているテーマは何ですか?
橋本 今は、具体的なところまではお伝えできないんですけど、サービスの面ではせっかくRailsにしたのでユーザにとっての価値って何か?というとこを考えて、それを実現していきたいと思っています。僕はエンジニアなんですけれども、プログラムの技術が大事であること以上に「どういう価値がユーザさんに伝わるのか」というのがやっぱり大事だと思うんですよ。モチベーションもそこなんです。今は、リニューアルして技術は手に入ったけどまだ「価値」をユーザさんに提供しきれていない、というのがフラストレーションとしてものすごくあるので、そこをこれからやっていきたいなと思っています。
川井 エンジニアでありながらサービス視点をきっちり持っていて、それがモチベーションになっているということも言い切られているのですが、そうではないエンジニアの方も世の中にはいると思うんですね。そこにはどういう差があるんでしょうか?
橋本 どうなんでしょうね・・・。
川井 けっこう「サービス」というよりは「自分のコード」というのを大事にしている方が多いと感じていて、「自分のキャリアプランが見えない」というエンジニアの方の、根底はそこにあると思っているんです。特にWebアプリの世界ではユーザーを見ずにソースコードと格闘するというのはナンセンスだと思います。
橋本 でも結局は「何が好きか」ということだと思うので、やっぱり好きなことを生かした方がいいと思うんですけどね。そうじゃないとやっぱりキャリアも積めないと思うんです。僕はたまたま好きなことが、クックパッドにジョインするということになったときから「お客さんに何を提供して、どんなフィードバックがもらえるか」「それを元にもっと上のことができるか」っていう風に考えていくことになったんですよね。そもそもエンジニアではなかったので、それから手段と、自分が得意としているらしいことがわかったのでエンジニアとしてやっているんですけれども。
川井 ソースを書くことだけで一生食っていける、というスキルを持った方だったらいいと思うんですけど、あんまりいないと思うんですよね。日本ではやっぱりソースを書く人の給料はあんまり上がらないっていうのがあって、そういう方はどうしていこうかなっていうのもテーマだと思うんですが、そのあたりはどうでしょうか?
橋本 クックパッドの中の哲学というか、企業的な哲学として「好きなことをやりましょう」というのがあるんです。好きなことをやっていないと「やってないじゃん!」って怒られるんです(笑)好きなことと、得意なこと、これなら自分は世界一になれるよねっていうことをやってくださいと言っています。それにプラスして、儲かること・自分の給料をあげられると思うことをやりましょうとも言っています。この3つが実現できることをやり続ければ、会社もハッピーだし、エンジニアもハッピーになれるという哲学ですね。
川井 なるほど。
橋本 どれかだけじゃダメというのもあって、けっこう技術の考え方だと「好きなこと」と「世界一になれるところ」、そこまではいけると思うんですけど、そこと「儲かる」というところにつなげるのが大変なのかなと思います。
川井 そうですね。
橋本 クックパッドみたいな、直接ユーザさんを相手にしている会社ならば、ユーザさんをハッピーにすることができれば直接会社が儲かるので、そこを実現できる人というのが必然的に儲かる人間になっていくという感じですね。うちの場合は、という話になっちゃいますけど(笑)
川井 いえいえ。やはりそういう理念できっちりやられているからうまく回っているのかなと思いますね。やらされて辛いと言いながらソースを書いている人もいますし。歴史的な背景も含めて、なかなかエンジニアって陽の当たらない部分があったりして、そこを解き放ちたいっていうのがうちの企業コンセプトなんです。
橋本 でも「やらされている」ことでも、よく考えてみたら技術的なことってけっこう楽しいはずですけどね。
川井 そうですよね。
橋本 それで「楽しい」と思ったら、やることってけっこう変わるんじゃないかな、と思いますね。
川井 気の持ちよう、みたいなところですかね。
橋本 そうですね。同じ課題があっても、楽しいこととして自分のチャレンジになれば、与える価値の方も変わってくると思うんですよ。それを続けていけばキャリアにつながるんじゃないかなという気はします。
川井 なるほど。わかりました。ありがとうございます。

<今後のことと若手エンジニアにアドバイス>
川井 個人的なお話でけっこうなんですが、今後どういう風に生きていこうかなとか、先のことはどんな風にお考えですか?
橋本 僕は、そうは言っても実はエンジニアでやっていきたいんですよ。
川井 なるほど。
橋本 なぜかっていうと、さっき言っていた3つの輪っかみたいなものを自分で改めて考えてみたときも、やっぱりプログラムをしているとき、ものを作っているときってものすごく楽しくて、すごくやりたいことなんですね。それプラス、お客さん、ユーザさんがハッピーになるようなものを自分が提供できているというのがまたたまらなく楽しいんです。あとはやっぱりやってみて、自分はこれが得意で、この道は自分に向いているなということがわかって、だから自分は幸せなままエンジニアとしてやっていけるなというイメージもつかめて、それができたら実際自分も成長していけるなというのもわかるのでエンジニアをやっていきたいと思っています。
川井 お客さんのことを考える1プログラマでありたいといったところでしょうか。
橋本 そうですね。
川井 会社の運営とか経営といった部分はどうですか?
橋本 そこも色々とチャレンジはしているんですけれども、あんまり得意じゃないですね(笑)
川井 そうなんですか。
橋本 得意なことに集中した方がいいな、というのはすごい思います。まあそれはステージなんだとも思うんですけどね。僕はまだ自分のステージとしては、そっちよりはエンジニアでやりたいなと思うので。
櫻井 社内では完全にスペシャリスト型ですね。フェローなんです。
川井 フェローなんですね。かっこいいいですね。やっぱり信頼があるからできるのかもしれないですね。
櫻井 そうですね。すごく信頼されてますね。
川井 そうですよね。そんな橋本さんから、若いエンジニアにアドバイスをいただけますか?
橋本 今まで話したことと同じなんですけれども、やっぱり好きなことをやらないと伸びないですね。好きなことをやって伸ばすのが一番の近道だと思います。
川井 確かに好きなことをやっているときが一番輝いているし、一番モチベーションが上がるというのは事実だと思いますね。
橋本 身につける技術としては、好きで技術をやるのはいいんですけれども、やっぱりちゃんと完成させなきゃだめだと思うんですよ。「プログラミングができる能力」と、それで「何かものを完成させることができる能力」っていうのは実は微妙にずれていて、「ものを完成させる能力」っていうのをちゃんと身につけていかないといけないと思います。
川井 そうですね。
橋本 うちが「趣味でもいいから何かものを作っている」というのを重視するのはそれでですね。ちゃんとものを完成させる力を持っている人じゃないと、実際ユーザに価値を提供するところまでできないということがありますね。
川井 なるほど。まず「好きであれ」ということと「好きなものをとことんやって完成させることが大事だ」ということですね。
橋本 そうですね。
川井 非常に参考になりました。本日はどうもありがとうございました。
橋本 こちらこそありがとうございました。

<プロフィール>
橋本健太 氏
◆クックパッド株式会社の最高技術責任者。
◆慶応義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。
◆同博士課程在籍中に、研究員として、細胞のコンピュータシュミレーションの研究を行う。
◆2004年、クックパッド株式会社の前身である有限会社コインへ入社、ユーザー向け有料サービス立ち上げに従事。
◆2006年にはサイト全体のリニューアルを成功させ、最高技術責任者に就任。
◆2008年7月、クックパッドをRuby on Rails に全面リニューアル。(当時Ruby on Rails製で日本最大、世界6位の大規模サイトに)現職に至る。

<会社概要>
会社案内 クックパッド株式会社
http://cookpad.com/info
代表取締役 佐野 陽光
所在地 〒108-0071 東京都港区白金台5-12-7 MG白金台ビル5F
事業内容 料理サイト「クックパッド」及び携帯版サービス「モバれぴ」の企画・運営、食の検索データサービス「たべみる」の販売、マーケティング支援事業、広告事業、出版事業

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