インタビュー記事

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第5回 増井雄一郎 氏

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今回は、株式会社ワイズノット エンタープライズ事業本部に4月から参加した増井雄一郎さんにお話を伺います。インタビューではワイズノットグループの株式会社オープンソース総合研究所の母里健一マネージャと株式会社ケイビーエムジェイの高瀬裕一氏にご協力をいただいております。会場は、恵比寿の焼肉店「とらじ園」です。

※取材日は2007年7月です。所属や役職は当時のままで記載しています。

川井「増井さん、はじめまして。今晩はよろしくお願いいたします」
増井「こちらこそ、よろしくお願いします。実は過去のWebエンジニアの武勇伝シリーズを見たんですが、前回の伊藤さんも、その前の笠谷さんもよく知っているんですよ。今回は彼らからの紹介ですか?」
川井「え、そうだったんですか。やはり業界は狭いですね。でも今回はそのルートからではなくて、御社の嵐社長が私の前職の同僚で、この前お邪魔したときに誰か面白い人いませんかって聞いたところ、推薦いただいたんです」
増井「そうでしたか。いやあびっくりしました(笑) 伊藤さんとはオン・ザ・エッヂ(現:ライブドア)でアルバイトしていたときからの知り合いで今でも毎日チャットで話してますし、笠谷さんとはカンファレンスなどでよくお会いしていますよ」
川井「これもご縁ですね。このコーナー、いつか本にして出版したいんで、そういうつながりもあると面白いですね」

PCとの出会いは?
川井「早速ですが、PCとの出会いなどお聞きしてもよいでしょうか?」
増井「中学の時です。科学部にあったMSXをいじってました」
川井「やっぱり中学の時ですか。本格的にやられてたんですか?」
増井「いえ、本格的にやりはじめたのは、高校に入って親にMSXを買ってもらってからです。Basicやアセンブラで組んだプログラムをMSXFANみたいな雑誌に投稿してました」
川井「その頃から雑誌に投稿とはすごいですね」
増井「高2くらいからは仕事にもしてました。カメラ屋にバイトで入ったんですが、履歴書にコンピュータが得意と書いてしまったら、いきなりプログラムの仕事をしないかって話になったんです。そこでやったのが始めての仕事ですね。」
高瀬「どんな言語で開発されたのですか?」
増井「当時、Postgresqlの様なデータベースやExcel等がなくて、dBASEと言うデータベースや、 Lotus 1-2-3のマクロなんかを使って、日報管理システムや発送伝票を打ち出すシステムを作ってました。」
高瀬「Lotus 1-2-3!凄く懐かしい名前ですよね(‘笑)」
川井「しかし、やらせる方もやらせる方だけど、できちゃう方もできちゃう方ですね(笑)」
増井「親父からは、なんで俺の小遣いよりお前のバイト代の方が高いんだ? って文句言われてました(笑) まあ、タイミングもよかったんですかね。その頃にカメラ屋に出入りしていた会計業者にも頼まれて網走まで飛行機で出張して仕事をしましたね」
川井「すっかりビジネスですね。高校生なのに!」
増井「そうですね、早い段階から仕事にしてしまっていたのもあって、今でもあまり趣味とかではできなくて、仕事だって状態にしないと馬力がでないんですよ」
川井「健全ですけどね。困るときもあるでしょうね(笑) その後は大学に?」
増井「高校が工業高校だったので、旧第二情報処理技術者(基本情報技術者)も持っており、北海道工業大学の推薦も受けられたんですが、さすがに男子高みたいなところから男子大学みたいなところに行くのは抵抗がありまして……文系の大学にいきました」
川井「なるほど。切実な問題ですね。で、成果やいかに?」
増井「妻をこの大学系列の短大で見つけました」
川井「そりゃ、大きい成果でしたね(笑) でも文系の大学だとコンピュータやプログラムの勉強はあまりできなかったんではないですか?」
増井「そうなんです。そういう授業が情報処理概論というのしかなくて授業ではほとんど習わなかったですね。たまたまというかその情報処理概論の教授がコンピュータが好きで、研究室にコンピュータがあったんです。毎日のように通い詰めて、そのうちに鍵をもらって寝袋を置いて、泊り込んでいました」
川井「それはありがちな話ですね」
増井「その教授が、経営とコンピュータをテーマに講演をよくしていたので、一緒に飛び回って私も講演したりしてました。どうも人よりやることが少しずつ早いみたいなんです」
川井「他に面白いことはありましたか?」
増井「アルバイトは月に450時間やったこともありましたよ」
川井「えっ1ヶ月って何時間でしたっけ???」
増井「720時間くらいですね。月に70万は稼いでましたね」
川井「そりゃ、すごい。どんなバイトを?」
増井「ゲーム会社でもバイトしていましたね。アセンブラやC言語でガリガリと書いていました。」
高瀬「凄い!アセンブラから弄られているんですか?」
増井「そうですね、8080、z80やi386、MC6809など、大体のCPUは扱えます。」
高瀬「非常にコアな所から弄ってらっしゃるんですね。ちなみに、どういったゲームを作られたんですか?」
増井「凄くマイナーなゲームで、作ったけど結局お蔵入りになった物もありました。元々が3DOのゲームの移植だったりして、その時点で売れるか売れないか分かるかなと(笑)」
高瀬「3DOですか。確かに知り合いの中でも持っていた人間は居なかったですね。」
増井「マイナーですよね(笑)なので、作っている最中に『これは売れないだろう』と思っていたのですが、実際に発売してみると案の定売れない……(笑)」
川井「増井さんもゲームお好きなんですか?」
増井「自分ではできないし、あまり好きではないですね。元々ゲームをやらない物だからすぐにゲームオーバになっちゃって、自分で作っているので、どうすればクリアできるかわかるけど、動かせなくて上手く進めないから、自分ではこのゲームが難しいかどうかわからないんですよ。だから作っているときには、ゲームが得意な友人にやってもらって、簡単にクリアできるかとか難易度が問題ないか見てもらったりしていました」
川井「パソコン通信とか盛んな時期だったと思いますが、そちらの方は?」
増井「勿論やってました。北大の人とかとよくOFF会をしたり遊んだりしてましたね。でも大学で普通にコンピュータをやってる人たちとつきあってて、大学で勉強する内容がたいしたことないなって思っちゃって。だから、大学は文系にしたんですけども(笑)」
川井「ずっと北海道なんですよね? その後は?」
増井「札幌生まれの札幌育ちです。動くのが面倒だし、いつもオンラインで仕事をしてたので、不便さも感じなかったんです。その後、大学5年生のときに会社を作りました。友人2人と立ち上げて、多いときには社員5人になってました。結構大手のクライアントがついていたんですが、営業も経理も全部自分でやらなくてはいけなくて、にっちもさっちもいかなくなって、会社を閉じたんです」
川井「他の仲間はつらかったでしょうね」
増井「そうですね、でも皆、自分で業務委託でできるからってすんなり同意してもらえました」
増井「他にも、PDA上にLinuxを載せたりしていました。」
高瀬「そうすると、カーネルを作り変えたりLinux自体の作成もされていたんですか?」
増井「そうですね。でも、大体は起動時にモジュールで詰まっている所を解決してあげたり、ドライバを書いたりして解決できる問題がほとんどだったので、カーネル自体は余り作り変えなかったですね。」
高瀬「凄い、PS3とかだと、良く聞きますがPDAだと難易度が違うでしょうね。」
増井「その辺も、結構ブログに書いてあったりするので情報を調べて結構対応できますね。その話題の、PS3にもインストールしました。実は連載していた雑誌の編集長から発売当日の夜11時ぐらいに電話が掛かってきまして、編集長から電話が掛かってくるなんて普通考えられないものだから何なんだろうと……。びくびくしながら出てみたら『北海道にPS3を売ってる店があったので買ってきてください』と(笑)雑誌の記事でPS3にLinuxを載せようとしたけどPS3が確保出来なかったみたいで、なので言われた店に行って自分の分と頼まれた分で2台確保して、結局自分もLinuxをインストールしました(笑)」
高瀬「そういえば、こちらに来る前に母里さんから伺ったんですが、iPhoneを購入されたんですよね?」
増井「はい。アメリカに同姓同名の知り合いが居まして、その人にiPhoneを買ってもらって送って貰いました」
高瀬「おお、動きが滑らかですね。私も似たような物で最近e-mobileを購入したんですが、ブラウジングはやっぱりスムーズですね。」
増井「W-ZERO3も、e-mobileも買ってます(笑)どんどん自分の周りにデジ物が増えていってますね(笑)」

PukiWikiについて
川井「日本で一番使われているWikiである“PukiWiki”開発に大きく関わっているとお聞きしましたが」
増井「小田さんという当時専門学校に通っていた人がいて、サービスが止まってしまったところををメンテナンスしたいんで引き継がせて欲しいとお願いしてやらせてもらったんです。オープンソースでコミュニティが開発できるようにしました。でも飽きっぽいんですよね。自分がいなくても動くようにして人に譲ってしまいました。そもそもプログラムは自分よりもできる人がいるので任せたいし」
川井「いや……増井さんよりできる人なんてそうそういないのでは……」
増井「うーん、確かに早く作るのは得意ですけどね。“10分で作るRailsアプリ for Windows”というのも公開しているくらいですから。」
川井「どのような内容の物ですか?」
増井「WindowsにRuby on RailsとMySQLを入れて環境を作り、その上で簡単なブックマークアプリケーションを作るまでを記録したムービーで、編集ナシでホントに10分以内でアプリケーションを構築しています。2005年11月18日発売の技術評論社 SoftwareDesign 2005年12月号で詳しく解説しましたのでご参照ください。
川井「なるほど。雑誌へのライティングも多いですよね?」
増井「そうですね。自分から売り込む方でもありますし、だんだん、向こうから仕事も来るようになりました。技術評論者とか日経ITプロとかが多いですかね。記事を書くために探したり自分で作ったりもしていました。」
川井「売り込みが得意というのはエンジニアとしてはとても強みですよね」
増井「全部を知りたいんですよ。技術だけでなくて、企画も営業も全部知りたいしやりたい方なんです」
川井「ずっとフリーでやってたわけが、よーくわかりました(笑)」

31歳にして会社員になったわけは?
川井「そんな増井さんが、今更というと失礼ですが、会社員になったのは何故なんですか?」
増井「必ず聞かれるんですよね~」
川井「でしょうね(笑) もう話疲れたかもしれませんが、そこんところを是非」
増井「はい(笑) 実はまだ海外に出ていなかったって気がついたんです。この1年は、Railsの仕事しかしないって決めてシカゴのカンファレンスとかにも行ってきたんですが、英語もなんとかんなったんです。それで海外で仕事をいようかなって」
川井「随分、大胆ですね」
増井「メチャクチャ楽天的なんですよ。シカゴに行くときも始めても海外だっていうのにツアーでもなく、一人でセットして行ったりとか。すべて大丈夫、なんとかなるって思っちゃう」
川井「その部分は私もまったく同じですね。よく社員から呆れられる(笑) でも、それがどういうつながりで社員に?」
増井「続きがあるんです。昨年6月のオープンソースカンファレンス北海道で、アメリカに行きたいけど英語が駄目なんですって言いまわっていたら、嵐社長からアメリカに支店を出そうと思っているので、うちに来ないか?って誘われたんです。アメリカで仕事をするとなるとビザの問題もあるし、法人雇用で行くのが一番が都合もよくって、それもいいかなって思って決めました」
川井「確かに一番、働きやすいですよね。なるほど。事情がよくわかりました」
増井「30歳までフリーで来て、もう一生、サラリーマンにはならないだろうなって思っていた矢先のことだったので、ちょっとびっくりしていますが、自分の好きなことのために動いているので、全然抵抗もありません。それにあまり大きな声では言えませんが、治外法権みたいなところで好きにやらせてもらってるし(笑)」
母里「雄ちゃん、それ以上はちょっと(笑)」
一同「(笑」)

今後の目標は?
川井「増井さんの目標みたいなものってどんなことでしょう?」
増井「うーん、一言でいうとちゃんと飯が食えるようになるってことなんですけど、もっと言うと、今日の仕事がなくなっても明日からすぐに別の仕事ができるってことですね。どんな言語でも組めるとかRailsもphpもどちらでもOKというのもそういう風にとらえています」
川井「講師なんかもされているとか?」
増井「してますよ。Webのことなんか何も分からないのにオンラインショップを開きたいという中高年の方からプログラマレベルの方まで、とにかくパソコンを使うすべての人が対象です」
川井「なるほど幅が広いですね。アメリカ上陸も仕事の幅を広げるということの一環ですか?」
増井「そうです。英語ができれば飯が食えるって思っています。海外に行けばリスクヘッジになるんです。コードを書いているのが大好きですが上には上がいるので、別な何かで土台が欲しいですね。アメリカにいくと本当にすごい人がいますから」
川井「あ、もう一つ、どうしてもお聞きしたかったことがありました。風呂でもプログラムを書いてるって本当ですか?」
増井「本当です。ブログ読んだり、コードを書いたりしてます。」
川井「プログラマーじゃなくて風呂グラマーっていうそうですね……ということは聞くまでもないかもしれませんが、趣味は? もちろん……」
増井「ええ、プログラムですね」
川井「ですよね」
増井「フリーで働いていることもあって、家では元エンジニアの妻と95%くらいは一緒にペア行動していますが、ほとんど仕事の話ですね」
川井「それもすごいですね。うらやましいようなうらやましくないような……結構、エンジニアの方はデザイナーの方と結婚されるのが多い気がしましが、エンジニア同士というのも面白い家庭になりそうですね」

開発環境について
高瀬「プログラムの話が出ましたが、プログラムの開発は、どういった環境で行われているんですか?」
増井「Macを使っています。エディタはEmacsでコードを書いており、いろいろカスタマイズ
していますね」
(机の写真を見せて貰う)
高瀬「おお!第3回の笠谷さんと同じ環境ですね!あの人も会社の机は同じ様に複数ディスプレイで、使ってるキーボードまでHHKですし(笑)」
増井「後、椅子には拘ってます。」
高瀬「なるほど、やっぱり長時間座る仕事ですからね」
増井「会社に入った時、椅子を買ったんですよ。最初家とは違うメーカーの買ったんですが、結局合わなくて、家と同じアーロンチェアにしちゃいました。」
母里「椅子を持ってくるエンジニアは、彼が初めてでしたよ(笑)」

若いエンジニアに一言
川井「このコーナーは生き様を語っていただくのもあって、若いエンジニアに一言いただきたいと思います」
増井「これもきましたか。そうですよね。みんな、困ってましたよね(笑) 最近は情報がいっぱいあって、プログラムが書ける若い人はいっぱいいますよね。でも、どう動いているのか、プログラム以前のアルゴリズムを知っていない人は多くて応用がきかないケースが多い気がします。ハードまで戻るにこしたことはないですが、そこまでいかなくてもプログラムの動く原理や、メモリの動きなどプログラムの基本的な所は、学んだ方がいいと思いますね」
川井「よくいわれますよね。特にWeb系のエンジニアにはこういうアドバイスをよくいただきます。他にはいかがでしょうか」
増井「やっていいか悪いか分からないことはやらないって人が多いですよね。よく怒られるかもしれないからやらないとか、言われたこと以外は自分がいいと思ったことでもやらないとかそういう話が多い。自分は、NOといわれないものはYESだと思っているので、やっちゃ駄目って言われたこと以外はいいと思ったらやってしまいますね」
川井「なるほど。自分が正しいと思うのだからやればいいと。これにも賛同します。エンジニアに限らず多いですよ。減点方式で育ってきている人が多いと感じますね。最後にもう少し人生というか、大きな視野でのアドバイスはありますか? 増井さんの生きる信条みたいなものでも結構です」
増井「仕事が楽しくないと面白くないと思うんです。残りの人生の半分以上、働くわけですから同仕事を楽しくするか考えて欲しいと思います。文句をいうわりには動かないんですよね、みんな」
川井「なるほど。深いですね。おっしゃる通りだと思います。仕事が嫌いで苦痛だったらこんなに辛い人生ないですよね」
増井「そう思います」
川井「今晩はいろいろと面白いお話をありがとうございました。しかし、本当によくお話になるので、エンジニアという印象がまったくないくらいです。ウェブキャリアも「Ruby on Rails」に注力していくつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします」
増井「こちらこそ、よろしくお願いします」

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