インタビュー記事

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第39回 宮下剛輔 氏

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今回は、paperboy&co技術責任者を努め、Perlのコミュニティでも活躍中の宮下剛輔さんにお話をお聞きしました。宮下さんは技術責任者として尖ったネットサービスを次々に発信しているpaperboy&coを支えています。今回は渋谷のセルリアンタワーにてお話を伺いました。

※取材日は、2008年10月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

<PCとの出会いは>
川井 こんにちは。本日はよろしくお願いいたします。
宮下 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
川井 失礼ですが、今お歳は?
宮下 33歳です。
川井 すると最初に出会ったのはパソコンというよりは違うコンピュータって感じですか?
宮下 いえ、パソコンですね。MSXです。
川井 そうですか。
宮下 一番最初はどこかってはっきりは覚えてないんですけど、MSXでMAPPY(マッピー)をやったというのが一番古い記憶ですね。
川井 MAPPYって確かねずみのゲームですよね?
宮下 そうです。父の友人が電気店で働いていて、小学校3、4年生くらいにその方の家か電気店の展示会で触ってとかそんな感じだったと思います。
川井 プレイヤーとしてMSXがたまたまベースだったということですね。普通だとテレビゲームだったりゲーセンだったりですが、単品でMSXだったんですね。
宮下 はい。うちではファミコンを買ってもらえなかったんですよ。でも、パソコンだったら勉強になるからいいみたいな親だったんで、「じゃあパソコンが欲しい」って言ってみたんですよ。まあ、ゲームをやりたかったからっていうのがほとんどですけどね(笑)
川井 なるほど(笑)
宮下 それもすぐに買ってもらえたわけじゃなくて、中学校に入ってから新聞配達でもして買おうかなって思ってたんですけど、小学校5年生か6年生くらいの時に、うちに出入りしていた信用金庫の方に僕がパソコンに興味があるっていうのが伝わって、「じゃあ、いらないのがあるからあげるよ」ってことになったんです。それがPC6001mkIIだったんです。あれが初めてでしたね。
川井 このインタビューでも、「ゲームはダメだけどパソコンなら」と言って入手に成功したケースを何人かからお聞きしましたね。
宮下 結局、ゲームしかやってないんですけどね(笑)
川井 そうですよね。親も騙された感じですよね(笑)では、やっぱりコンピュータよりゲームに興味があったという感じですかね。
宮下 どっちもですね。やっぱり、なんかメカとしておもしろそうというのが男の子だったら誰でもあるんじゃないでしょうかね。
川井 結構、時計とか分解しちゃうタイプですか?
宮下 時計ではないんですけど、親父の一眼レフカメラはよくいじって、レンズを外したりとかしてましたね。
川井 なるほど。じゃ機械も好きだしみたいな感じなんですね。
宮下 そうですね。
川井 それが小学校くらいですね。その後のきっかけとか覚醒みたいなのはあるんですか?
宮下 その後は中学に入ってからですね。88が欲しかったんですよ。周りの友達で88持ってる人がいたんです。やっぱりグラフィックとかサウンドが全然違うんで、もっときれいなグラフィックときれいな音楽でゲームがしたいっていうのがあって、新聞配達をしたんですけど、僕は喘息持ちで喘息が悪化しちゃったんです。半分くらい貯まったとこで親が半分出してあげるから辞めろってことになって、やっと手に入れましたね。
川井 なるほど。
宮下 それでもやっぱりゲームですけどね。ゲーム以外だとみなさんそうだと思うんですけど、ベーマガですね。あんまりゲームを買うお金もなかったので、ベーマガを買ってきてそのプログラム打ち込んで遊んでましたね。あとプログラミング的なところで言えば88に付いてるリファレンスマニュアルがあったんですけど、リファレンスマニュアルには関数とその関数のサンプルプログラムが載ってるんで、それを打ち込んで試したりだとか、あとZ80マシン語入門とかいう本を買ってきて、よくわからないままマシン語を16進数で打ち込んだりとかそんなことをやってましたね。
川井 王道ですね。
宮下 そうですね。ただ、高校に入ってから1人で根室から札幌に出てきて下宿暮らしだったんですけど、下宿が狭かったんでパソコン置くスペースがなかったんで実家に置いていっちゃったんですよ。スペースがなかったというよりも、たぶんそこまでしてパソコンが必要だっていう情熱もなかったのかもしれないですね。
川井 なるほど。
宮下 高校に入ってからはそんな感じでちょっと離れちゃったんですよね。
川井 周りにそういうことをやってる方とかいらしたんですか?
宮下 その頃ですか?
川井 はい。
宮下 一応下宿内で大学生の方がいて、MSX2を持ってる方がいたりとか88を持ってる方がいたりとか・・・。そこの部屋でやっぱりゲームをやってましたね(笑)
川井 もうとことんゲームですね(笑)
宮下 その頃はもう本当にゲームばっかりであんまりプログラミングとかはやってなかったですね。
川井 高校で札幌に出たのは、なんかやりたいこととかあったんですか?
宮下 大学進学を考えたらやっぱちゃんとした進学校に行った方がいいかなって考えると、根室ではそういう学校がなかったというかあまりレベルが高くなかったっていうのがあったんです。
川井 なるほど。その頃ってもうコンピュータとか理系にいこうとかあったんですか?
宮下 いや。特にはなかったですね。あまりその頃は将来何やりたいとか全くなくて、とりあえず大学に行こうとは思ったんですけど大学行って何やりたいとか全然考えてなかったですね。

<大学時代について>
川井 大学はどういう経緯でどういう方向に行くことになったんですか?
宮下 大学については特にやりたいこともなかったんで、家から近くて受験科目が少ないところがいいなっていうのと、将来就職する時にあまり不利じゃないところがいいかなとか割と不純な動機というかいい加減な動機で決めていましたね。
川井 普通の動機って言えば普通の動機ですよね。それで、結局どちらへ?
宮下 北海道大学の文Ⅱです。その頃、北大は文Ⅰ、文Ⅱ、文Ⅲっていうのに別れていて文Ⅱが経済学部だったんです。まあ、経済学部を出ておけば就職とか有利かなとかいう感じで北大の文Ⅱに行ったんです。その頃は、親も根室から札幌に来ていたんで、家から通えるのも大きかったですね。
川井 高橋征義さんと同じような感じなんですね。彼も北大の文系なんですよ。
宮下 そうなんですか。
川井 宮下さんもそうですけど、高橋さんも理系に見えますよね(笑) 大学に入ってからは勉強されたんですか?
宮下 そうですね。周りよりは比較的勉強はしてた方だとは思いますね。授業とかもちゃんと出てましたしね。
川井 そうですか。すごいですね。
宮下 いえいえ(笑)
川井 授業に出る人の気持ちがわからなくて・・・私は数えられるほどしか大学に行ってなかったんです(笑)
宮下 そうなんですか。
川井 はい・・・。コンピュータとはまた大学で出会ったりするんですか?
宮下 そうですね。最初は授業でちょっと触わる程度だったんです。3年からゼミが始まるんですけど、その直前の2年の時にそのゼミの卒業生の論文発表を聞きに行って、その中の1人がWebをテーマにした論文を発表してたんです。それを見ておもしろそうだなと思ったのがきっかけですね。確か94年か95年くらいだと思います。
川井 じゃ、もうコンピュータってよりはWebって感じですね。
宮下 そうですね、Webでしたね。
川井 大学だと端末とか自由に使える環境だったんですか?
宮下 そうですね。大学の情報処理教育センターに日立のワークステーションがあってそれを使ってましたね。特にその頃一番Webで見てたのがNBA関係のサイトでした。
川井 バスケが好きなんですか?
宮下 はい、好きなんです。そのNBAの情報がほぼリアルタイムで入ってくるっていうのですごい感動したんです。
川井 そういうゲームとは違った観点でインターネットに感動みたいな感じだったんですね。
宮下 卒論のテーマもNBAにしたくらいです。
川井 メールとかも当時は使えましたか?
宮下 そうですね。メールは使えましたね。Webサイトを作ったりとかそんなことをしてましたね。
川井 結構そういうのは好きは好きだったんですね。
宮下 そうですね。離れてたけどやっぱり好きなんだなっていうふうに思って、就職はそっちの方向にいこうかなって考えましたね。
川井 まだプログラムの本格的な勉強っていうのはまだなんですね。
宮下 はい、その頃はまだですね。
川井 それでも、仕事はそっち方面にいこうかなって決めてらしたんですか。
宮下 そうですね。インターネット関係みたいなすごく漠然とした感じでしたけどね。
川井 じゃ、作る人なのかアイデアを考える人なのかサービスをもっとよくする人なのか置いといて業界的にはそっちにいきたいという感じですね。
宮下 はい、そうですね。そこに入って具体的にどんな仕事をしたいとかはまだよく分からない状態ですね。

<就職>
川井 では、大学院とかには行かずに就職活動をされて、どんな観点で仕事を探したんですか?
宮下 とりあえず、就職活動の時に情報誌を見てインターネット関係っぽいところを受けてっていう感じですね。
川井 たとえば当時どういった感じですか?
宮下 NTTデータとかIT系のコンサルだとトーマツとかアンダーセンとかですね。伊藤忠テクノソリューションズとか日立ソフトも受けましたね。
川井 私のイメージからするとインターネット系というよりはどっぷりITみたいな感じがしますけどね。
宮下 そうですか。その頃はまだ区別がわかってなかったっていうのもあって・・・。
川井 じゃ、かなり大手のSIerとコンサル系中心という感じですかね。
宮下 そうですね、そういった感じですね。
川井 結局どうされたんですか?
宮下 結局は、CTCに入ったんですけど、その時3つぐらい内定が出たところでもう活動が面倒くさいからっていって一旦打ち切って、その中から選ぼうって思ったんです。けど、何が具体的な仕事なのかっていうのはやっぱりわかんないし、一応3社とも自分が入りたいって思って受けたとこなので、実はあみだくじで選んだんですよ。
川井 え、あみだくじですか!
宮下 それもゼミの時にみんなを集めて3つの就職先以外にも大学院とかプータローとかっていう選択肢で黒板にあみだくじを書いたんです。さらにあみだくじの網をみんなに書かせて、スタート地点も人に選ばせて、そのあみだくじで選ばれたのがCTCだったんです。
川井 (笑)
宮下 すごい人任せでした(笑)
川井 CTCさんの人が聞いたらびっくりしますね(笑)
宮下 そうですね(笑)
川井 最初はどういう部署に配属されたんですか?
宮下 配属されたのはエレクトロニックコマース推進部という部署でした。割とインターネットビジネスを立ち上げた部署がその部署で、CTCの中でインターネットの最先端をやるような部署でした。
川井 どちらかっていうとSI系っていうよりアーキテクトって感じですね。
宮下 そうですね。その中でも仕事としてはNetscape製品のプリセールスのエンジニアをやってたんです。当時はまだブラウザも有料だったんですけど、それ以外にもNetscapeのサーバー製品のエンジニアをやっていたんです。それを営業さんと一緒に売りに出てプレゼンをしたりとか、社内のお客さん付きSEさんのバックアップで技術支援なんかをしてましたね。
川井 なるほど。結構、楽しかったんですか?
宮下 そうですね。その関係で日本Netscapeにも何カ月か常駐したりだとかUSのNetscapeにも1年くらい行ってました。
川井 それで英語を覚えられたんですね。
宮下 英語自体は割と昔から好きだったりとか、大学時代も英会話の学校とか行ったりはしてたんで、苦手意識はそんなにないですね。
川井 勤勉ですよね。
宮下 そうですか(笑)
川井 さっきからお話を聞いててすごいなって思います。
宮下 あんまり自分はそんなつもりはないですけどね。
川井 「遊んでた」ってお話があんまり出てこないですよね。
宮下 そうですね。確かにあんまり遊んでなかったかもしれないですね。外で遊ぶよりは家にこもってるタイプだったので・・・。
川井 そうなんですね。それで、結局CTCには何年くらいいたんですか?
宮下 1997年から2004年までですから、7年くらいですね。
川井 結構長かったんですね。いろんな仕事をされたと思うんですけど、プリセールスの次は何をされたんですか?
宮下 ずっとプリセールスだったんですよ。
川井 そうなんですか! それもすごいですね。私だったら耐えられないですよ(笑)
宮下 (笑)それでそろそろちょっと飽きてきたなっていうのもあって・・・。

<仕事に対する違和感>
川井 同じ仕事を7年続けて飽きてきて、次に何をしようって考えた時にプログラミングとかそういう技術のことが出てきたんですか?
宮下 いや、その時はまだ違うんですよ。
川井 そうなんですね。
宮下 飽きてきてどうしようかなって思った時にたまたまちょっと声がかかって転職したんです。その時は何も考えずにというか、転職を考えてた時に声がかかっただけみたいな感じではあるんですけど、ネットマークスっていうネットワークインテグレータに移りました。
川井 なるほど。ネットマークスでは、どんなお仕事をやってたんですか?
宮下 ネットマークスに入ってからはネットワークの検疫システムの検証をしていました。パソコンにちゃんとウィルスソフトが入っていなかったりウィルスのパターンファイルがちゃんとアップデートされてないとか、Windowsがちゃんとアップデートされてなければネットワーク上でウィルスをブロックするっていう製品があって、その検証ですね。
川井 セキュリティ系ですね。
宮下 そうですね。
川井 それまでやっていたことともまた違いますね。
宮下 そうですね。若干違いますね。
川井 何年くらいやったんですか?
宮下 1年ちょっとですね。
川井 基本的には社内ですよね?
宮下 はい、検証ルームにこもってた感じですね。
川井 なるほど。キャリアの積み方としては、早いうちに方向性をぱっと決めてみたいな感じじゃないんですね。
宮下 そうですね。方向性とかは自分であまり考えずにきたところはありますね。
川井 その時って不安とかってあったんですか?
宮下 不安っていうほどでもないんですけど、CTCにいた時もネットマークスにいた時も年数が経って上になると、技術的なことって全然やらなくなるんですよね。それは自分の方向性とはなんか違うなっていう違和感がずっとあったんですよ。僕は技術でずっとやりたいなって思っていたのでここにいるといずれ技術ができなくなるなっていう不安はありましたね。特にCTCなんかだとリーダークラスになったらもう技術はほとんどやれない状態になるんです。リーダーになるのも早いし・・・。実際、転職する直前にもリーダーにならないかって言われていたんです。そうなると技術のことは出来ないなっていう不安というか違和感は感じましたね。

<コミュニティとの出会い>
川井 今度はCTCさんよりも短かったと思うんですけど、転機のきっかけとかってあったんですか?
宮下 ちょうどネットマークスに入ったくらいからプログラミングとかがおもしろいなと思い始めたんです。きっかけはSledgeっていうフレームワークでした。フレームワークを初めて使うとすごい楽にプログラムが書けて、錯覚だけど自分で「すごい!」みたいな感覚になるじゃないですか。
川井 はい。
宮下 こんなきれいにプログラム書けたっていうことですごい楽しいなって思い始めたんですよね。
川井 それは家で書いててって感じですか?
宮下 そうですね。で、その後そういう情報収集とかSledgeの情報を集めようと思うと結構ブログとかにいきあたって、そこで宮川さんのブログやいろんな方のブログを読んでて楽しいなと思ったんですよね。
川井 なるほど。
宮下 あとは宮川さんが書いてるBloglinesのAPIにアクセスするためのモジュールがあるんですけども、僕がそれを使ってモバイルからBloglinesにアクセスするプログラムを書いててその中でモジュールにちょっと機能が欲しいなと思ってこんな機能付けてみたんですけどみたいなのをメールで送ったのが宮川さんとの初めての出会いなんです。
川井 そうなんですね。
宮下 そういうのもあったり外のイベントにも行くようになったりして、実際にブログを書いてる方が目の前にいたりするのがすごいおもしろいなって思ったりしましたね。
川井 そういうコミュニティの構造にはまり始めると結構どんどんのめりこんでいきますよね。
宮下 そうですね。自分でもブログを書き始めたりとかすると、Bloglinesって購読者の名前が出てきたりするんで、僕がブログ読んでる方がこっちも見てくれてるっていうのがわかったりだとかそういうのがすごく楽しいというのがありましたね。会ったことないんだけど繋がってる感というか・・・。
川井 なるほど。コミュニティってそこにやっぱ参加すると一段違ってくるというのはありますよね。
宮下 そうですね。
川井 基本的にはPerl遣いなんですか?
宮下 そうですね。Perlがメインですね。
川井 そういう流れもあって、プログラミングを仕事にしちゃおうかなって思ったんですか?
宮下 そうですね。こっちの方向を仕事にしようかなって思いました。
川井 プログラマーになろうと決めてからは、どんな風に会社を選んだんですか?
宮下 選ぶというか、とりあえず漠然とそっちの方向に転職しようと思ってたところに、うちの社長の家入が、はてなブックマークでブックマークしてくれて、さらに”はてなポイント”を1000ポイントくれてたんです。
川井 1000ポイントですか!
宮下 普通は、「はてなポイント」って数10ポイントぐらいのやりとりなのに、いきなり1000ポイントとか入っててびっくりして誰だろうって思ったら家入だったんですよ。
川井 (笑)
宮下 それで家入のブログを見に行ったら、ちょうど社員を募集していて、これも何かの縁かなって思って応募したんです。
川井 そういうリクルートの仕方もあるんですね(笑)今でもやっているんですかね?
西岡 今は割とちゃんとした採用手順を踏んでいますけど、昔はそんな感じが多かったみたいですね。
宮下 その後、「じゃあご飯でも食べましょう」みたいな感じで一緒にランチをしたら、その場で「で、いつから来ます?」みたいな話になっちゃったんです。
川井 (笑)やっぱ人の縁みたいなのってあるんですね。
宮下 そうですね。
川井 家入さんの最初の印象はどうだったんですか?
宮下 なんか全然Webで見る印象と違って、すごいシャイな人だなって思いました。
川井 そうなんですね。
宮下 僕よりも家入の方が緊張しているみたいな感じがしましたね。目を合わせてくれないんですよ(笑)
川井 家入さんも引きこもりだったって本に書いていますよね。
宮下 そうですね。
川井 それじゃ、とんとん拍子に決まっちゃったんですね。
宮下 そうですね。

<現在の会社について>
川井 今の会社に移られて、念願のプログラミングの仕事が出来たんですね。
宮下 そうですね。
川井 今ってPerlですか?
宮下 ペパボ自体はほとんどPHPですね。
川井 そうなんですか。じゃ、そういう知らない言語も含めていろんな仕事をされたんですね。
宮下 そうですね。
川井 当時、何人くらいいたんですか?
宮下 何人ぐらいですかね。僕の社員番号が70番台ですね。
西岡 そうですね。まだ70人から80人ぐらいの規模だったと思います。
川井 ちょうどあれですかね、「ネットで人生変わりましたか?」で取材された頃ですかね。売上は8億、社員は70人くらいって書いてあったような気がします。
西岡 そうですね。あの取材を受けたのは、ちょうど宮下が入った年だったと思います。
川井 最初に手がけたサービスはどんなものだったんですか?
宮下 最初はですね、JugemKeyっていう認証を統合するためのものをやりました。割とうちのサービスって色々あって、それぞれでアカウントを持っててという感じでばらばらなんです。それを全部じゃなくても一部でも統合しようって形でJugemKeyを作ったんですね。それのバックエンド側のプログラムをPerlで書いていました。
川井 仕事で初めてちゃんとソースコードを書いた印象はどうでしたか?
宮下 やっぱり、楽しかったですね。こんな好きなことやっててお金もらっていいのかなって思いましたね。
川井 (笑)なるほど。やっぱそういう感覚になるんですかね。エンジニアって本当に苦しい顔をしてやっている人もいれば楽しい顔してやっている人もいるんですけど、どの辺に差があるんでしょうかね? イメージだと4次請けや5次請けで、決まったフレームワークで決まった仕様書の中でこういうのを作ってって言われて、全体としては何を作っているかわからずにひたすら書きまくるみたいな人の顔が疲れているっていうのはあるんですけどね。
宮下 自分のやっていることの意味をちゃんと知っているかどうかっていうのはあるかな。あと、自分のやった仕事に対して満足できるかどうかっていうのはすごい関係あるかなって思いますね。
川井 でも、そんな環境はあったわけですね。
宮下 そうですね。
川井 まだサービスもこれからっていう時期だと思いますし、やりがいもすごくあったんじゃないですかね。
宮下 そうですね。
川井 あとはどんなサービスを提供していかれたんですか?
宮下 あとはJugemKey自体はうちの中のサービスの認証を統合するんですけど、せっかくだから外部とも認証できたらおもしろいよねっていうので認証APIを作ったりしましたね。
川井 なるほど。
宮下 認証APIの後はちょうどJUGEMの有料化を進めていた時だったので、決済プログラムとかそういうものを書いたりしてました。
川井 そういう機能部分をやられてきたんですね。
宮下 そうですね。開発だった期間は1年くらいで、1年後には技術責任者になったんで、そこからは離れたんですけども・・・。離れたといっても全然何もやらなくなったわけではなくて、最近だと30days Albumっていうオンラインアルバムサービスがあってそれの全体的なシステム設計だったりとか画像を保存するストレージ部分のAPIを作ったりしています。
川井 なるほど。比較的責任者になられても技術で生きていくみたいなのは実現出来てるんですね。非常にバランスよく仕事が出来ているみたいな感じがします。
宮下 そうですね。上に上がらないと給料が上がらないっていうのと上に上がったら技術が出来なくなるっていうジレンマみたいなのは前の会社ではあったんですけど、今は割とそれが解消されてるという感じはありますね。
川井 そうですよね。
宮下 独身だったらそんなにお金はもらわなくていいやっていうのはあるんですけど、今は家族がいて子供が3人いるんでそうなるとやっぱり給料ももらいたいなっていうのはありますしね。
川井 そうですよね。今、エンジニアは何人ぐらいいるんですか?
宮下 何人ぐらいですかね。東京で20人ぐらいとかですかね。
西岡 結構増えましたよね。1サービスにつき2~3人で担当しているところもありますもんね。
宮下 福岡支社にも15人ぐらいいますね。
川井 その中で上に上がっていかれたのはどの辺がポイントなんですか?
宮下 どの辺なんでしょうね。うちの場合、エンジニアって開発とサーバーっで別れているんですよ。どっちもそれなりに知っているっていうところがポイントかなって思いますね。
川井 なるほど。確かに両方わかる人って少ないですよね。
宮下 あとは割と僕が新しい技術を追っかけるのが好きなので、そういうのをどんどん社内でも導入していってほしいという家入の思いもあったんじゃないですかね。
川井 新しい技術を導入したものってどんなものがあるんですか?
宮下 そうですね、30days Albumなんかはペパボで初めてRuby on Railsを使っているんです。割と他の会社では使われてるんでしょうけど、他にも分散ストレージのMogileFSだったりとかGearmanとかTheSchwartzだったりとかmemcachedだったりとかそういうのも、全然使ってなかったものを入れてますね。
川井 なるほど。
宮下 サーバー管理周りでPuppetっていうツールも新しく導入しています。
川井 新しいものを入れる時って勇気もいりますし、おそらくエンジニア達もそこについていこうって気にさせなきゃいけないし、経営側にもリスクが低そうでいけそうって思わせなきゃいけないし、いろいろハードルはあると思うんですけど、この辺はどういう風にプレゼンされるんですか?
宮下 結局、自分できっちり検証して自ら実践してみせることが重要かなと思ってますね。
川井 なるほど。やはりサービスは止められないでしょうから、結構慎重にいくべきかとは思うんですけど、そういうチャレンジ出来るってエンジニアとしては面白いでしょうね。
宮下 そうですね。
川井 Rubyを採用した理由とかってなんかあるんですか・?
宮下 単純にメインのフロント側の担当プログラマーがRuby好きだっていう経緯ですね。
川井 なるほど。やりたい人も出来る人もいたということですね。
宮下 そうですね。やっぱり本人が楽しくやれるやり方でやってもらうのが一番いいかなっていうのもあって、うちはPHPのエンジニアが多いのでPHPでっていう話も最初はあったんですけど、好きな言語でやりなよって言ったら、「じゃあRubyで」ってことになったんです。
川井 なるほど。初めてRubyで構築して、何か問題はないですか?
宮下 今のところ問題ないですね。ちょこちょこ出ている問題もありますが、それはRuby以外のところだったりします(笑)
川井 なるほど(笑)どっちかっていうと今は無料サービスで、収益は広告っていうモデルのものが多いんですか?
宮下 無料サービスもありますが、やっぱり収益が多いのは有料のホスティングの方ですね。
川井 今後の方向性とか戦略とか言える範囲で結構なんですけど、どのようなことをお考えでしょうか?
西岡 全体的に言えるのは、最初に始めたサービスのロリポップ!が大きく成長して今の状態があるんですけども、家入をはじめ、私たちは個人の方が表現する場を提供するっていう役割を果たしたいという思いがあって、基本は個人向けのサービスを個人の方に、無料もしくは”この金額だったら払えるな”っていう範囲の価格帯で提供していくっていうのが、今後も変わらない大きな方向性ですね。

<今後について>
川井 今後何か新しい技術を導入する予定はあるんですか?
宮下 いろいろとやりたいことはいっぱいありますね。
川井 言える範囲で結構ですので、何かあれば教えてください。
宮下 そうですね。まだPuppetは30days Albumでしか使ってないのでそれは全サービスに広げたいなというところはありますね。あとは、最近はストレージ周りを調べていて分散ストレージとかその辺をサービスに使えたらいいなというのがあったり、スケーラビリティにも興味があって、うまくうちのサービスをスケーラブルにするにはどうしたらいいかなっていうのをメインに考えていますね。
川井 なるほど。
宮下 割とうちのサイトがスケーラブルになっていなくて、一旦落ちてしまうと、夜中でもサーバーをいじって対応しないといけないというところがあるんで、たとえ落ちたとしても一晩放っておいてもいいようにして、エンジニアの負荷を下げたいなっていうのはありますね。
川井 心配は少ない方がいいですよね。今のミッションは技術責任者として新しい技術を使ってサービスをよくしていこうっていうことでしょうけど、将来の自身のプランとかってあるんですか?
宮下 いやあ、特にないですね(笑)このまま技術をやって飯が食えて、子どもたちが無事大人になってくれればいいかなっていうところですね。
川井 本当に純粋に技術が好きという感じなんですね。
宮下 そうですね。技術が好きなのかマネージメントが嫌いなのかよく分からない感じですけどね。
川井 (笑)
宮下 実はビジネスにはそんなに興味がないんですよね。
川井 なんていうんですかね。背伸びしてないというか欲がないというかそういうのを感じないんですけど、肩の力を抜いているのに順調に伸びてきているっていうのには何か秘密があるんじゃないかって思うんですが、どうなんでしょうか?
宮下 結局、好きだからの一言に尽きるんじゃないかなと思うんですけどね。好きでやっていると本人は全然努力するつもりがなくても、周りからはすごい頑張っているように見えるじゃないですか。
川井 確かにそうですね。
宮下 同じことでも仕事だからってやっている人と好きでやっている人とでは、密度が全然違うと思うんですよね。好きな人って仕事から離れてもそればっかり考えているじゃないですか。だから、そこにかける時間も質と量が全然違うと思うんですよね。
川井 それ、切に思いますね。嫌いなのに仕事だからしぶしぶやっていたって全然、成長しないし、それこそ早々に仕事を変えた方がいいのにって思うことが本当に多いですね。

<若い方へのメッセージ>
川井 若い方をいっぱい見ていると思うんですけど、見ていてどうですか?
宮下 若い人の方が優秀な人が多いんじゃないかなって思いますね。特にインターネット上で見えている人だからそう見えるのかもしれないけど、若くて僕なんかより優秀な方はいくらでもいるんで、僕も負けてられないなというか負けたくないっていう気持ちにさせられます。
川井 若い方とも混ざってコミュニティ活動をされてますよね。
宮下 そうですね。あまり若い人と混ざるっていう意識はないですけど、行ってみると僕より年下ばっかりっていうことが多いですね。
川井 なるほど。今はPerlのコミュニティ中心に動かれているんですか?
宮下 そうですね。
川井 じゃあ、Shibuya.pmとかYAPCとかに行かれてる感じですか?
宮下 そうですね。
川井 最近盛り上がってる印象があるんですが、Perlもコミュニティはどうですか? なんか松野くんとか若い力が出てきて頑張っていらっしゃるのかなって感じがありますよね。
宮下 とりあえず、一緒にいるとおもしろいですね。Perlってわけじゃないですけど、Wassr大会議というしゃぶしゃぶ食べ放題のイベントがあったりもします(笑)
川井 (笑)やっぱ松野くん周りが熱いんですかね。
宮下 割と松野君が新しいことやって引っ張っている感はありますね。
川井 こないだミラクルリナックスの吉岡さんのインタビューに行った時にも「松野君て元気で頼もしいんだよ」なんて話してましたけどね。
宮下 そうですか。
川井 Perlの他に注目していることとかありますか?
宮下 言語でですか?
川井 言語でもなんでもいいです。
宮下 言語ではないですけど、先ほども言ったスケーラビリティがらみで、ストレージ周りを調べているとこです。ちょうど最近その辺りをブログに書き始めたんですけど、GFS(Global File System)だったりとかCLVM(Cluster Logical Volume Manager)だったりとか、DRBDとかDevice-Mapper Multipathとかその辺りの技術を調べているとこですね。
川井 そうですか。
宮下 本とかもいくつか買って読み始めています。ちょうど今読んでるのが「The Art of Capacity Planning」っていうサーバーのキャパシティのプランニングをどうすればいいのかみたいな本や、スケーラビリティのパターンランゲージについて書かれた本を読んでいますね。
川井 なるほど。ちょっと話が飛んでしまいましたが、そんな日頃接している若い人へのメッセージをお願いできればと思います。
宮下 梅田望夫さんの言葉を引用すると、やっぱり「好きを貫け」ですかね。好きなことを好きなようにとことんやったらいいんじゃないかなって思います。
川井 そこにいきつくんですかね。
宮下 そうですね。そうじゃない道もあるんでしょうけど、それが一番楽しいというか自分にとっては楽な道だと思うんですよ。
川井 「好きを貫け」ってさっきの話に戻っちゃうんですけど、すぐこれやりたいという人っているじゃないですか。それってありですかね。たとえば、新卒の新入社員で、「好きを貫く」って言って「好きなこと以外やりません」みたいな人はどうなんですかね。
宮下 それはないでしょうね(笑) 好きを貫くにも実力がないと駄目だと思うんですよ。好きなことができるように着実に力をつけるっていうのは大前提にはあると思います。
川井 なるほど。
宮下 職場で言えば、必ずしも好きなことができるとは限らないので、なかなか難しいとは思います。職場ではやっぱり求められている結果が出せるかっていうのが重要ですからね。やりたいことは職場で出来ないんだったら外でやればいいと思うし。
川井 なるほど。それはありますね。
宮下 特に今は、コンピュータなんてどこでも出来ますし、情報もどこでも手に入りますしね。
川井 そうですよね。誰でもできるし、たとえ職場ではできなくても職場以外でできちゃうってことですね。
宮下 そうですね。
川井 なるほど、よく分かりました。今回は貴重なお話をありがとうございました。
宮下 いえいえ、こちらこそありがとうございました。

<プロフィール>
北海道生まれ  北海道大学卒業
1997年 CTC入社
2004年 ネットマークス入社
2006年 paperboy&co入社

<会社概要>
株式会社paperboy&co.(英文表記:paperboy&co. Inc.)
http://www.paperboy.co.jp/
本社所在地 〒150-8512 東京都渋谷区桜丘町26番1号 セルリアンタワー
設  立 2003年1月10日
資本金 1億1,938万円(2009年11月末時点)
売  上 17億9,375万円(第6期 2007年1月〜2007年12月)
      22億1,442万円(第7期 2008年1月〜2008年12月)
従業員数 113名(2009年9月末時点)

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