インタビュー記事

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第21回 仙石浩明氏

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今回は、第14回の武勇伝に登場いただいた株式会社ドリコムの新井元基さんのご紹介でKlab株式会社のCTOを務める仙石浩明さんにお話を伺いました。仙石さんのお話は、終始一貫しており、お聞きしていて、流石と唸る場面が何度もありました。そのこだわりと成功哲学を存分にお楽しみいただければと思います。取材は、六本木ヒルズにあるKlab株式会社の会議室をお借りして行い、株式会社ウェブキャリアのインターン、森亮介さんにもご同席いただきました。

※取材日は、2008年2月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

<パソコンとの出会い>
川井 本日は、Webエンジニアの武勇伝ということでお願いいたします。趣旨については、メールでも触れましたが、弊社の行っているエンジニアのキャリア支援事業の一環として、「エンジニアのためのロールモデル」を提示したいと思っておりまして、トップエンジニアの方々のインタビューを通じて、そのヒントを提供できればと思っております。
仙石 なるほど。こちらこそよろしくお願いします。
川井 仙石さんのようなすごい方になると、若いエンジニアからすると雲の上の存在でもあるので、親近感を与えるためにも子供の頃のお話などもお聞きしています。
仙石 どういうところが「雲の上の存在」と感じさるんですかね?
川井 ポジションもありますし、ネット上でお名前がいっぱい出ているというのが大きいんじゃないでしょうか。
仙石 ポジションといってもたかがベンチャーですし、どうこうはないと思いますしね。名前が出ているのも昔から長いことやっているだけですからね。まあ、そう思う人が多いっていうのも私なりには分かっているんですけども、ある程度、技術が好きな人であればほとんどの人が、同じことができるんじゃないかなって気がするんですよね。もしも、自分にはそんなことができないって思うんであれば、それこそが出来ない理由なのかなって思いますね。自分で自分をけなしてもしょうがないんですけど、誰にでもできるんじゃないかなっていうのが正直な感覚なんですよ。ある意味、やる気があればできる世界じゃないかなって思いますね。
川井 なるほど。ブログで拝見した「向き不向き」という話もありますし、のちほどその辺りも詳しくお聞きしたいと思います。それでは、まずはコンピュータとの出会いからお聞きしたいと思います。コンピュータとの出会いは中学1年くらいだとおっしゃっていましたけど、学校でという感じですか?
仙石 そうですね、学校ですね。世の中にはこんなものがあるんだっていう感じでしたね。
川井 それ以前にお父さんが買われたとかはないですか?
仙石 ないですね。うちの親は音楽家でコンピュータに全く縁がない人たちでした。
川井 そういう家庭で育った仙石さんが学校でコンピュータに興味を持ったきっかけってあるんですか?
仙石 たまたまコンピュータがあったからですよ。なければ興味を持ってなかったと思いますね。
川井 多くの方が短時間で群がってらっしゃったって拝見したんですけど、そういう競争率を掻い潜っても触りたいというのは、何に魅力を感じていたんでしょうか? 好奇心ですか?
仙石 順番待ちをしていましたね。それはもう公平に人数で割って、使える時間の人数で割ったら、ああなったみたいな感じですね。好奇心というか、触ったことがないから触ってみたい、それだけですね。ただ本当に興味が湧いたのは、どちらかと言えば、初めてコンピュータの入門書を読んだあとですかね。
川井 それはいつぐらいですか?
仙石 そのクラブのオリエンテーションでBASICっていう言語を使ってプログラミングをするという話を聞いて、すぐさま本屋に行って、当時一冊しかなかった本を買ってあっという間に読んでっていう感じですね。
川井 それで感動されたと聞きましたが。
仙石 感動っていうか、すごくやりたいと思いましたね。
川井 どのあたりが興味をそそったとか記憶はありますか?
仙石 プログラムを作ることに興味を感じたんで、それ以上でもないしそれ以下でもないし、ただ単にそれをやりたいって思ったっていう感じですね。そういうものってそれまでは世の中になかったんですよ。今でこそプログラミングっていうのは誰しも理解しているし、多分今だとコンピュータにほとんど関係ない人でも、ソフトウェアって何をするかって分かっているじゃないですか。当時ってソフトウェアですら全く分かってなったんですね。そういうものが世の中に存在するってことすら分かってなかったんで、専門用語で言うとストアドプログラム、要はコンピュータに手順書みたいなのを入れておくっていうその概念がすごく目新しかったんですね。だから今とは全然状況が違いますね。今では、プログラマーになろうと思わない人ですらプログラムの概念は分かりますよね。当時中学生だった私にとって、全く新しい概念だったんです。
川井 相当早くに、これを仕事でやりたいという風に思ったんですか?
仙石 早くというか、読んだ瞬間にですね。当時、コンピュータはありましたから、そういうことやっていた人はもちろんいるんですけど、周囲にはいなくて、概念としては全く今まで存在しなかったので、そういう仕事っていうのは想像がつかなかったんです。なので、中学生だった私にとってはそれを仕事にするっていうのは想像を超えていたので、そういうことが出来たらいいなと思っていました。当時は、それが仕事になるってことすらよく分かってなかったですからね。
川井 その後、機械語の方に興味を持って、更にハードの方にもって書いてありましたけど。その辺の流れを少し教えてしていただいてもよろしいでしょうか。
仙石 中学2年の4月からそのクラブに入って、2週間で25分くらいの時間を使って簡単なゲームプログラムを作ったんですね。何とかその1年間くらいで、正確に言うと文化祭の前くらいだったと思うんですけど、ゲームが一応動くようになって、まあまあこんなもんかって、BASICについてはだいたい見当がついて、それと同時にBASICの限界というのも当時なりに理解出来てききたんで、他のものをどういう風に発展させていくのかなって思ったときに、「機械語っていうのがすごく早いよ」って言われて、すごい興味を持って、実際になんとかかんとかプログラムを書いてみたんですけど、むちゃくちゃ早くて感動したというか、当時のBASICに比べると雲泥の差だったんですよ。これはすごいって思いましたね。
川井 なるほど、「早い」」と。そのあとハードウェアに興味を持ったのはどういうきっかけだったんですか?
仙石 当時なんとかかんとか買ったコンピュータが非常に改造しやすかったのが大きかったですね。マニュアルにいきなり蓋の開け方が書いてあったんですよ。それ以前に電子工学はしたことがあって、ラジオを作ったりそういう経験はあったんで、手が出せそうだなっていう感覚はあったんですね。コンピュータの周辺機器とかもいろいろあったんですけど、余りにも値段が高くて、当時高校生だった私には手が出せなない価格帯だったんで、これはもう自分で作るしかないっていう、そんな思いはありましたね。
川井 当時は、運動とか趣味とかはそっちのけでコンピュータばかりに没頭していた感じですか?
仙石 野球とかはもちろんやりますけど、それで時間が全部使われるわけでもないですね。当然部活は入ってましたし、小学校のときは少年野球をやっていましたから、普通の人と同じくらいやっていたと思うんですけど。
川井 帰ってから夜の時間でコンピュータをいじっていた感じですか。
仙石 そうですね。でもそんなに朝から晩までっていう感じではないですよ。
川井 大学はその方向に行こうとかなり早めに決めていたんですか。
仙石 でもないですね。いろんなことに興味がありましたしね。
川井 学部というか方向的には、どんなところで迷われたんですか?。
仙石 これはちょっと順番が前後するような気もするんですけど、浪人したときに、哲学に興味があって、入門書レベルですが、かなりいろんな本を読み漁ったこともあって、そういう道もあるのかなあと思ったこともありますね。
川井 最終的に情報系に決められたのはどんな理由ですか?
仙石 多分人気があったからじゃないですかね(笑)
川井 (笑) そうなんですか!
仙石 今となっては信じられないと思いますけど、医学部に次いで難しかったんですよ。もちろん医学部の方が難しいんですけど。少なくとも工学部の中ではどの学科よりも合格ラインが高かったですし、なんかよく分からないけどコンピュータ系を目指そうっていう人が多かったですね。まあ、ミーハーなんでしょうね(笑)
川井 そんな中で入られると、おそらく子供の頃からやられていると、かなりずば抜けているというか周りの人は触ったことないっていう人ばっかりじゃなかったですか?
仙石 すごい差が激しかったですね。分かっていない人はとことん分かってないし、分かっている人はかなり分かっているという感じでした。当時は、そこそこコンピュータ関係って人気がありましたから、私以外にも詳しい人も結構いましたよ。
川井 そんな中で、どんな勉強されたんですか?
仙石 大学に入ってからは、人文系の授業に興味を持ってしまって、1、2年生の間はずっとそういうことばっかりやっていましたね。社会学とか哲学とか、そっち方向にすごい興味を持って、ほとんどの人は出席しないところを1人でずっと出席していたので、単位をとるのは非常に楽でしたね。
川井 哲学とか社会学とかをやられた根底にはなにかあるんですか?
仙石 私の場合は論理的なことに興味があって、哲学とか社会学の特に理屈っぽいところにすごい惹かれましたね。
川井 そうすると数学とかもやっぱりお好きですよね。
仙石 もちろん、もちろん。2回生のときに、隣の理工学部まで言って数学の授業を受けていました。なんかそういうのが好きなんですよね。だから中学のときにプログラミングっていう概念を始めて知ったときにすごく惹かれたのも、そういうところに関係があるのかなと思いますね。理屈の話がすごい好きでしたね。
川井 大学時代から新しく始めたことってありますか?
仙石 2回生のときにアルバイト先を見つけました。コンピュータのパッケージソフトを作っている会社で、友人のつてで知ったんですけど、そこにのめりこんで、ひたすらプログラミングをしていました。
川井 たしかベンチャーで、ソフトウェアのSIですよね。どんなプログラムを書いていたんですか?
仙石 PC98上の日本語フロントエンドプロセッサ「VJE-β」っていうのがすごく普及していたんですけど、それをMachintosh上に移植したいっていうのがあったんです。当時まだまだMachintoshは普及してなかったんで、面白そうだなってことでやってみました。
川井 ほとんど学校には行かずアルバイトをされていたんですか?
仙石 3回生以降になるとそうなりますね。かなりサボっていてもなんとかなるっていう気はありましたね。一応独学とはいえそれなりに勉強はしていたことなんで、要所要所を押さえれば全然易しいって感じでしたね。
川井 いい成績をとるのも易しいっていう感じですか?
仙石 そうですね。
川井 すごいですね。ぎりぎり卒業はなんとかなるとは思いますが、いい成績を取るっていうのはなかなか難しいと思いますよ。
仙石 自慢するとですね。大学入試のときは1番で、院試のときは2番目だったんです。大学入試の点っていうのは問い合わせると教えてもらえるんですが、予備校から発表されるデータとあわせて自分が1番だってことが分ったんです。院試のときは、ずばり順位を教えてもらいました。まあ、さすがにアルバイトし過ぎたんで2番かなって、そんな感じでしたね。
川井 マスターまで出られて、そのあとはすぐに日立に入社されて、研究職に就かれたんですよね?
仙石 ええ。そうですね。
川井 川崎の王禅寺でしたよね。いいところですよね。
仙石 はい。王禅寺には山があって、山の中に寮があるんですよ。なので、その寮に住んで歩いて会社にいくって感じですね。
川井 日立で何かやりたい仕事があったんですか?
仙石 いや、全然(笑)
川井 (笑)
仙石 何で行ったかっていうと結構、難しいんですけどね。インターンでNECの中央研究所にいって、全国のレベルで学会発表までさせてもらったので、そこそこ面白い体験が出来て、ある意味だいたい分かったかなって思ったんですよ。今、考えると2週間前後で一体何が分かるかって思いますけどね。インターンでいった会社からすればいい迷惑だと思うんですけどそれで、他の会社に行こうと思ったんです。大学の学科の中では、研究所の規模では最大級とのがあってNTTがすごい人気だったんです。だから研究やるならNTTっていう感じだったんですけど、当時、教授推薦っていうのがあって、就職活動をしなくても就職できるんですけど、1社1人っていう制限があったったんですよ。それが院試の順番で決まるんですよ。なのでぶっちゃけ選べて、どこでもいけたんですけど、NTTを志望する人が多すぎたので、違うところにしようと思ったんです。
川井 そうなんですか。
仙石 普通すぎて面白くないなと思いまして。
川井 なるほど。
仙石 だいたいやっていることも想像がついちゃったんですよね。それまでもそういうのが多かったんですよね。Machintoshも誰もやってないからやろうみたいな感じでしたし、そんなのばっかりやっていますね。だからこそみんなに人気があって、大学の研究室と同じことをやっているイメージがあったNTTでなく、インターンでいろいろな状況が分かったNECでもなく、どこにしようかなと考えましたね。
川井 で、日立に行ったということですね。
仙石 そうですね。あとは自然環境が良かったかなっていうのがありましたね。
川井 自然環境は大きいですよね。研究所とか自然の中にあることが多いですよね。
仙石 私の場合は、そういうのとはまた違うかもしれませんね。研究は室内でするので外はどうでもいいっちゃいいんですよ。ただ、そういうところに住んだことがなかったからみたいなことはあるかもしれませんね。会社に入ってからテニスを始めたんですよ。4月、5月とかは定時に終わって速攻で帰って、テニスを日没までやり続ける、そんなことをずっとしていましたね。
川井 やったことがないことにトライしていこうって、そういうお気持ちが強いですね。
仙石 でもだいたい、やり方が分かっちゃうと、もういいやって気になるんですけどね(笑)
川井 日立には何年ぐらいいらしたんですか?
仙石 8年弱ですね。
川井 ずっと王禅寺ですか?
仙石 最後の1年は横浜にいました。所属は、ずっとシステム開発研究所なんですけど、王禅寺と横浜に半分ずつくらいあるんですよ。ネットワーク関係をやりたいって言ったら、こっちかなってことになりました。
川井 ヘッドハンティングされたと伺いましたが?
仙石 ヘッドハンティングというか、よくあるエージェントですよ。
川井 いきなり電話かかってきたんですか?
仙石 ええ。席を外していて戻ったら、「外人から電話があったよ」っていわれたんですけど、外人に知り合いいないんだけどなみたいな感じでした。で、また掛かってきて。そういう電話があるっていうことを知らなかったので、なんだろうこれはっていう感じで行ってみた感じですね。
川井 好奇心で行ってみたんですね。
仙石 まあ、質問に答えていただけですけどね(笑)
川井 サイバードさんを紹介されるまで、何社か面接に行っていたんですよね。サイバードに決めたのは、面接官と気が合ったっていう感じなんですか?
仙石 もちろん、気も合ったんですけど、初めて紹介された外資系じゃない会社だったんですよ。エージェントが外国人で、外資系中心にやっていた会社だったんで、外資系ばかり紹介されていたんですよ。当時はまだネットバブルが膨らんでいる頃で、外資系は撤退する前だったんです。そういう会社が盛んにに人を雇っていたんで、エージェントもどんどん外資系を紹介してきていたんです。
川井 当時はすでに転職する気分になっていたんですか?
仙石 どっちかっていうと好奇心ですね。まだまだ転職するつもりもなかったんでうけど、会社で同じことをし続けるつもりもなかったですね。
川井 いいところがあればっていうステータスですか?
仙石 いいところがあればっていうよりは、どういう形か分からないけれど脱出したいっていう感覚でしたね。ネットワーク分野に興味はあったんですけど、所内の移動で移動した先がテレコムネットワークだったんで、全然興味が持てなくて、これはもういかに脱出するかと、そんな感覚でしたね。
川井 大企業だと移動とかはしょうがないですよね。
仙石 当時、インターネットの位置づけがまだまだ低かったですね。インターネットを仕事にするどころか、無理やりイントラの環境整備とかをするってくらいでしたからね。実を言うと、日立の最初のWebページは社内の有志で立ち上げたんですけど、自分もそれに加わっているんですよ。これからの企業は、Webページがなくてどうするみたいな話で、いずれ恥ずかしいことになるって力説して、全然本業と関係ないんですけど、本社に行って、そういう部署のメンバーと一緒にやっていましたね。研究所なんで、IPのネットワークはあったんですけど、まだそれが商売になるっていう感じではなかったですね。
川井 それを商売にしているところに是非行きたいという感じだったんですか。
仙石 そこまでは考えていなかったと思いますけどね。それこそ、面白いことが出来るところに行きたいと、そんな感覚でしたかね。
川井 それがサイバードならできそうだって思われたんですか?
仙石 できそうだっていうか、やってみようって思っていましたね。そもそもベンチャー立ち上げっていうのは想像だにしていなかったので、どんな感じだろうっていう好奇心もありました。
川井 こちらは何年くらいいてケイラボラトリーという形になるんですか?
仙石 私が転職したのが3月頭ですね。2000年の3月頭。そこからずっと分社・独立の準備をやっていて正式に独立したのが8月ですね。

ベンチャーのステージで
川井 どうでしょう?ずっと大企業でやられて、ベンチャーを立ち上げるっていうのは?
仙石 あまり変わりはなかったですね。
川井 そのあたりがすごいですよね。
仙石 いや、だって大企業っていってもほとんど1人で仕事をしてるわけですから。日立のときは面接なんてしなかったですから、そのあたりは大きく変わったところですけど、技術的なことを突き詰めていくってことに関しては、変わらんですよね。
川井 そのあたりは、今でも変わらないってことでしょうかね?
仙石 変わらないですね。
川井 それを一貫して持てることがすごいことだと思いますよ。
仙石 そうなんですか?
川井 環境に翻弄されたりっていうことが多いじゃないですか。
仙石 逆に言うと、私に言わせたら自分のやりたいこと以外のことをやるから、そうなるんだよって言いたいんですけどね。やりたいことが最初からずっと同じなんで、環境がどのこうのなんて関係ないっていう感じですね。仕事としては、面接したりマネジメントしたりもあるんですけど、あくまでもそれは興味の向くままにいろいろやってきたということで、例えば大学に入る前に哲学に手を出した、ある意味それと似てるんですよ。いろんなことに興味をもってやる、ベンチャーを立ち上げることに興味を持っていろいろやる、そういうなんか、枝葉っていうと失礼だけど、枝葉的な何かをかじったりってことは、もちろんその都度やってはいるんですけどね。本当にやりたい中核の部分は変わらんという感じですね。
川井 そこを枝葉と割り切るかですね。
仙石 枝葉と言いながら、大学の教養課程なんかでも、本当に当時は真面目にやっていたんですよ(笑) 講義のノートをみんなにコピーさせてみたいなこともやっていました。
川井 ブログで拝見していて、「向き不向き」のところで、「向く人」は20人に1人しかいなくて、「向かない人」は早目にジャッジをして別の道を歩むべきだという話があるじゃないですか。あのあたりと通じるということですよね。
仙石 絶対そうだと思いますよ。分野を問わなければあると思いますよ。ほとんどの人は自分に向いていることってあるんじゃないかなっていう気がすごくしていて、早目に諦めた方がいいって言っているのは、自分の本当に向いていることがまだ分かってないだけじゃないのっていうことを特に言いたいんですよね。どうせやるんだったら、自分に向いていることを早く見つけて、それをどんどんやっていったほうが絶対幸せになれると思うんで、あんまりこだわらないで欲しいと思いますよね。今、世の中的にどういう商売が普及しているかなんていうのはあまり気にしないで欲しいなと思います。私自身、中学生のときに世の中で今流行っている仕事なんて言っていたら、コンピュータなんて出来ませんでしたもん。コンピュータが仕事になるなんて誰も考えなかった時代だったし、むしろ本当にお金がかかりましたからね。お金がかかるからこそ、そのお金を節約するために、自分でハードとか改造していくとか、買うと思い切り高いから自分で作るとか、そういうことをしていて、それでもやりたいみたいなそんな感じだったわけですね。なので、何をやると儲かるからとか、そういうことよりは自分のやりたいことをやった方がいいんじゃないかなって思うんですよ。あと、中学生、高校生のときから実際に働くときまでに10何年あるじゃないですか、その間に世の中変わりますよね。
川井 確かに変わりますよね。
仙石 私が中学生の頃はコンピュータなんて誰も注目していなかったし、コンピュータが役に立つなんて誰も思っちゃいなかったんですけど、就職する頃になったらえらい状況が変わっていたんですよ。なので、その時点で世の中的に全然注目を集めてなくても構わないし、将来こんなことしたらお金を稼げるんじゃないかなとかは、あんまり考える必要はないじゃないかなって思うんですよ。
川井 なるほど。ちなみに「向き不向き」の中でいうところに、「才能」っていう概念も含まれてらっしゃるんですか?
仙石 多分「才能」じゃないと思うんですよね。才能かっていったらそうかもしれないですけど、好きだから努力を努力と思わないところなんじゃないかなって思いますね。傍からみると努力しているように見えるだけなんですよ。電子工学の入門書とか、ぶっちゃけ大学生が読むものを中学生が読んでいるわけなので、傍目からみるとすごく勉強しているように見えるんですけど、私的には面白いからやっているだけだったりするので、全然努力と思ってないんですよ。
川井 分かります。
仙石 努力と思わないで夢中でやってしまうってのが、才能っていえば才能なのかなと思います。だからまあ、私もそこそこいろんなこと知っているつもりですけど、いろんな考え方をしたり、もともとそういうのが得意だったからっていうことではなくて、そういうのに向いていたからでもないと思っていて、単に好きだったからやっていただけじゃないのかなって思います。だからプログラミングもそこそこ人よりは出来るつもりですけど、ひたすらコーディングしていたからっていうのが大きいと思うんですよ。そりゃあ、中学からひたすらやっていたら、能力がなくても身に着くわっていう感じですね(笑) 努力と思わずにしちゃう、そういうのが向いているってことなんじゃないかなっていう気がするんですよね。
川井 エンジニアでも実際には、家に帰ったらパソコンから離れたいっていう人も、実際多いですよね。
仙石 好きなことあるんだったらそっちやろうよっていう感じですよね。無理やり努力したって知れてますわ。
川井 つい手が伸びちゃう、つい見ちゃうみたいでないと「向いていない」ってことですね。
仙石 油断しているとやっちゃうみたいなのが「向いている」条件じゃないですかね。
川井 それ大事ですよね。
仙石 当時、コンピュータの本なんてすごく高かったですからね。特に中学生レベルには、とんでもなく高かったんで大変でした。でも、読みたい、買いたいという気持ちは強かったし、せっかく買ったから、繰り返し繰り返し読みましたね。プログラミングの教科書なんかでもですね、BASICの次にやったのが機械語で、アセンブラとかもやったんですけど、その次がC言語なんですよ。それで最初にC言語の本を買ったんですね。それが今から見ても難しい本で、せっかく買った高い本なので何度も読み返したんですけどどうしても理解出来ないんですよ。それで、これはいかんということで、カーニハン&リッチーの「プログラミング言語C」っていう昔からバイブルといわれている本を見つけて読んだら、むちゃくちゃ分かりやすかったんですよ。今の感覚ならあの本が一番難しくて、もっと簡単な本ないのっていって、入門書を読むと思うんですけど、私の感覚だと、その前に何度読み返しても分からない本を読んでいたので、あれがとても易しかったんですよ。今の人の感覚だとカーニハン&リッチーより難しい本なんてありえないと思うんですけど、当時は悔しくて悔しくて何度も読んだんです。でも、それも好きだからであって、決して努力をしているということではないんですよ。
川井 第13回の武勇伝で登場いただいた日本IBMの宮下尚さんという大和研の研究員の方が、Emacsのソースが理解できなくて、ずっと読んでいたら、半年後くらいに突然分かるようになったって話をされていたんですが、その話に似ているなって思いました。
仙石 なるほど。ソースを読むっていう話でいうと、以前、Prolog(プロログ)に興味を持ったことがあって、結構難しい専門書を読んだら、その本にはLispで書いたプログラムの処理系がついていたんですね。それを見ても最初は全然歯が立たなかったんです。どんな処理をしているのかとかも全然説明がなくて、ソースコードが巻末についていただけなんですけど、意地でも何とか理解してやりたいなって思って、ひたすらそれを見あさりました。
川井 ブレイクスルーするためには、そういう何か1つのもの集中するというか没頭して克服するというタイミングってあるんでしょうかね?
仙石 それもありますが、そもそもあまり誰もやっていないものだから、易しく書こうという気が書く側にもないんでしょうね。今みたいに出来るだけやさしく書こうなんていう発想はない時代でしたからね。
川井 今だと、プログラミングをまったくやったことがない人でも分かるみたいな書き方さえしている本もありますよね。
仙石 さらに言うと「向いていない人」にも分かるものだったりもしますね。意地でもやってやるっていうモチベーションがない人でも読んだらなんとなく分かるみたいな本ばっかりですよね。そういう状況下でプログラミングが分かるからっていってやるのは不幸だろうなと思いますね。
川井 楽しめるかっていうとそうではないですよね。最近だとプログラミングを本当に突き詰めたいって方もいれば、事業の手段にしたいというベンチャーの方も多いですよね。
仙石 それは別にいいと思いますよ。最初のこのアイデアを形にしたいけれど、人を雇えないから自分でやるっていうのは全然いいと思いますよ。そうじゃなくて、雇われプログラマーとかで、好きでもないのに給料を貰う手段として嫌々やる、それは時間の無駄以外の何物でもないと思うんですよ。
川井 そうですね。あまり好きじゃないし、苦しいんだけど、この仕事しかないんですって人に会う機会は多いですね。
仙石 そんなこと、決してないと思うんですよね。何で嫌なのによりによってプログラミングなんてするのかって言いたくなりますね。
川井 私もそれは同意見ですね。社員にも転職の相談にくる方にも、プログラミングが本当に自分に向いているのか20代で見極めた方がいいと言っていますね。でも、他にやりたいことが見つからないって声も結構あるんですよね。
仙石 そんなことはないと思いますよ(笑)
川井 特に30歳過ぎてからは多いですね。
仙石 30歳過ぎては遅いですよ。もっと早い段階でやってもらわないといけないんですけどね。新卒の段階だったら、どんな職業でも雇ってもらえると思うんですよ。30歳をすぎて、他にやりたいことがみつからなければ仕方がないっていうのはあるかもしれないですけどね。
川井 日本の企業は、技術者を囲ってしまって、35歳までは技術だけをやらせて、35歳になったら技術は終わりみたいな、そんな仕組みが出来ちゃってるような気がするんですよね。日本の企業だと技術職で管理職くらいの給料をもらえることが少ないですよね。
仙石 少ないんですかね。嫌々やっている技術者に払う給料は高くならないと思いますけど、好きでやってればいくらでも道は見えてくると思いますけどね。社内に拘らなければ、いくらでもあると思いますよ。うちだって技術が好きだって本気で言える人なら幾らでも雇いますし、マネジメントは嫌いだけどコンピュータは好きだっていう人になら、マネージャーよりはよっぽど高い給料を出しますよ。
川井 多分この辺がまだ、日本の企業には浸透してないと思うんですよね。去年、楽天さんがエンジニアの専門コースみたいな評価制度を作って結構話題になったんですけど、そういうものが話題になってしまうところが日本の問題だと思うんです。
仙石 別に会社に拘らなければいいと思うんですよ。いや、なんていうか、世の中の大半がそういう技術者のコースがなくって、マネジメントをやっていかないと給料があるところから伸びなくなる、そういう会社ばっかりでも他社は他社なんだから、別にいいんじゃないですか。そういうエンジニアのスキルを高く評価する会社なんて別にうちを始めとして、ないわけじゃ決してないと思んで、そういう会社を見つけて行けばいいじゃないって思いますね。そういった意味では私的にはとても不思議ですね。私の場合も新卒で入ったのは日立ですけど、少なくとも定年まで日立にいるつもりは全くなかったですからね。
川井 自分のやりたい方向に突き進んでいくということですね。
仙石 そんな大げさな話ではなくて、別に、そこにこだわる必要はないというだけのことですよ。別にどこでもいいよみたいな感じじゃないですかね。活躍できる場があれば、そこに移ればいいし、なければ探せばいいんじゃないですか。
川井 すごく自然体でいらっしゃるんですね。そういった部分に構えてしまう方が多いと思います。
仙石 まあ、極めなくても生活に困らんですしね(笑)  好きだからやるっていうだけですね。
川井 すべてをシンプルに捉えてらっしゃいますよね。
仙石 無理をしていないっていうか、遊んでいるというか、そんな感じですね。大学の頃も興味があったからいろいろやったけど、それでなんか極めようとかそんな大それたことは全く思ってなくて、先人が打ち立てた理論とかが面白いから勉強してみようってそんな感じで興味津々でやるんだけど、飽きちゃえば飽きちゃったでやめちゃいますからね(笑)
川井 そう生きられれば、大変だとか、苦労するってことも少ないし、ストレスもほとんど感じないですよね。
仙石 そうですね。
川井 極論しちゃうと、好きじゃない方にはこの仕事は向かないって言えちゃうと思うんですけど、とは言ってもある意味、それじゃあ、世の中成り立たない部分もありますよね。
仙石 確かに成り立たない部分もあると思います。だからこそ世の中的に嫌々仕事している人ももちろんいるし、それを利用して会社っていうのは回っていることも否定しないんですけど、そういう人たちに、是非自覚して欲しいなと思うのは、このフラットな世の中だと、競争相手があまりにも多いんですよということなんです。お金のために嫌々やっているっていう人は、それこそ世の中にいくらでもいるんです。そういう人たちとの競争なんですよっていうのは自覚して欲しいなと思いますね。だから今、派遣とか問題になっていますけど、派遣をお金のために嫌々やっている人ってたくさん世の中にいるからこそ、すごい競争が激烈になって、どんどん給料が下がるみたいな構造があると思うんです。そんなすごい競争をしたいのか?って思いますね。私なんかは競争が嫌いですから、そんな勝てる見込みのない競争はしたくないですね。
川井 得意分野で勝負した方がいいってことですね。
仙石 普通は競争の少ないところにいくと思うんですけど、世の中そうじゃないんですよね。なぜか競争の激しいところに行っちゃうんですよ。
川井 なかなか腹決めができないケースが多いように思えますね。家族がとか、本当に大丈夫なのかとか。
仙石 そうなってしまってからは残酷ですけど、どうにもならないんで、そうなる前にいかないといけないですよ。そうなる前なら、いくらでも抜け出すチャンスはあるのにと思うんですよね。自分が何が出来るかじゃないんですよ。何がやりたいかだと思うんです。何が出来るかで職業選んじゃうと、ろくなことはないと思うんですよ。
川井 やりたいことを若い頃に発見できるかっていうことですよね。そしてそこに踏み込めるかなんでしょうね。
仙石 いやあ、発見できると思うし、制約とかなければ踏み込めるんじゃないですかね(笑)
川井 (笑)自信がないっていう話も聞きますけどね。
仙石 自信なんて関係ないですよ。何が出来るかじゃなくて、やりたいかやりたくないかなんだから自信なんて言葉が入る余地は全くないんですよ(笑)
川井 分ります。でもそこが多分、仙石さんと普通の方との違うところなんでしょうね。
仙石 いやだから不思議なのは、私を目指せないっていう人がいるのが信じられないくらいで、別にやれば出来るじゃんと思いますよ。だって何も難しいことはしていませんからね。
川井 私も仙石さんの言うような考えでずっとやってきたんですけど、やっぱり周りにはやりたいことが見つからないっていう友達とかが結構いましたね。
仙石 確かに今から1年以内に見つけようと思っても見つからないと思いますけど(笑) だけど、例えば20年、30年生きてきていたら、見つかっているでしょうって思うんですけどね。
川井 確かに本来でいうと、見つけているはずですよね。
仙石 見つけることの障害になるようなことはしちゃいかんよねっていう、そっちじゃないかなって思うんですよね。私が今、振り返ってみて、もし私に能力があるっていうなら、「飽きっぽい性格」ということですね。何をやるにも好きなこと以外は飽きるんですよ。小学生の高学年の頃、インベーダーゲームが流行ったんですけど、私は一瞬で飽きたんですよ。下手だったからですけどね。友達とかはすごく熱中していたんですけど、私は本当にすぐに飽きましたね。
川井 確かにそれは才能ですね。
仙石 そうかもしれないですね。何をやってもすぐ飽きるから、本当に好きなことが見つかっちゃうんですよね。だから、好きなこと以外は全くのめりこまなかったです。大学生になった頃にもファミコンが流行り始めていて、友達の家に行ってやっていたんですけど、本当にもたなかったですね。1時間もやったら飽きるんですよ(笑)
川井 本当に分かりやすいですね(笑)
仙石 熱しやすく冷めやすいというか、あんまり熱しないんですけどね。何をやるにも飽きっぽいから、やりたいことに修練しちゃうんですよ。

お金も時間も足らないはずがない
川井 そうなるとお金も時間も気持ちも何もかも好きなものに突っ込めるので、上達しますよね。
仙石 飽きないで、ずっとゲームをしていたり、テレビをみていたら、そりゃあ時間なんてなくなりますよね。
川井 お聞きしていると、飽きるというのは、才能だと思えるようになりました。少なくとも、幸せになるための大きなファクターだとは思います。
仙石 世の中的には「飽きっぽい」っていうのはあまり良くないと思うんですけどね(笑)
川井 でも、捨てる勇気があるってことですよね。
仙石 勇気っていうか、本当に飽きちゃうんです(笑)
川井 (笑)
仙石 だから、世の中的には真っ当なことでも飽きてしまうんです。論文を書くのでも飽きちゃう。一本書いたらもういいやみたいな、そんな感じですよね。数学の勉強も途中まではワクワクしながら勉強していたんですけど、能力不足なのもあって飽きちゃって、これ以上進めないみたいなことになったりしましたね。社会学にせよ哲学にせよ、そんな感じでしたね
川井 今日、お話を聞いて思ったんですが、ブログでお書きになっていたこととか全部、この話に集約されていますね。すごくよく分かりました。
仙石 根本的に怠け者なんで、やりたいことしかやらないだけかもしれないですけどね(笑)
川井 多分、若い方から見ると、なんでそんなことが出来るんだろうっていう風に映るんじゃないかなって思いますね。
仙石 好きでもないことを止めたら、いくらでも時間はできると思いますけどね。私に言わせたら、何で好きでもないことをやるのかなって感じですよ。
川井 それは私も同感ですね。
仙石 森さんは、どうですか?
森   僕もあまり好きなこと以外やってきていないですね。
仙石 それはすごくいいことですね。
森   嫌いなものは嫌いですって切っちゃいますから。
仙石 でも、そうしたら好きなもの絶対見つかりますよ。
森   そうですね。でもまだいくつかいいなあと思うものがあって、どれが本当に好きなのかっていうのが分からない状態です。
仙石 そうしたら、片っ端からやってみればいいじゃないんですか。だって、世の中には、好きなものか嫌いなものかしかないですからね。好きなことからやって行けばいいじゃないですか。好きなことが幾つかあるとかじゃなくて、私の場合、好きなことがあったらやってみるんですよ。やってやって、あるとき飽きちゃうみたいな感じなんです。だから、今、嫌々やっている仕事を辞めたら、生活できなくなるってなっちゃう前に、やりたいことを後回しにせずにやろうよって思いますね。
川井 じゃあ、森君、もう時間ないよ(笑)。
森   そうですね(笑)
仙石 独身だったら少なくてもそういうことが出来ると思うんですけどね。
川井 そりゃ、できますよね。でも奥さんがいても、了解をもらってくればいいじゃないかと思うんですけどね。
仙石 それはそうですね。あと、何でお金がなくなるんだろうって、そっちも不思議なんですよ。日立ってそんな高い給料じゃないと思うんですけど、当時、お金ってそんな必要じゃなかったから、あの安月給でもお金が貯まって仕方なかったんです。お金が貯まらないって人は、好きじゃないことにお金を使っているんじゃないの?って思いますね。例えばですね、すごい不思議だったから今でも覚えているんですけど、同期入社の人が、みんな車を新車で買ったんですよ。好きだったら、買ってもいいと思いますよ。レーサーを目指しているとか、峠を攻めたいとかっていう人は買ったらいいと思うんです。でもそんなに好きでもなくて、たまにしか使わないような人でも、みんな車を買ったんで、不思議だなと思いましたね。私に言わせるとありえないんですけどね。みなさん、好きでもないことにばっかりお金を使っているんじゃないですかね。
川井 それはそうかもしれませんね。
仙石 そういう人たちがですね、お金がないから仕方なく働くって話になるわけです。それが私的には不思議でしょうがないんですよ。
川井 (笑)
仙石 だから、好きなことにしか使わなければ、時間もお金も余ると思うんですよね。
川井 おっしゃる通りだと思いますね。幸せに生きるコツがよくわかりました。さて、そんなこんなことを言っているうちに2時間もたってしまいました。今日は本当に面白いお話がお聞きできて楽しかったです。しかし本当に筋が通っているというかすごい方だなって思いました。ありがとうございました。
仙石 こちらこそ、ありがとうございました。

<プロフィール>
1966年生まれ。京都大学大学院工学研究科情報工学専攻修了。株式会社日立製作所で遺伝的アルゴリズムおよびネットワーク基盤技術の研究に従事。1997年に情報処理学会山下記念研究賞受賞。1998年、電気学会先端システム技術の産業応用調査専門委員会委員。2000年、KLab株式会社取締役CTOに就任。1995年以来、TCP/IPパケットリピータ「stone」や、Palm上の時刻表ツール「Time Table Viewer」などを開発・発表する。また、堅牢で安定したサイトgcd.org を運営し、会員にサービスを提供。そこで得たサーバー構築ノウハウを日経Linuxで2000年4月から2年間連載

仙石浩明の日記  http://sengoku.blog.klab.org/
Klab株式会社  http://www.klab.org/

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