インタビュー記事

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第10回 きたみりゅうじ 氏(後編)

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<その後のきたみさんは?>
川 井 ちょっと話が脱線して相当膨らんでしまったんですが、その後のきたみさんのお話をお聞きしたいと思います。大学くらいからお話いただいてもいいでしょうか?
きたみ 大学は、理系で動力機械なんかやる学部に行きました。車のエンジンとかですね。授業にはあまり出ていなかったんで、お話できるようなことは何もないんですが、たまに黒板とか見ると、ドリフトはこういう原理で起きるとかそんなことが書いてあったのを覚えているくらいですね。
川 井 車が好きで、はじめからそういう方向にって決めていたんですか?
きたみ いえ、実は高校のときに早く家を出たかったんですよ。付属高校だったので、エスカレーター式に大学にいくと必然的に関東の大学になるんで、それなら間違いなく家を出れると思ったんです。本当は、その時に美術の勉強がしてみたくて、美術学部にいきたかったんです。でも、たぶん就職先がないだろうなって思ったんですよね。親のおかげで大学までいって、一人暮らしもさせてもらって、更に就職先のないようなものを勉強するっていうのは、ありかなしかというとなしだろうなって思いましたね。で、その当時は自動車産業が貿易黒字で外国から怒られるくらいに景気が良かったんですよ。車だったら嫌いじゃないし、じゃあ、そこかなって、そういう感じでしたね。でも何にでも転用のきく電気工学科とかは人気があったんで、成績がよくないと行けないんですよ。僕は高校入ったあとは一切、勉強しなかったんです。本当に勉強しなくて、たまに公式1つ覚えると試験範囲をまかなえるようなことが物理とかだとあるんですけど、そういうときだけ勉強するくらいだったんです。なので、物理なんかだと4点のときもあれば98点の時もあるくらい差が激しかったですね。
川 井 はあ。そりゃ、えらい差がありますね。
きたみ そんなことをやっていたので、エスカレーター式でっていうときに成績がいい順にはめられていくんですが、僕にとってボーダーラインぎりぎりで受けられて、興味のある分野は動力機械だけだったんです。その動力機械も本当は全然入れなくて、3年生のときに普通だと1次面接、2次面接っていう流れで進路面接があるんですけど、その前に1部の成績がひどい人だけ、0次面接っていうのがあって、推薦できる学科がないくらいやばい奴だけ呼ばれるんですよ。3年に上がったタイミングで僕はそれに呼ばれて、親の前で成績をくそみそに言われちゃったんです。事前情報で1、2年よりも3年の点数の方がウェイトが高いって聞いていたんですけど、何しろ無理だからってことで、3年でどれくらい頑張ったらなんて話にならないんですよ。それで、1年間、学年で毎回テストが50位以内に入っていたら行けますかって聞いたら、「そりゃ行けるけどさ」って笑われたんです。それで奮起して1年間、50位以内に入り続けました。試験範囲とかが決まっていない実力テストなんかでは7位とかにまでなって、このときだけは自慢しましたね(笑)
前 田 2年生までは何位くらいだったんですか?
きたみ 250人いたら、220位以下でしたね。僕の下にはスポーツ推薦の奴しかいなかったですからね。
川 井 なるほど。それで無事に大学に入られて、それからどこの時点でエンジニアっていう方向に転換されたんですか?
きたみ 就職活動のときですかね。パソコンはずっと欲しかったんですよ。バイクも好きでパソコンとバイクの雑誌は片っ端から見ていましたね。大学でもやっぱり勉強しなかったんで成績は無茶苦茶でえらい苦労しましたね。
川 井 理系の就職はやっぱり成績なんですよね。
きたみ そうですね。まずは学校推薦ですよね。動力機械ってものに応じた就職先だと学校推薦専門になってきて、学校推薦で受けられるところに学校推薦以外で受けようとすると学校推薦を選べないレベルに違いないって思われて、窓口自体が閉ざされちゃうんですよ。僕の時代はさらにバブルが崩壊して、冷え込んだ時だったんで、大手の自動車メーカーなんて就職がなかったんですよ。それで自分で就職先を探さないといけなかったんですが、友達の協力を仰いだりしながら経済とかも勉強して、中国がらみかコンピュータ業界かどっちかかなあと思っていました。これからは自動車だろうとなんだろうとコンピュータを積むようになるだろうし、ソフトウェアなら間違いないなっていうのと、パソコン雑誌はずっとみていたので、その中でAppleとかへの憧れもあったし、それでソフトハウスに進みました。
川 井 なるほど。それで会社に入ってからはどういうことから始めたんですか?
きたみ 研修でやったのはC言語でしたが、業務ではHTMLからですね。
川 井 最初からWebの世界なんですね。時代的にはそういう時代でしたっけ?
きたみ いや、95年なんで、Webをやっているのは相当早いと思いますよ。世の中、インターネットとか知らない人の方がまだ当たり前でしたからね。
川 井 何年くらいいらっしゃったんですか?
きたみ 3年半くらいですね。
川 井 どうして移ろうと思ったんですか?
きたみ 会社の将来性ですかね。というかやっている仕事内容の将来性というか。。。会社の独自言語を作ってそれで開発をさせられていたんで、このままやっていても技術的によそで通用するものは育たないなって思いました。それと、自分でホームページを作って4コマ漫画を載せたりもしていたんですけど、そういう会社以外の自分のためにやっている投資が全然できなくなっちゃったんです。そうすると、自分のための投資もできないし、会社でやらされていることに将来性はないし、しかも常務、すげえ腹立つし、給料もよくなかったですから、もう嫌だなあって。
川 井 それで東戸塚の会社に移られたんですよね。ちょうど東戸塚にビルが建ち始めた頃ですね。本で拝見したところ、この会社はすぐに傾いちゃったかと思うんですが、入る前はそういう感じはまったくしてなかったんですか?
きたみ まったく分りませんでしたね。人事の人でさえもまったく知らなくて、清算されるってことが発表になった直後に僕のところにすっとんで謝りにきたくらいでしたから。トップクラスで知っていた人とあとで話したら、「知っていても言えないじゃん。現場が欲しいって言ってるものを駄目って言って、理由を聞かれても困るしさ」って言っていましたね。
川 井 まあ、それはそうですよね。これは、もう巻き込まれたって感じですよね。

フリーランスに向かって
川 井 この頃はすでにホームページとかで漫画も公開されていたと言っていましたが、もう独立しようというお気持ちはあったんですか? それとも作家になりたいというのが大きかったんですか?
きたみ うーん、会社員を辞めたいっていうのはもうずーっとありましたね。朝起きるのが嫌だったんですよ。
川 井 そうなんだ(笑)
きたみ さっきまでの話だけだと、この人すごくしっかりしている人という印象になっちゃうかもしれないんですけど、実はそんなことなくてだらっとしていたんですよ。遅刻常習犯だし、会社に入って少しはきっちりはしてはいたんですけど、納期さえ間に合えば、昼間だって何をしててもいいじゃんみたいな感覚でしたしね。サラリーマンとしての才能はなかったんですよ。誰が決めたかよく分らないルールに従うのは嫌でしたね。朝、遅刻して誰か困るかって、困らないですよね。でも会議に誰かが遅刻したら待ってないといけないので、困るんですよ。普通の社会人って逆なんですよね。会議にはだらだらっとしてなかなか集まらないけど、朝だけはちゃんと来るんですよね。それが本当に嫌で、自分だけ有給が減っていくのに、会議に遅刻した人は有給減らないっていうのは納得がいかなかったですね。
川 井 それ、本でも書いてありましたね(笑)
きたみ でも、それって屁理屈なんですよね。やっぱりルールがあって、みんながそれを守る前提で、会社の倫理が保たれているんですよ。そういうのを自覚してはいるので、やっぱりサラリーマンは向いていないなって思ったんです。
川 井 なるほど。じゃあ、出発点はサラリーマンが嫌だっていのうが大きいんですね。
きたみ 大きいですね。サラリーマンをスタート地点として考えると、それが画を書く仕事だろうが文章だろうがプログラムだろうが、きっとなんでもいいんですよ。まず、サラリーマンを辞められる。で、自分がサラリーマンを辞めるためにどういうものがあるかなっていうのを考えた時に、使えそうなものが画であったり文章だったり。そういう一方で自分の画は自分では好きなんだけど、これはどこまで通用するのか試したいっていうのもありました。
川 井 ちなみに文章がうまい方ってかなり読みこまれていることが多いんですが、相当に読まれたんですか?
きたみ 本は子供の頃にすごく読んでいたみたいです。小学校のときは図書室の本、全部読んじゃう勢いでしたから。学校の先生が家庭訪問に来た時に「この子はすごく本を読みますね。きっと将来は大物になるか犯罪者になりますね」って言ってくれたんです(笑) 母親はそれを聞いて怒ったみたいなんですけど、僕はすごい喜んでいました。どっちにしたってなにか大きなことをするってことだって(笑) 自分が親になってからは、自分の子供が将来、犯罪者かもっていわれていい気分はしないですから、当時の母親の気持ちもよくわかりますけどね。
川 井 ジャンルで言うと、どういったものが好きだったんですか?
きたみ 子供の頃でいうと、最初は「シートン動物記」や「ファーブル昆虫記」で、読み終わると「ギリシャ神話」とか読んでいましたね。それ以外は母親が買ってきてくれたやつで気にいってた「ころぼっくる」のシリーズを全部読んだり。今、考えると自然とかに関係する話が多かったですね。
川 井 小説とかエッセイとかにはいかなかったんですか?
きたみ 中学や高校になると歴史ものを読んだりしましたね。大学のときはお金がなくて・・・
川 井 読まなかったんですか(笑)画は描いていたんですか?
きたみ ちょこちょこ描いていましたね。
川 井 ガンダムなんかも?
きたみ 小学校の頃なんかは、頼まれてズゴックとか描いていましたね。
川 井 やっぱり手先が器用なんでしょうね。
きたみ どうなんですかね。自分の画のことってよく分らないですけど、描けば誰でも描けるじゃないですか。丸と棒とで人を描くのとかできますよね。あれは僕の感覚として描けるってことなんですよ。記号として画を伝えられれば描けるってことだと思うんです。一時期燃えていたのは「いかに記号にするか」ってことでしたね。線は少ない方がいいっていうのが僕の考え方の中にあって、いっぱい線を足して、分かるものを描けるのは当たり前なので、線1本斜めに引いただけで、それが羊って言われて、羊に見えちゃったら凄いじゃないですか。こんな線で分っちゃうんだってくらい、いかに線を減らすかっていうのはありますね。最近は漫画的に見せようとするほど、線を足すほどに伝えやすくなるのが分かってきちゃったんで、逆行していますね。線を足して画でより分かるようにすると文字が減らせるんですよ。「新卒はツラいよ! 」を書いた時に、あれは一冊まるごと漫画だったんで、その時に変わりましたね。
川 井 なるほど。そういうレベルでとらえているんですね。さて、そろそろ佳境という感じもありますが、私、この「フリーランスはじめてみましたが・・・」って本が一番面白かったんですが、少し、このあたりについてお聞きしてもいいでしょうか?
きたみ この本は一番、賛否両論分かれる本だったんですよ。エッセイとして読んでくださる人と実用書として読んでくださる人がいて、実用書として読む人はすごく怒るんですよ。自分として、その本で言いたかったのは、フリーだろうがサラリーマンだろうが仕事の面でのプラスマイナスはなくて同じだってことなんですよ。フリーランスの方がいいって言えることが1つあるとしたら、プライベートと仕事との区分けを自分の意志で決めることができるところ、常にどちら側にも身を置けるっていうところっていうことだと思うんですよ。そういうことが言いたかったので、もうプライベートの話は絶対に必要で、僕にとってはプライベートの話に入ってからが本当に言いたいことだったんですよ。実用書として読んでた人たちはそこからがいらないって言っていましたね。
川 井 それはフリーランスとしてはセットという方が自然だと思いますね。
きたみ 版元の方もエッセイっていうのが出せる版元じゃなかったんで、実用書の皮を被せる必要があったんですよ。
川 井 そりゃそうですね。技術評論社さんですもんね。
きたみ それを並べた棚はどこかっていうと、ビジネス書の棚で、ビジネス書としてフリーランスを謳っていて、ビジネス書として読むなって方が無茶なんで、しょうがないんですよ。すべて人の言い分に尤もなことがあるんです。
川 井 本の中で、自分のポリシーに合わない依頼についての話があったじゃないですか、結局お受けにならなかったとありましたが、あの時ってそうはいっても、結構、迷われたんですか?
きたみ ええ、迷いましたね。今でも時々迷いますよ。連載だと連載元から結構チェックが入るんですよ。最近はあまりないんですけど、時々、自分のすごくいいたいところまで介入してくることがあって、それはその会社の媒体として言いたいことであって、自分がいいたいことじゃないってのがあるじゃないですか。そういうときの折り合いのつけ方が難しいですね。我慢をするのか、自分の名前を使って他の人の意見を出す媒体にされちゃいかねないから止めるか、さあどっちみたいなことになりますね。
川 井 やっぱり、そこなんですね。
きたみ 今の自分の立場って、自分の名前で食べていくという状況なんで、自分の名前を他に曲げられちゃうと食えなくなっちゃうんですよ。
川 井 自分のブランドイメージってやつですね。
きたみ ええ、それをどこまで許容するかですね。
川 井 確かにこれは難しいですね。
きたみ 微妙なのは、1つくらいいいかって許容しても、読んでる側は分からないんですよね。例えば、画を描くときにちょっと手を抜いたとしても分からないと思うんですよ。でも、分からないからといって、どんどん手を抜いたりしていくと、結構、分からないなりになんだか違うなって感じにはなってきちゃうので、どこかで歯止めをかけないといけないんですね。実際にイラストなんかでも最初の頃に比べると、ある部分では書き込む量を増やしているんですけど、ある部分では減らしていたりするんです。その減らす段階では、1度減らす画を描いてみて、それでどういう反応がくるか試して、「あ、分かんないもんだな」って思って、そうしてみたりとか。ちょっといやらしい話になりますけど、そうしていかないと回転させるためには、省力化させるところはしていかないといけないんですよ。ある意味、見えない部分のコストダウンですね。
川 井 でも、ある意味、それもプロ意識ですよね。1人で生産できる量は限りがありますもんね。
きたみ 例えば、「SEの生態」あたりでは、人にすべて影をつけているんですが、1つのイラストをこうすると、全部を同じようにしないといけなくって、結構手間がかかるんですよ。これをどこかのタイミングでもうやってないんですね。
川 井 なるほど、これは気づかないですね。
前 田 これはトリビアですね。
きたみ 今だと、カバーを書き下ろしでやらせてもらえるときは、足せるものは全部足しておこうって思うんですけど、そうじゃないものだと引けるものは引いておこうってって感じになっていますね。これをつけていることでまた、良し悪しっていうのも結構あるんですよ。小さいキャラのときにつけにくいとか、角度によっては自分でもどうつけていいのか分からないとか迷うんですけど、悩むくらいだったらなしにするっていう手もあるんですよね。
川 井 なるほど、面白いですね。今ってもう自分から営業とか売り込みはせずに依頼だけで仕事が回っているんですか?
きたみ そうですね。今はお声をかけていただいたものだけですね。
川 井 今は、何本くらいの連載があるんですか?
きたみ 連載は、6本か7本ですね。
川 井 結構ありますね。それがまた定期的に単行本になっていったりもしますもんね。
きたみ そうですね。

今後の方向性は?
川 井 今後は何かやりたいことってあるんでしょうか?
きたみ 昔は結構考えていたんですけど、今は、あまり考えてないですね。僕の仕事のやり方っていうかスタンスとして、まず考えて決めたらやってみる、それでやってるうちは考えないっていうのがあるんです。それである程度やったらもう一度振り返って次はどうしようか考えるんです。ずっと考えていると進んでいるんだか下がっているんだか分からないんですけど、一度、方針決めたら、その結果が出るまでがむしゃらにやるんですよ。今はちょうどそのがむしゃらにやる時期ですね。
川 井 なるほど、そういう考え方なんですね。
きたみ フリーになった最初は仕事を取れるようにならなきゃいけないし、仕事とれるようになったら、技術評論社だけでなくていろんな版元で仕事取れるようにならなきゃいけないっていうステップがありますからね。最初はコンピュータ書を出さないといけなくて、それが運よく出せたんですけど、コンピュータ書の世界にどっぷり浸かるんじゃなく、どこでも自分の好きな本がやれるようにならなきゃって思ったんですよ。でもそうなると、書き下ろしの仕事だけじゃあ食えないんですよ。書き下ろしで食えるほどの知名度や人気は自分にはないっていうのがはっきりしたんで、これはもうギャンブルでしかないなって思ったんですよね。なので、サラリーマンに戻ろうかなって途中で考えた時期がありましたね。書き下ろしでなんとか生活費は回してはいたけど、それだけで精一杯になっちゃっていて、それだと自分が倒れたら終わりになっちゃうし、全然安定しないじゃないですか。いくらこの仕事が好きだからって、そんなのただのわがままじゃないですか。そんなことよりも家族を安心して食わせられるようにしてあげなきゃってことを考えた時に、これはサラリーマンに戻らないといけない状態なのかもってことを考えましたね。
川 井 苦労されているのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが、そこまで考えていた時期があったんですね。それで、どんな風に乗り越えたんですか?
きたみ まず、サラリーマンに戻ったらできなくなることってなんだろう?って考えました。まずは子供に会えなくなる。こんなに毎日、晩飯を家族と一緒に食うこともできなくなる。会社に通うと通勤時間もかかるので、1日の拘束時間は少なくとも14~16時間になって、その間何もできないじゃないですか。じゃあ、その16時間をまるまる休みなく今の仕事にあてたら全然違うんじゃないかって思って、そこまで自分自身は頑張っていたっけって自問自答したらやってなかったんですよ。毎日16時間を書き下ろしにあてて、まわしていけば全然違う話じゃないのかなって感じたんですよ。勿論、実際はそんなことをしたからって、単純に書けるペースが倍増するわけじゃないんですけどね。でも少なくともそういうレベルでやってみたかって言われるとやってないんですよ。だったら、子供と会えなくなる選択をする前に、それを頑張ってやってみたらいいんじゃないかなと思って、そこから頑張りだしたんです。
川 井 それが、さきほど言っていた「がむしゃら」ってやつですね。
きたみ そうですね。でも、書き下ろしの仕事では食えないって分かっていたので、とにかくレギュラーの仕事で月々の収入が入るようにして、その上でその単行本化なり、年に1冊書き下ろしでやる分をボーナスに充てて、一切、本が売れなかったとしてもそれで十分、年収として、ペイできるようにしなきゃいけないって状況は変わらなくて、そう思ったからっていきなり連載なんてくるわけがないじゃないですか。だからまずは目の前にある仕事を頑張ろうとすごい反省したんです。そしたら取り組み始めた翌日に連載の仕事がきたんですよ。
川 井 おー。そんなもんなんですね。
きたみ それから、いくつか連載の話が入ってきて、それを頑張っているうちに他の版元さんとかデザイナーさんとか信頼できる人と出会えたりしましたね。今は、一緒に頑張りましょうって言ってくれている版元さんとか編集さんとかデザイナーさん全員の気持ちに応えていたら1年じゃ足りないんですよ。そうしたらもうよそ見している場合じゃないですよね。連載って方針は決まっていたし、まずは目の前のレギュラーの仕事をずっとやって、それからまた次のことを考え始めるという感じですね。
川 井 分かりやすいですね。
みたみ 今、Webサイトをブログの方に移しているんですけど、それもその1つなんです。結局、書き下ろしをやっていたら、年に2冊が限界なんですよ。そうすると1冊出して、自分の本を読んで気にいってくれた人が、次の本はいつ出るかなって思ったら半年後なんですよ。忘れますよね。そうすると半年間は何かでつながなくちゃいけないんです。それが本当は連載でつないでいけたらいいんですけど、連載がそんなにあるわけじゃなかったんで、もっと自分が更新しやすいサイトに作り直して、気にいってくれた人が自分のWebサイトに来てくれて、そこを飽きないで見てくれたら忘れられないっていう仕組みにしていかないといけないなかったんです。
川 井 なるほど。ある意味、戦略ですよね。メリハリがすごいです。なのに、きたみさんってとっても人間っぽいですよね。機械みたいでもないし、天才という感じでもないんですけど、あくまで人間っぽくてメリハリがしっかりしててって感じですね。
前 田 綺麗ごとだけじゃないので、話に説得力があって、本当に面白いですね。

若手のエンジニアに向けて
川 井 最後になりますが、若手のエンジニアに向けてのアドバイスをいただきたいと思います。
きたみ 1つは結論を急がないことですね。
川 井 その心は?
きたみ 最近、大学の講演とかで呼ばれて話すこともあって、若い人と話す機会も多いんですけど、自分は、こんな若いときから将来のことなんか考えてなかったのに、しっかり考えている人が多いんですよね。賢いなって思う一方で賢すぎないかってのもあるんですよね。そんな調子で就職して、周りを見てみると、思ったより馬鹿に見えたり、こんなのは会社として間違っているとかいろんなことを感じると思うんですけど、目についたところと自分が今まで考えていたものとのギャップがあまりにも多すぎて、それでポンと先に結論を出しちゃって、でもそれ頑張ってみたの?みたいなことが起きるともったいないなって思いますね。少なくとも社会に出て、社会人っていう経験を積んでいない人たちなんで、今までどちらかというと綺麗ごとにしか触れてないと思うんですよ。ニュースなんかも本当に綺麗ごとしか言わないで、企業のモラルがどうのこうのとか言いますけど、それを真に受けて自分の会社を見て、「この会社いけないことしている」って悩んだりしますよね。そのいけないことしている会社を自分が変えればいいじゃんってところまで考えるか、いけない会社だから辞めないといけないって思うだけなのとは大きく違うと思うんですよ。そこを変えようって思えば、なんでそんないけないことをしなければならないかっていう理由や状況が分かると思うんです。分かるようになって、さらに変えようとすれば、また次のものが見えるようになってくるんです。ここは駄目だとか、よくないっていうだけで結論を出しておしまいにしちゃうと、その先ってもうないんですけど、なんで駄目なんだろうとか。私ならこう変えられるかもしれないって自分流の何かを生み出そうとしているとどんどんいろんな知識が増えて、社会人としてのいろんなものが積み重ねていけるんじゃないんですかね。
川 井 確かに、すぐに見切りをつけて辞めちゃうとか、愚痴ばかりこぼして頑張らないとかよくありますね。大変、いいお話をお聞きできした。あとは、これからプログラマになりたい人に向けて何かアドバイスはありますか?
きたみ 業界によると思うんですけど、技術をとことん突き詰めていくことが必要なところに行く人は、もうその方面に突っ走るだけなのでお好きなようにと思いますが、そうじゃなくてお客さんありきでいかに便利なソリューションを作るとか、いかにチームとしてプロジェクトをうまくまわせることが求められる会社にいく人であれば、全部一緒だよって言いたいですね。文章書くのもプログラミングするのもお客さんの要求をまとめるのも全部必要なスキルだってことは同じだよっていうのが僕の思いなんですね。文章も最初に章立てがきちんとできないと支離滅裂なものになるんですよ。どういうテーマがあって、それをどういう章立てにして、どう伝えていくかっていうことを最初に整理しないと全体として筋が通らないものになってしまうんです。お客さんの要求も、まずテーマを見つけて、そのテーマに沿ってどういう順番でそれを提供するかという章立てを整えることで、お客さんもシステムのいい悪いを判断できるようになるし、お客さん自身の中ではっきりしていなかったものが、「あ、そいうのが欲しかったんですよ」みたいな話になったりしますよね。プログラムもやっぱり一緒で、作らなきゃいけないシステムがあれば、メインとしてまずテーマがあって、どういう機能をどういう順序で実装していかなきゃいけないとかってことを整理するのが大切なんですよね。今のオブジェクト指向系になると複雑になるんですけど、昔のやつだと、この機能を作りたいからこの機能ばっかり見ているとか、そうやっちゃうとそこだけでかくて大変なプログラムができたりとかするんですよ。テーマを作って、全体が流れていくときにどの行を抜き出してもその先っていうのが、同じくらいの大きさだったり複雑さだったり、そういうようにばらけさせることで、作業も分担しやすいし、プログラムとしてまとまりがあると読みやすくなるんです。で、読みやすくなるので、C言語でいう一番上のメイン関数を呼び出してみると、それで1つの文章ができあがるんですよ。その文章が章立てになっていて、各章を見るとまたその中が章立てになってて中身が分かる、それでそれ以上分けられないものが最後に残るって感じになるはずなんですよ。ですからどの仕事も、テーマを決めて、章立てにして、それをばらけさせるっていう意味では本当に同じだと思うんですよ。それができれば、何をやっても綺麗にまとまるんですよ。綺麗だと見やすくて分かりやすいし、分かりやすいと、人の出入りも楽になるんです。例えば、思わぬバクがでて、ここで工数が遅れそうだから、一時的に人を増やして対応しようとしてもそういう造りであれば、すぐに対応できるんですよね。そういうことができるようなスキルを磨くためには、やはり相手が何を欲しているのかをどう読み取るかとか、どう伝えれば相手に分かりやすいかだとか、そういうことを日頃から考えていないと分かりやすいコードにはならないし、お客さんの要求をくみ上げられないですよね。プログラムが書ければいいからって、それを見ない人っていますよね。そうじゃないんだよって思いますね。そこを磨くとなんでもできるんですよ。そういう人にプレゼンを作らせると、聞きやすくて見やすいプレゼンを作りますからね。そういう志向のない人にプレゼンを作らせるとやたらとアニメーションばかりのプレゼンを作ってきますね。最初にそういう流れを整理する習慣をつけると、プログラミングの場合、気持ちの切り替えができるようになるんですよ。最初に整理してそこがもうぶれないって自信ができると、ここを抜き出してこの関数を組んでいる間はこれに集中していても絶対に他には影響を及ぼさないっていう自信が自分にできるんですよ。そうすると狭い範囲に集中できるので、全体が把握できて、ちゃんと目の行き届いた品質の高いコードが書けるんです。そういう品質の確保されたコードをくっつけていくと全体として当然、品質の確保されたものが出来上がりますね。何も整理しないで書き始めちゃう人は、ここでいつグローバル変数を作ったんだっけみたいにコードを書き始めちゃって、そもそも今どんな変数を使える状態にあるんだっけってことも分からなくなって自分自身で把握しきれなくなっちゃうんですよね。それでいろんなところで整合性がとれなくなって、最後の最後で動かないってときにはどこから手をつけていいか分からないですねってことになっちゃうんですよね。なので、最初に整理するっていうのは本当に大事ですね。
前 田 小学生のときの作文にちょっと似ていますね。思いついたことを、がーって書いちゃうみたいな(笑)それでわけの分からないところで終わっちゃうんですよね。でもテーマを絞ってこれくらいで書きなさいって言われるとそこそこ書けたりとか。それに似てますよね。
川 井 箱ができていると強いですよね。自分の中で、絶対に間違えないっていう安心感がありますからね。
前 田 1つお聞きしてもいいですか? 先輩や上司がきたみさんみたいな発想だったらいいと思うんですけど、必ずしもそうじゃないですよね。プログラマって結構、ついた先輩に影響されると思うんですけど、そのあたりはどう解決したらいいと思いますか?
きたみ よく先輩の影響がどうこうって話も聞きますが、自分がちゃんとしていれば跳ね除けられるんじゃないですかね。確かに先輩にはお世話になりましたけど、プログラミングでどういう書き方が綺麗だとか、それは最終的には自分で考えたことですから。自分がテストしてすごい苦労したから苦労しないコードってどんなものなのかなとか自分が後で読みやすいコードってどんなものかなとか、自分なりに作っていって、あ、こういうものだなっていう感じでできてきましたね。もし、先輩が読みにくい汚いコードを押し付けてきたとしても、「読みにくいですよね」とか「僕は真似しないですよ」って平気で言っちゃいますよ。そういうのを突っぱねられないのは、その人に依存したいってことなんですよね。なんかあったら助けて欲しいとか敵にしたくないからっていって呑んでしまう。それは突っぱねられない人が悪いんであって、先輩のせいというのはちょっと違いますよね。
前 田 なるほど。原因というか要因は自分に置いて考えるってことですね。
きたみ 愚痴は全然いいと思いますよ。それはただのガス抜きですからね。ただそれを自分の言い訳にしちゃうとちょっと違うんじゃないですかね。
川 井 なるほど。こちらも本当にいいお話ですね。今夜は本当にありがとうございました。
きたみ いえいえ、こちらこそありがとうございました。

■プロフィール
1972年 大阪、寝屋川生まれ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありで、ほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でWindowsのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。
本業のかたわらWeb上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。遅筆ながらも自身のWebサイト上にて1コマ日記や4コマまんがを現在も連載中。

■オフィシャルサイト
「キタ印工房」 http://www.kitajirushi.jp/
■Web連載
「きたみりゅうじのブルルンバイク日記」 http://www.hobidas.com/blog/clubman/kitami/
「Dr.きたみりゅうじの“IT業界の勘違い”クリニック」
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s01300.jsp?p=010
「きたみりゅうじのエンジニア転職百景」 http://tenshoku.mynavi.jp/eng/kitami/
「SOHOの家づくり」 http://blog.smatch.jp/kitami/index.html
「シスタン」 http://blog.ascii-business.com/kitami/

■連載@雑誌
「きたみりゅうじのCBブルルン生活」 http://www.clubman.jp/
「きたみりゅうじの聞かせて珍プレー」 http://gihyo.jp/magazine/wdpress

■著作、
「SE・エンジニアの本当にあった怖い転職話 」毎日コミュニケーションズ
「シスタン ~システム担当者を雑用係と呼ばないで~ 」 アスキー
「Dr.きたみりゅうじのSE業界ありがち勘違いクリニック」  講談社
「会社じゃ言えない SEのホンネ話」  幻冬舎
「パソコンマナーの掟 今さら人には聞けない「べからず!」集」 幻冬舎
「マンガ式IT塾 パケットのしくみ」  技術評論社
「SEのフシギな職場~ダメ上司とダメ部下の陥りがちな罠28ヶ条~」 幻冬舎
「改訂版 図解でよくわかる ネットワークの重要用語解説100 」技術評論社
「フリーランスを代表して申告と節税について教わってきました。」 日本実業出版社
「SEのフシギな生態~失敗談から学ぶ成功のための30ヶ条~」 幻冬舎
「新卒はツラいよ! 」幻冬舎
「フリーランスはじめてみましたが… 」技術評論社
「図解でよくわかる ネットワークの重要用語解説 」技術評論社
「WindowsXPネットワークスタートアップガイド 」技術評論社
「myShade3で描くカンタン3D 」ローカス
「こんなにできるDaisyArtミレニアムバージョン 」エムディエヌコーポレーション

■監修
「ドット絵の教科書 」アスペクト

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