インタビュー記事

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第29回 竹迫良範 氏

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今回は、武勇伝第26回に出て頂いた角谷信太郎氏からの紹介で、サイボウズ・ラボ(Cybozu Labs)の竹迫良範さんにお話をお聞きしました。竹迫さんは、サイボウズ・ラボにて研究開発の実務を行う傍らで、「Shibuya Perl Mongers」の2代目リーダーとしてPerlプログラマのコミュニティ活動を企画・運営したりと、幅広いフィールドで活躍されています。今回は赤坂にあるサイボウズ・ラボさんのオフィスにて、そんな竹迫さんにじっくりお話を伺いました。竹迫さんの「日本のIT業界の将来像」についてのお話は示唆に富んでおり、IT業界に身をおく者として、とても勉強になりました。

※取材日は、2008年4月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

川井: まず、パソコンとの出会いをお聞きしたいんですけど、パソコンに触ったのってお幾つぐらいですか?
竹迫: そうですね、パソコンに触ったのは中学校2年生のときですね。ちょうど父親がFM TOWNSっていう富士通のパソコンを買ったんですけれども、どうやら使いこなせなかったみたいで(笑)
川井: 本当ですか?(笑)
竹迫: それが私のところに降りてきたという感じですね。それで、最初はゲームとか、あとはOSに付属しているソフトとかをいろいろ使っていたんですけれども・・
川井: OSに付属しているソフトって、例えばどんなものですか?
竹迫: その当時は、TownsOSという、富士通さんが独自に作ったOSがあったんですけれども、それにTownsGEARというソフトが入ったんです。当時はハイパーメディアという言い方をしていたんですけれども、マルチメディアとハイパーテキストの融合ということで、今で言うとローカルファイル上のHTMLページにコンテンツを自由に配置して、アクションに応じて遷移するようなものがGUI上で簡単に作ることができました。いわゆるMacのHyperCardに影響を受けたものだと思います。
川井: 中学生のころに興味をもって、やっていたという感じなんですか?

竹迫: はい、そうですね。
川井: ちなみに、どのへんが面白かったんですか?

竹迫: そうですね、最初は、そのマウスの操作方法とかも分からず、しかも、操作方法とかも誰にも教えてもらうことがなかったんです。
川井: なるほど。

竹迫: なんとなく試行錯誤を繰り返して、使っていたという感じですね。
川井: ゲームよりも、そちらのほうが面白かったということなんですか?

竹迫: そうですね。そもそもお金持ちの家庭ではなく、そんなにゲームをたくさん買うとかっていうことはなかったんです。そのあと、高校の頃にF-BASIC386と出会い、それからプログラムを始めました。
川井: そういうコンピュータとかパソコンの方にすでに興味があったという、理由とか根底にあるものって何かありますかね?

竹迫: あ~、どうでしょう。機械いじりとかは、好きだったっていうのはありますね。あまり器用な方ではなかったですけど(笑)
川井: では、ハードウェアへのもともとの興味が根底にあったということですか?

竹迫: それは、あんまりないですね。(笑) 分解したり壊したりってことは、あんまりしなかったので。
川井: 自然とですか?

竹迫: 自然とですね。田舎だったので他にあんまり娯楽がなかったからっていうのもあるんでしょうけれども、パソコンを触っていれば面白かったっていうのはありますね。
川井: 何かスポーツしたり遊んだりするよりも、そういうのが好きだったっていうことですか?

竹迫: そうですね。中学時代はテニス部とかに入ってましたけれども、家に帰ったらパソコンをいじるっていう感じでしたね。
川井: ちなみに、今おいくつぐらいなんですか?

竹迫: 今年で31になりました。
川井: 31ですか。

竹迫: いわゆる1977年生まれの世代です。Six Apartの宮川達彦さんとか、はてなの伊藤直也さんと同年代になります。
川井: すごい世代ですね。

竹迫: ちょうど77年世代の人たちが、大学に行っていたのは1995年ごろなんですよ。そのときは日本の大学でインターネットが結構盛り上がっていた時期で、ちょうどそのインターネットの盛り上がりと一緒に大学のネットワークを使って一緒に成長していった人っていうのがあるので、多分、それが好きでやってる人が多いんだと思います。
川井: 分かりました。それでは、本格的にプログラムを始めて、作ったものにはどんなものがあったんでしょうか?

竹迫: 恥ずかしい話ですけど、高校時代の面白くない授業のときは、ノートを広げてBasicのプログラムちょっと書いてみたりとか、そういうことはしてました。
川井: まつもとゆきひろさん(MATZ)みたいですね。

竹迫: そうなんですか?
川井: なんか「ノートにプログラムを一生懸命手で書いてやってました。」って言ってました。(笑)

竹迫: そうなんですね(笑)
川井: 例えば何か目的はあったんですか?何かを作りたいとか。

竹迫: そうですね、なんかゲームを作ってみたいっていうものはありましたね。高校生の頃は、結構ゲームセンターに通ってたりもしていまして。
川井: なるほど。

竹迫: 結構面白いゲームもあったりして、例えばバーチャファイターとか、バーチャレーシングっていうSEGAのAM2研が作ってた3Dのポリゴンのゲームなんですけれども、それが「あ~、何かスゴい」とか思いました(笑)
川井: あはは(笑)

竹迫: そういうものを作りたいと思って、そのときは、真面目にゲームプログラマになりたいっていうのは思ってましたね。高校2年生ぐらいの頃です。
川井: へぇ~、そうなんですね。

川井: 大学はそういう系統に行かれたんですか?

竹迫: そうですね。コンピュータが専門に勉強できるところっていうのを探したんですけれども、もともと地元が広島で、ちょうど広島市立大学というのが出来たばっかりだったんですね。
川井: なるほど、なるほど。

竹迫: それで、そこに情報科学部というのがありまして、そこで専攻が4つに分かれていて、当時としてはかなり新しいコンピュータ設備があったので、そこにしようと思いそこだけを受験しました。
川井: 学校ではどんな勉強をされたんですか?というか、勉強になりましたか?

竹迫: そうですね。大学時代にはじめてUNIXに触ったりとか、インターネットに触ったりとかっていうのをしましたので、大学1、2年生の頃が1番よくコンピュータの知識を吸収したときだと思います。
川井: なるほどなるほど。もうこの頃は、この世界で生きていこうみたいなことは、かなり自分の中では固まっていたんですね?

竹迫: そうですね。そのつもりで大学を選んで入りましたので。
川井: 学者とかいうよりは、仕事としてみたいな感じですか?

竹迫: 仕事にしたいと思っていました。もちろん、大学の中でいろんなコンピュータサイエンスとかを勉強していて、そういった学術的な分野もかなり面白かったので、アカデミックな道に進む事も考えてはいました。
川井: なるほど。その頃になると、ネットへの興味とか、パソコンの世界への興味っていうのが、自分の中でここが面白いとか、ここが非常に深いなって、いうのがあったんですかね?

竹迫: そうですね。大学時代は数学とかを勉強して、高校までの数学ってのは本当に何の役に立つのか分からないっていうのがあったんですけれども、大学に入ってからの数学っていうのは、実はこういう世界に応用できるんだっていう発見とかがあったりとかして、非常に面白かったですね。あと、一番最初の解析学の授業がいきなりペアノの公理系からはじまったのに衝撃を受けました。自然数や実数というのは人の作った人工数だったのかと(笑)
川井: そうしましたら、数学への興味が深まったっていったということですね。

竹迫: そうですね。大学1年生のときですね。
川井: そうすると、やっぱりコンピュータとかっていうのは、くっついてくるものですよね。

竹迫: そうですね。難しい問題はコンピュータを使って解くみたいなことをやったりしますね。
川井: なるほど。

竹迫: そのときに巡回セールスマン問題というのがあって、いくもの拠点があってそれを最短で巡回できるルートは何かっていうのを求める問題なんですけれども、それが大学1年生の最初のコンピュータ演習の授業のプログラミングの課題で出ていて、そのころにNP困難な問題に関心を持って、図書館で本を読みまくっていろんなアルゴリズムを勉強しました。
川井: じゃあ、数学が結構お好きなんですね?

竹迫: 数学は大学から好きになったという感じですね。
川井: 面白いですよね。社会に応用できるし、会社経営に応用できるとこも実は結構あったりして、びっくりしました。

竹迫: 面白いですね。
川井: やっぱり、その現代の数学教育をみて、僕は非常に問題あると思ってまして、経営の方の芽をつんでいると思うんです。なんとも面白くない授業を中高で展開してる先生が多すぎるという感じがしていて、日本の技術者不足を補うためにはここに手をつけなきゃダメだっていう持論があるんです。(笑)

竹迫: なるほど。
川井: やはり、数学の先生は会社経営した人がやるとか、もしくはエンジニアの方がやるとかしないとじゃないですかね。

竹迫: それは面白そうですね。
川井: 本当に、教科書を順番にやってるだけじゃないですか。それだと本当に面白くないですよね。

竹迫: おっしゃる通りですね。学校の先生っていうのは、小学校、中学校、高校、大学に行って、それからまた教師になるっていう流れで、社会に出てない方も多いですし。
川井: そうですよね。

竹迫: ただ僕、高校時代に科学部に入っていたんですけれども、そのころの先生が、企業出身の先生だったので、非常に考え方も新鮮で、その後の人生にいろいろ影響を受けたっていうのがあります。
川井: 最近は大分校長先生にサラリーマンだった人がなるとかっていうのが出てきたんで、ちょっと面白くなってきたなって思いますね。

竹迫: なるほど、そうですね。

川井: 大学を休学という風に書かれてますけれどもこのへんは何かご事情が…?

竹迫: あ、そうですね。大学3年生を私4年間やっておりまして。。
川井: なるほど。

竹迫: 家庭の経済的な事情で大学を一時休学することになりました。
川井: そうなんですね。

竹迫: まあ、どうしてもお金が必要だったので、そのときHPの子会社でアルバイトをすることになりました。そのときお世話になっていた大学の先生が、HP出身の方で、その元上司の人が広島の会社で社長をやっているということで、そこを紹介していただいたんです。
川井: なるほど。

竹迫: そこから、初めてWebアプリを作るということを仕事にしました。
川井: そこでは、どんな環境で、どんなものを作られていたんですか?

竹迫: その当時はHTMLを書くだけで給料がもらえていましたね。
川井: そういう時代ですよね。

竹迫: 恵まれていた時代だと思います。まず、綺麗なHTMLを書けるっていうことが、技術として認められていましたね。今ではもう当たり前になっていますけれども。
川井: はい。

竹迫: そこから、ショッピングカートのシステムですとか、受発注のシステムとかを作るってなったときに、JavaScriptとeCookieを使って動的に買いカゴを実現するとか、あとは受発注のメールを飛ばすのにサーバーサイドでPerlを使ってSMTPを直に喋ったりとか、そういうのを始めたのがきっかけになりますね。
川井: じゃあ、Perlをここではじめて使ったみたいな感じですか?それ以前に自分で使ったりとかっていうのはなかったんですか?

竹迫: いや、Perlは多分このときが初めてですね。その頃は、大学ではC言語を主にやっていましたので。
川井: ちょっと意外ですね。竹迫さんっていうと、Perlっていうイメージだからもっと古いつきあいなのかと思ってました。

竹迫: (笑)。Webアプリを作るのにPerlを使いはじめたのが一番最初ですね。それまでは、大学ではUNIXのコンピュータが多かったので、shellとかCとかを使ってやっていたんです。
川井: そうでしたか。

竹迫: 会社に入ると、HPの子会社なのでHP-UXのマシンが普通にあったりとか、Windows95、Windows NT3.51があったりとかして、突然いろんな環境で開発しなくてはいけなくなったんです。SunOSとかSGIのIRIXとか、UNIXの場合は一応互換性のある書き方をすれば、Cでも結構ちゃんとプログラミングが出来るっていうのがあって、大学ではX11のXlibを使って、ネットワークで対戦できるゲームとかも作ってたりとかもしてました。
川井: なるほど。

竹迫: でも、全然OSが違うと、やっぱりUNIXのライブラリ関数とかがそもそもないっていうことがあり困りました。あとコンパイル環境も全然違っていたりなどもあったので、Script言語だとWindowsとかUNIXとか関係なく出来そうだなっていうのがあって、それで当時こなれていたPerlを選びました。
川井: なるほどなるほど。じゃあ、学生の頃の経験が、今の筋肉の元になってるっていう感じですよね。

竹迫: そうですね。そもそも大学時代の経験がいまの元になっているって感じですね。
川井: なるほど。そしたら、ちょっとお金を稼がれて、復学されて、無事卒業という感じですね。

竹迫: そうですね。
川井: 「Namazuプロジェクト」も学生時代のことなんですか?

竹迫: そうですね。在学中にアルバイト先の会社のイントラネットのシステムで、全文検索のシステムを導入したいというので始めました。そのファイルサーバにパワーポイントとかワードのファイルが何ギガもあるんですけれども、ファイルサーバなのでエクスプローラとかでクリックしても反応が遅くてなかなかたどり着けないとか、開いてみても中身が違ったというのもあったりしたので、やっぱりキーワードで検索すると、そのキーワードが含まれている文書が出てくるシステムっていうのが必要かもねっということで作りました。
川井: なるほど。

竹迫: 他にも「Microsoft Index Server」とかも検討したのですが、そのときにオープンソースだった「Namazu」を選んだのがきっかけでした。
川井: そうしますと、アルバイト中にそういったことも経験してるという感じですかね?

竹迫: そうですね。そのアルバイト先の会社が非常によくて、いろいろ好きにやらせて頂いたので、非常に今では感謝してますね。
川井: なるほど。

竹迫: 今思うとやはり、自分は本当に子供だったので、色々はしゃぎすぎました(笑)
川井: そうですか。(笑)

竹迫: ほんとに大目にみていただいて、本当に感謝していますね(笑)
川井: まだ、会社は健在なんですよね?

竹迫: はい。もちろん。

川井: 卒業後もそこの会社に残ろうとかっていうのはなかったんですか?

竹迫: それはなかったですね。やっぱりHPの子会社だったので、どうしても何かソフトウェアを作るとか提供するとかは、HPの提供するハードと絡めたりなど必ずするようになっていたので、それだとやっぱり選択肢っていうのが狭まってしまうじゃないですか。親会社の制約に縛られない独立系のSIの会社とかに入りたいなって思って、ドリーム・アーツっていう会社に入りました。
川井: 偶然なんですけれども、僕INSUITE:インスイート(以下 インスイート)使ってましたよ。

竹迫: あっ、本当ですか!恐縮です。(笑)
川井: いえいえいえ。山本社長ですよね。

竹迫: はい、そうですね。
川井: おととし1回お邪魔してきました。社長営業っぽいですよね(笑)。

竹迫: そうですね。社長は起業前にもともとインテルのマーケティングを担当していて、MMX Pentiumとかの日本のブランディングとかをやっていましたので。
川井: すごいですよね。8カ国のエンジニアが在籍してらっしゃるとお聞きしました。

竹迫: そうですね、今はかなり増えていると聞いています。僕がいたときから多国籍部隊で、日本語の文字コードにめちゃくちゃ詳しい中国人の優秀な先輩エンジニアや、インド人のエンジニアとか、あとドイツ人のエンジニアとか色々いましたよ。
川井: いらしたのってオフィスが外苑前のときですよね。

竹迫: そうですね
川井: そちらにもお邪魔してました。(笑)

竹迫: 恐縮です。(笑)
川井: ちょっと偶然だと思って、びっくりしちゃいまいた。選んだのは、何かきっかけとかあったんですか?

竹迫: はい。実は広島ラボっていうのを作ったのが、ちょうどその年でして、やっぱり広島という地方だと、ソフトウェア開発専門でやってる会社っていうのは、そんなになくて、どうしても、メーカー系の子会社とかになっちゃうんですよね。例えばNECさんとか、日立さんとか、富士通さんとかの子会社とかになっちゃうので、やっぱり、それとは違う会社にしたいっていうのがあったんです。
川井: なるほど。

竹迫: 独立系のITベンチャーにしたかったので、そのときドリーム・アーツが広島ラボっていうのを作るっていうのを偶然知って、それが応募のきっかけでしたね。
川井: なるほど。

竹迫: それで、地域でえらんだという感じですね。
川井: もともと、お勤めは広島でスタートしたという感じなんですかね?

竹迫: そうです。広島です。
川井: そういうことなんですね。ドリーム・アーツさんはいかがでしたか?

竹迫: 面白かったですね。やっぱりベンチャーというのは、すごく尖っている面白い人達が集まっていて、非常に刺激になりました。
川井: そうですか。

竹迫: あとは、そのときは、ソフトウェア専門で開発している会社っていうのが初めてだったので、ソフトウェアエンジニアリング、いわゆるソフトウェア工学というのを、そこで叩き込まれました。  
川井: ドリーム・アーツさんって、やはり技術力は高いですよね。

竹迫: そうですね。かなり優秀なプログラマと、あとQAの専門部隊もチームとしてかかえていますからね。もともとマイクロソフトでQAをしていた人達とかが、引き抜かれて入っているんですよ。やはり、インストールベースのプロダクトなので、出荷後にバグがあると、どうしても、あとの対応が大変なんです。
川井: そうですよね。

竹迫: それまではWebアプリっていうのは、どちらかというと、なんか開発者がさくっと作ってテストはほどほどに、そのままリリースするような、イケイケGOGOみたいな感じでしたけれどもね(笑)
川井: あははは

竹迫: それとは全く違うやり方なので、非常に最初は衝撃を受けましたけれども、やっぱり品質とかっていうのを高めるには、こういうやり方がやっぱり全体としては効率がいいんだなというのは思い始めました。テスターという職業をリスペクトできるようになったのはこの頃です。
川井: ドリーム・アーツさんはどんな開発環境なんですか?

竹迫: 私が開発していったのは大企業向けのグループウェアで、それはPerlで書かれていましたね。
川井: なるほど。一昨年でしたっけ、郵政省のポータルをとったんですよね?

竹迫: はい、よくご存知ですね。
川井: すごいですよね。

竹迫: ちょうどそれが決まった後に、私は退社してサイボウズ・ラボに入社っていう形になりました。
川井: なんか、犬のポストを持ってるようなやつですよね。

竹迫: そうですね。
川井: 郵政版の犬のイラストを見て、うわあ感慨深いなと思ってるんですけど。(笑)

竹迫: 僕が入社したころは、インスイートワンという小規模向けのグループウェアを作っていたんですけれども、大企業向けのエンタープライズのものを作ろうということで、その新製品の開発を広島ラボで一部、他のメンバーとかと一緒にやっていました。
川井: インスイートの、小規模版から大規模版へのバージョンアップという感じですかね?

竹迫: 大企業でも使えるように組織構造から作り直したものです。
川井: そんなことをされてたんですね。

竹迫: そのときに、やっぱりperlだとCGIで動かすと遅いから、Apacheにモジュール組み込みのmod_perlを使って安定的に動かす技術を確立したりしました。あとは、大人数が同時に使ったときに起きる問題とかを防ぐためのチューニングや運用上の対処をしたりしてました。
川井: コンセプトはナレッジですよね?

竹迫: はい、そうですね。
川井: サイボウズ・ラボさんもナレッジって感じだと思うんですけれども、ナレッジってことにご興味の繋がりはあるんですか?

竹迫: そうですね、それはありますね。やっぱり情報共有っていうのを、会社の中とか、いろんな組織とかコミュニティの中で、どうやったら効率的にできるかとか、それによって人の思いとかも変わったりするので、非常に興味はありますね。
川井: 私が昔やろうとしていたのは、イメージとしては煙草部屋なんです。

竹迫: はい、はい。インフォーマルなコミュニケーションですよね。
川井: インフォーマルなコミュニケーションをできないかという風にプランして、企画してやっていたんですけれど、うまくいきませんでした(笑)

竹迫: ははは(笑)
川井: なんかナレッジって言葉は一時期すごく流行ったじゃないですか。

竹迫: 流行りましたね。
川井: いま、かなり廃れている感じもするんですけれども。

竹迫: そうですね。昔はナレッジマネジメントとかKMっていうキーワードとかは流行りましたけど。
川井: 野中先生とか、あのへんがすごく出てましたね。

竹迫: まあ、結構そのキーワード先行っていうのは難しいところですよね。
川井: そうですね。

竹迫: 結構、学者の方がナレッジって言われているモノは、企業の現状とそぐわなかったりする部分も結構あったりとかするんですけれど。
川井: やっぱりなんでしょう、その仕組みがあることと現実に運用していくことって、 多分セット論なんだろうなあっていうことを思いますね。

竹迫: そうですね。だから、うまくまわせる仕組みが大事で、その中でコンピュータっていうのは、ある程度コミュニケーションとかナレッジとかを上手くまわすためのツールの1つのようなものなんですよね。
川井: 確かにツールですよね。幻想的にこれがあるとなんでも出来るって思ってしまう文化が当時あったような感じでしたね。

竹迫: ああ、なるほど。
川井: それが、やっぱりなんか足枷になるっていうんでしょうか、全員が、一人でも使わないと崩壊するみたいなことになるじゃないですか。

竹迫: はい
川井: そうじゃなくて出来る人から広げ始めりゃいいじゃんっていう発想が当時出来なかったんですよね。

竹迫: なるほど。
川井: 当時は全員がスタートしようとして。

竹迫: そうですよね。
川井: 「手帳焼くぞ」ぐらいな感じでしたね(笑)

竹迫: なるほど。PDAとかノートパソコンも、みんな社員一人一台みたいな感じですもんね。
川井: iPAQを買って、インスイートを搭載して、全営業マンに持たせて、いいから全部おぶって入れるんだぞみたいな感じだったんですけど、いきなり言われても無理ですよね?

竹迫: でも業務が定型業務の場合とかだと、PDAは上手く浸透している部分もありますね。
川井: なるほど。

竹迫: 今だと家電量販店さんとか、POSの連動とかで、PDAを使ったりするのがほぼデファクトになったりとかしてますね。ただやはり、営業さんとか、あと技術職の人とか、非定型業務の部分の占めてる割合が多い人たちっていうのは、それとは別の仕組みが必要で、柔らかいナレッジをどう扱うかみたいな話になるんだと思うんです。
川井: そうですね。営業系はSFAがベースで、ナレッジが付属的についてるみたいな感じで落ち着いている感じがしますね。

竹迫: そうですね。あとは客先訪問とかのスケジュールと連動するっていう話ですよね。
川井: なるほど。全体としてはそういうテーマをお持ちだったんですね。

竹迫: そうですね。それで、何年間かグループウェアを作っていて、やっぱり会社の中で企業向けのソフトウェアを作るっていうのは、ある程度自分自身の中で限界を感じたんです。
川井: なるほど。

竹迫: そのときちょうど、サイボウズ・ラボという面白い会社ができたというのを知ったんです。サイボウズ・ラボの社長の畑はもともとサイボウズのオフィスのVer.1からずっと開発に携わっているんですけれども、グループウェアとは違う別の新しい何かをラボで作ると言ったので、じゃあ行こうみたいな感じで転職したんです。
川井: なるほど。

竹迫: サイボウズ・ラボでは現行バージョンのグループウェアのバグ修正とか保守開発とかは一切やらないっていう話だったので、本気で入社を考えました。
川井: 面白いですね。

竹迫: それは面白いなと思って、あとグループウェア作るのはもう飽きちゃったので(笑)別のことをやりたかったんです。
川井: サイボウズ・ラボさんって、お話聞くと概念的なことはよく分かるんですけれども、具体的にどんなものを作られているのか実はイメージがピンと来なかったりするんですよ。テーマは情報共有ってことでは拝見しているんですけれどもね。

竹迫: そうですね。
川井: どんなものを、今具体的にどう検討しているのですか?

竹迫: まず研究開発テーマについては、Googleさんとかでは「情報検索」っていうのが第一のポリシーであって、それに向かってエンジニアがいっぱい集まって突き進むっていうのがあったんですけど、日本のソフトウェアだと「情報共有」だろうということで、そのテーマに関わるものであれば開発者が自由に問題設定でき研究開発を進めることが出来る、ということにしています。
川井: それはじゃあ、ある程度そのエンジニアの自主性というんでしょうか、アイディアベースのところから皆さんに任せて運用されてるという感じなんでしょうか?

竹迫: まさにそのとおりですね。
川井: ほほう、すごいですね。

竹迫: 私も、もう今だと世の中の流れが非常に早くなってしまったので、例えば経営の立場の人が、これから3年かけてこういうようなソフトを作ろうと大きく舵取りをしてやるっていうのでも昔はよかったんですけれども、今は世の中の変化も早くなっていて競争も激しくなったので、大規模な長期投資をする場合は外的要因に左右されるリスクがあると考えています。
川井: なるほど。

竹迫: ラボの場合は、優秀な技術者に色んなものを作らせて、そのうちどれか1つでも大当たりするものが出ればいいかなというニュアンスでやっています。
川井: なるほど。逆に数をリリースする中で何か発見をしていくという感じなんですかね?

竹迫: そうですね。やはり、もともとサイボウズ本社だとインストールベースのソフトウェアで品質を重視するような会社ですので、試しに何か出してみて、バグがあったりとか、使い勝手がちょっと良くないっていうのがあると、色々サポートコストとかも高くなっちゃうんですよね。でもラボっていうものだと、とりあえずβ版みたいな感じで、どんどん出していっても怒られないっていうのもあるので。
川井: じゃあ、KAYACさんのBM11(ぶっこみいれぶん)みたいなところとコンセプトは若干近いんでしょうかね?

竹迫: そうですね、それのパイロット版ですね。実際にどういうソフトを出せば受けるのかっていうのを検証するために、まずは出してみるという形ですね。
川井: なるほど、なるほど。

竹迫: 今までは、ちゃんとテストもサポート準備も全部完了して出してみないと結果は分からないという状態だったんですけれどもね。
川井: なるほど。あと、蓑輪さんからお聞きしたんですけれども、OSの技術を持っている方だったりとか、DBの技術を持っている方だったりとか、Web以外の色んな技術の専門性の高い方が揃っていて、そういった意味では幅が広いっていうのが1つあるんですよね?

竹迫: そうですね。上のレイヤーから下のレイヤーまでですね。
川井: そこのところは、ちょっと面白いですね。

竹迫: 実際のアプリケーションもそうですけれど、ミドルウェアとかライブラリの開発というのも研究対象には含まれていますので、蓑輪さんとかはSchemeの言語処理系とかも個人の研究テーマの一つとして扱ってたりしますね。
川井: そういった意味ではラボと名前のつくとこって、結構色々あるじゃないですか。そうは言いましてもWeb屋とかWeb企画屋っていうのが多いんですけれども、サイボウズラボさんは、本当にラボって感じですよね。

竹迫: ありがとうございます。サイボウズ・ラボはちょっと特殊かもしれないですね。あとはラボっていうのが、ちゃんと別会社になっていて100%子会社になっているという感じですね。
川井: 特色ありますね。

竹迫: そうですね。サイボウズ・ラボ単体では売り上げ目標はなくって、本社の売上の大体5%を毎年、研究開発費として投資するという感じでやっています。
川井: なるほど。

竹迫: 5%という数字も、他の本田技研さんとかも、研究開発費は5%だっていう話があるので、それに合わせたと聞いてますね。
川井: いわゆる聖域の研究開発費ですよね。

竹迫: そうですね。東芝さんとか、工場で半導体を扱うような部門ですと、その投資の金額が十数%とかっていう風にはなるんですけれども、ソフトウェアの場合は、そんなに設備投資はいらないですよね。
川井: はい。

竹迫: その中で優秀な技術者を集めてくる部分が一番重要になるので、場所代と人件費の部分の割合が多くなりますよね。
川井: そうですよね。なるほど、なるほど。

竹迫: だから、やっぱりGoogleさんとかと比べると、一人の技術者に対してコンピュータが2000台使えるとか、そういう環境ではないので、また違ったやり方になると思います。
川井: なるほど。成果として本社の方に還元するとか、こういったプロダクトを作るみたいな部分で、結果として何か生まれたものって今出てるんですか?

竹迫: 今はラボの成果発表会っていうのを定期的にやっています。業務秘密の内容も含まれるため一般の方はご来場いただけませんが、実際にサイボウズ本社の役員の方々やグループ会社の技術者の方々をラボに招待して、いま各メンバーがやっていることを直々にプレゼンテーションをするというのをやっています。その中で「あっこれは、自分の会社のこういう用途に使えそうかな」とか、あとは「これとこれは繋がりそうだから、もっと研究を進めて下さい」っていうので、グループ会社さんの持っている端末を貸して頂いたりとかっていうのは、ありますよね。
川井: これから成果として大きく花開くものっていうことですよね。

竹迫: そうですね。

川井: その中で竹迫さんのポジションとか、やってらっしゃる分野とか、テーマみたいなものはどんなものなんでしょうか?

竹迫: 私の場合、今はJavaScriptとFlashの特殊な分野について研究しております。まずJavaScriptの部分はAjaxっていう技術が流行ってましたけれども、その枠組みの中での技術的限界はどこまであるんだろうっていう話がありまして、そこについていくつかの研究をしていました。
川井: なるほど。Flashの方はActionScriptですか?

竹迫: そうですね。ActionScriptの部分ですね。JavaScriptはなぜ流行ったかっていうと、色んなパソコン上で動くブラウザの中に組み込まれている言語処理系だからで、僕は世界で一番多くの端末で動いている処理系・スクリプト言語っていうのはJavaScriptなのかなと思っているんです。
川井: なるほど、なるほど。

竹迫: なぜJavaScriptかって言うと、本当に言語が何もしてくれないんですね。例えばprintfの関数すらなくって、標準入出力もなくって、あとライブラリのロードっていうのも、JavaScriptではないんですよね。ライブラリをロードするときもHTMLの script src= っていうスクリプトタグを使わないと外部のファイルもロードできないっていうような仕組みになっているんです。つまり、処理系が非常に小さくて軽いっていうことなんです。
川井: なるほど。

竹迫: 言語仕様も処理系も小さいから色んなブラウザに組み込み易かったんですよね。DOMがサポートされるまでは、それぞれのブラウザでJavaScriptエンジンを作りやすかったっていうのがあって、HTMLもそうかもしれないですけれども、分かり易いタグや小さくて少ないタグで、みんながそれぞれ独自に実装して、色んなブラウザや色んなOS上で実行出来たんだと思います。まあでも、それで色んな実装が出来ると、その実装の差が出てきて良くないからっていうので標準化っていうのがあったんですけれどもね。
川井: matzさんも「JavaScriptが結構優れているのでは」ってことを、どこかで仰ってましたね。

竹迫: 本当ですか?
川井: ええ、彼は言語の話をよくされるじゃないですか。言語の歴史とか、分類とか (笑)

竹迫: 僕が思うのは、JavaScriptっていうのは現代のマシン語だと思っていて、多分8ビット世代の人達は直接機械語とかを扱っていて、ハンドアセンブルして機械語でプログラムを組むっていうのをやっていて、コンピュータを制御する楽しさを知ったんだと思います。
川井: それはそうでしょうね。

竹迫: 今の若い人たちがコンピュータの中で動かせる機械語っていうのはJavaScriptとか、そういったWeb系の言語なのかなと思っています。
川井: なるほど。

竹迫: JavaScriptってメモ帳があれば誰でも開発できるわけですよ。実行環境のブラウザももうOSに入ってますし。テキストエディタっていうのも、読めなくてもメモ帳とかが入ってますから、その場で開発できる環境があるんですよね。
川井: なるほど。確かに、そういう風に1つレイヤーが変わっているかもしれないですね。確か竹迫さんと同じテーマを持ってる方がいたんですよ。

竹迫: 本当ですか?
川井: id:secondlifeさんです。

竹迫: おおお。
川井: 全く同じように、JavaScriptとActionScriptの2つですっていうことを仰ってました。

竹迫: そうなんですね。あと僕がActionScriptというかFlashの部分について興味を持っているのは、携帯電話なんです。、実はJavaScriptっていうのは、いま仕様がどんどん大きくなっていて、携帯電話の端末とかに載せるのは結構厳しくなってきているんですよね。
川井: そうなんですか。

竹迫: やっぱりXMLとかDOMとかっていうのは、仕様とか言語としての拡張っていうのがどんどん増えてきているんです。例えばFirefoxですと、Firefoxの拡張っていうのはJavaScriptで書ける様になっているんですけれども、その拡張を作り易くするために非常に固い言語にどんどんなっていってる部分があるんです。
川井: なるほど。

竹迫: かなり規模が大きくなっているので、やはり携帯電話には収まらないサイズになっているんです。逆にFlash Liteっていうものがモバイル端末向けにはありまして、それだと携帯電話でも軽い処理系になっていて、しかも、今の若い人たちはパソコンを全然使わずに、携帯を使っている人達っていうのも、それなりの数いて、ちょうどよかったりしますね。
川井: モバイルはこれから主流になるという見方もされているということですか?

竹迫: 実際どうなるかは分からないですけれども、そこの技術的限界っていうのはどこにあるんだろうっていうのを突き詰めてみたいっていうのがあって、今そのFlashに関する研究も一つのテーマとして進めています。
川井: なるほど。やはり、技術でどこまで出来るかっていうところにモチベーションがある感じですか?

竹迫: そうですね。やっぱり私はもともと技術者なので、技術でどれだけ解決できるかっていうのを試してみたいと思っていますね。
川井: 面白いですね。

川井: 今後はラボとして個人として、どんな取り組みをしていこうというのは何かありますか?

竹迫: 日本のITエンジニアがもっと幸せになれるようなことをしたいと思いますね。それは会社のミッションとは関係なく、個人の思いとして、強く思っていますね。
川井: いいですね。それは、技術で解決できる部分と違う部分っていうのが、なんかありそうな感じですね。

竹迫: ありますね。技術者が幸せじゃないと感じている部分についても、実は、ソフトウェアの構造によって引き起こされている部分もあると思うので、その部分について技術的に解決していけるものを色々作っていきたいなって思ってますね。
川井: 興味があるんですけれども、具体的にどういうことですか?

竹迫: 例えばセキュリティの分野とかが特にそうなんですけど、今は色々脆弱性がオープンに指摘されるっていうことがあるんです。例えば「そのWEBサイトに脆弱性がありますよ」っていうのがオープンに指摘されると会社の信用を落とすので、それを指摘されたらすぐ休日とか業務時間外とかでも直さないといけないとか、そういう威圧的な空気があったりもするんです。
川井: なるほど。

竹迫: でも、結局そういうのって、ある程度技術があれば対応できる部分があると思っていて、1つはApacheのモジュールで、その脆弱性があったときに運用者とかが、その穴を塞げるような仕組みを作ってあげると、無理にそのプログラムを作ってる人たち本人に話がいかなくても、一時的に運用者側で対応ができるっていうのがありますね。
川井: なるほど。この辺って確かに仰るとおりで、技術の部分ですよね。ただ、業界の慣習とか考え方というんでしょうか?実は私の友人で、やはりセキュリティのテストをやっている会社があるんですね。それで、SIerに営業に行ったそうなんですけれども、ぜんぶお断りされたらしいんです。

竹迫: そうなんですか。
川井: 「そんなところにお金払えない」って言われて、「頭にきた」「ユーザ側に言ってやる」と言ってますね。要は出荷前のセキュリティチェックにお金を払わないと開発側(SIer)が言ってしまうんですよね。なので、技術以前のその業界の体質というんでしょうか、そういうところにも問題があるのかなぁという感じはしますね。

竹迫: そうですね。だから、1つのやり方としては、言い方は悪いですけれども、不祥事とかっていうのを大々的に取り上げて、恥をかかせる文化っていうのが、日本ではあると思います。
川井: ありますね。

竹迫: 僕は、日本はやはり「村八分」の文化って結構残ってると思っているんです。
川井: そうですね(苦笑)

竹迫: 何が正しいかっていう命題は国民性があると思っていて、日本では、村八分という手法で正しくないと思われる人たちを、どんどん外に追いやって村社会を健全な方向に保っていくんですよね。でも他の国とかを見てみると、多分古典的なローマの人たちは「立法」主義で、法律で社会の正しさっていうのを保っていて。あと、ユダヤ人の人たちとかっていうのは宗教の「戒律」の部分で正しさっていうのを自分達で保つ持つみたいなことをやっていて、日本はある意味、文化的にそういったものがないので、だからそういった村八分的な、いわゆる「恥」の文化で、社会全体の正しさを保とうとしているのかなぁって思います。
川井: 深いですね。

竹迫: だから、ちょっと日本の会社でJ-SOX対応とかコンプライアンスのプロセスが馴染みにくいのは、そういうところなのかなぁと思っています。
川井: 非常にあいまいな社会で和を大事にするってことと、同じことを大事するっていうことですね。

竹迫: そうですね。あとは、情報セキュリティマネージメントシステムのISMSの認証の元になったのは、英国のBS 7799の規格だったんですけど、それっていうのは、もとをさかのぼると植民地を統治するための仕組みとして用意されたものなんですよね。これはもう100年以上の歴史があるもので、イギリス本国から物理的に離れた場所のインドとか色んな海外の拠点とかの組織をきちんと運用して、ちゃんと効率よく支配するための仕組みというものだったんです。支配される側もそういった仕組みがあると楽ですしね。
川井: なるほど。

竹迫: お互いWIN-WINの関係で、それが上手く培われて、回っていたんです。インドのオフショアの開発は、今非常に盛り上がっていますけれども、実は僕は、それはけっこう非植民地支配の歴史があったからだと思うんです。
川井: なるほど、そういう見方もあるんですね。

竹迫: そういったBS 7799やCMMのLevel3以上とかを取りやすい会社がインドに多いっていうのは、多分そうだと思っていますね。
川井: そうなんですね。

竹迫: もちろん、話す言語として英語を使っている人が多いっていうのもありますけれども。多分、文化的な側面が大きいと思っています。
川井: そんなところで、日本のエンジニアが幸せになるためには何が必要なんですかね?

竹迫: 今の日本のソフトウェア業界っていうのは、まだ日本語っていうので守られているんですけれども、今アメリカのIT業界をみてみると、アメリカが出しているH-1Bビザの発給リストの上位10社のうち8社が、もうインドのオフショア系の会社なんですよ。5位と10位がマイクロソフトとインテルになっていましたけれど、それ以外全部インドのオフショアをする会社がほとんど占めているんです。
川井: なるほど。

竹迫: さらに今は、米国のCOBOLとかJavaのエンジニアっていうのは、どんどんどんどんオフショアの方に仕事をとられて、失職者がものすごく増えて社会問題になっているっていうのを、この前放送されたNHKのワーキングプア特集で見て知ったんです。まあ、それが正しいかどうか分からないですけれども、もう言語の壁がないアメリカっていうのは、結構コーダー的なプログラマの置かれている立場がかなり厳しくなっているのかなっていうことですね。
川井: なるほど。

竹迫: いわゆる金融系、勘定系の部分については、もうほとんど大変っていうことですよね。
川井: ですよね。私どもの会社も、やっぱりその「エンジニアを幸せに」っていうのがテーマにしてまして。人によっては「ばら色の人生」じゃないですけど、これだけ仕事がいっぱいあって、人が足りないと言ってるんだから、幸せなんじゃないかという話もあるんですけど、まあそうでもないんじゃないかなって漠然としたものがあるんです。苦しんでる人も多いしですしね。まあ、あまり好きではないのにやってる人も中にはいますので。

竹迫: ああ、なるほど。
川井: そういう人が苦しんじゃうっていうのは分かるんですけども、好きでやってもうまくいかないとか、キャリアが見えないとか、マネージメント層に行かないとお金がもらえないとか、色んな問題がやっぱり日本にはあるんだと思ってます。なんかこう、お客さんサイドのほうからアクションをするとしたらとか、何をするといいかというのとかありますか?「エンジニアを幸せに」というテーマに対して。コミュニティ活動なんかもその一環でやられてるのかなっていう風に思ってるんですけども。

竹迫: まあ、今は……ちょっとそこは難しいので、答えるのが難しいですね。まあ、人それぞれっていうのもあるので。
川井: コミュニティ活動のことをお聞きしたいんですけれども、今はShibuya.pmの歴史的背景とか、竹迫さんの関わりとかはどんな形になってらっしゃるんですか?なんかでも竹迫さんと宮川さんがやると言えばやるんですみたいな感じになってるっていう噂が。(笑)

竹迫: 昔はこういったコミュニティ活動っていうのはなかなか難しかったんですよね。同じPerlっていうマイナーな言語に興味を持っている人たちが100人同時刻に同じ場所に集まるっていうのは。昔ではそういう集め方ってなんかはなかなか無かったんですけど、今はもうインターネットがあって、ネット上で告知すれば同じ興味を持っている人たちがざっと一度に集まってくるっていうのがありますよね。渋谷以外にも、関西とか福岡とかでもそうですし、色んなところで技術者が集まるイベントっていうのはどんどん出来ていて、そういうのは是非応援していきたいです。
川井: なるほど。やっぱり自主的に集まっているコミュニティを支援したいっていうことですね。

竹迫: そうですね。やっぱり会社の中だけにいて、そこでスペシャリストになるというような方のももちろんありますけど、自分が業界の中でどういった客観的な位置にいるのかっていうのを周りの人と色々確認できたりするので、自分がキャリアパスの精度を上げたり、コントロールしたい時には非常に参考になる部分かと思いますね。
川井: 私、画期的だと思ってまして、さっきも申し上げましたように業界的には非常に閉鎖的な業界だと思うんです。エンジニアと開発会社っていう業界が、同業同士でもほとんど情報交換しないみたいなことが歴史的にあった中で、そこを越えて違う会社のエンジニアが集まるということを自主的にやってらっしゃる。画期的だと思うんですよね。

竹迫: そうですね。ひとつはオープンソースの文化っていうのがひとつはあって、まあそのオープンソースの成果の部分をみんなで共有すればもっとお互いまたコストも下げれるみたいな話になっていますね。
川井: これってやはり皆さんが同じ事を時間かけてあちこちでやって、でもバラバラに走っていて共有もされなかったっていうところが、こう集まってきて、有効っていうか物になるっていうか、みんなの財産になるみたいなところがやっぱりさっきの「エンジニアの幸せ」に一歩近づくための、大きなステップなんじゃないかなって感じがしますよね。

竹迫: そうですね。あと日本独特の部分では、やっぱり受託開発って呼ばれるのが9割以上になっているんですけど、Webっていうのは、そうでないケースもあるんですね。自社開発の割合が多いんです。だからWebっていうのは面白いのかなっていうのもあるんですよ。やっぱり受託開発だとNDAとかそういうのがあるので、情報は共有しにくいっていうのはあるんですけれども、Webとかっていうのは比較的自社開発の割合が多いから、会社の判断で成果とかがオープンしたりとかできるんです。
川井: そうですね。ただやっぱり、システム開発って最初の頃って土台作りといいますか、基本的に同じ事をどこでもやるじゃないですか。あれが共有されないのは何でなんだろうなって思ってるんですけど、いかがですかね?

竹迫: そうですね。それぞれの会社で自社フレームワークみたいなものをもう何年もかけて作り上げてみたいな感じですね。
川井: もったいないな、っていう感じはしてるんですよね。

竹迫: ああ、なるほど。
川井: まあそこをやってしまうと、売り上げが下がるのかなっていうのもあるのかもしれないんですけれども、そこをいちいちやることによって、お客さんからそのお金をもらうっていうのももちろんあるとは思うので、そういう難しい構造を抱えた業界だなっていう風に今ちょっと思っているんですけどもね。

竹迫: まあ、そこの部分をどう効率化するかっていうのは、結構ビジネスとも連動してる部分だと思っていますね。例えば、受託で作ります、っていうので沢山お金をもらう場合に、ただ成果の部分、ミドルウェアの部分の著作権は自社でもち、他社の案件でも使わせてもらうかもしれないっていうので、納期を圧縮したり値引きしたりとか、まあいろんな交渉のやり方はあると思うんです。多分そういうのでうまく、受託の開発なんかでも社内で成果を回せるようなものがあればっていうはあるんですけど、まあそこらへんはビジネスの話なので・・・(笑)
川井: 微妙なところですよね。

竹迫: まあ、色々・・・(笑)。
川井: 現場からすると「何でまた同じことやってんだ」みたいな感じの印象を持つ事象が多かったりとか、そのために徹夜かいみたいな話だったりするんで、そうするとやっぱり、健康的じゃないって感じはするんですけどもね。

竹迫: そうですね。でも今はその、プログラミングの技術そのものはコモディティ化してるってのいうのを非常に感じていて、昔はプログラムが出来るっていうのは非常に特殊なスペシャリストの能力っていうことだったと思うんですが、今は本もあるしインターネットの情報とかもいっぱいあるし、ライブラリもフリーで充実しているし、結構コモディティ化してますよね。
川井: してますよね。

竹迫: そうなるとやっぱり、その単純労働の部分の割合が増えてくるっていうのは仕方ないかなと思います。
川井: なるほど。

竹迫: なのでそうじゃないやり方をしたいと思ったら、コモディティ化されていない領域に突き進むとかしないといけないと思いますね。まあ、そういうのは未開拓な新しい技術とかになると思うんですけれどもね。
川井: なるほど。やっぱり普通の領域っていうんでしょうかね、誰でも出来るようにな領域は、どうしても出てくるというわけですね。

竹迫: そうなるとやっぱり競争相手も膨らむし、量と時間との勝負っていうことにもなりますね。
川井: 最近はプログラミングをしたことのない人向けの本も出てますしね。

竹迫: いやもう、沢山ありますよね
川井: 凄いですよね、勢い的には。RubyとかPythonとかあたりはそういう本がばんばん出てますよね。

竹迫: 多いですね。Railsの本も一気にガーッと何冊も出たりしてますし。
川井: 今年いっぱい出ましたね。

竹迫: そうなんですよ。あともう1つ危機に思ってるのは、僕は情報科学出身なんですけども、今学校でコンピュータサイエンスを専攻している学生さんの多くは、プログラマになりたくないっていう風に思っているということなんです。なんかIT業界には3Kみたいなイメージがやっぱりあるみたいで、仕事が「きつい」のKと「帰れない」とか、あと「結婚できない」とかっていう、色んなKとかがあったりもして。で、やっぱり生涯プログラマーだとコンサルやマネージメント層に比べてお金が稼げないっていうイメージがあるので、アメリカに行ってもっと技術を極めたいっていう人もいるし、プログラマーじゃなくってコンサルに行きたいっていう学生さんもいるだろうし、googleに行きたいっていう人もいるだろうし。日本の中でコンピュータサイエンスを体系的に学んできた人たちっていうのが、結構日本のその業界とかにはあまり入ってきていない兆候が見えてきているので、そこはちょっと危機感を抱いてます。
川井: 7Kっていうのがあるみたいですよ。

竹迫: 7K! ああ、3Kじゃ駄目なんですか!
川井: 3Kはおっしゃるとおりで、きつい、帰れない、あと一つ何かで、実際7つなんですよ。7Kは、「化粧のりが悪い」っていうのがあったりもするんですけど(笑)。

竹迫: 徹夜すると肌荒れしますからね(笑)。
川井: 7Kとか言われてるのが私凄く気になってて、実はですね、ドラマ作りたいんですよ。エンジニアが主人公で、開発会社が舞台のドラマを作りたいんです。

竹迫: それは面白いですね。
川井: ええ。やっぱりキムタクにやらせたいんです。

竹迫: あはは(笑)。
川井: エンジニアが顧客と闘う姿を見せたいんです。いかに顧客の発注の仕方が悪いかとか、そういうものをあからさまにしたいんですよね。なぜ徹夜してるのかは周りの人はわからないですからね。

竹迫: そうですね。だから、家族を抱えてる人とか大変だと思うんですよね。結婚してると奥さんから理解されないっていう人もいるでしょうし、何でいつも終電ギリギリまで残って帰ってくるのみたいなことも言われたりもするでしょうしね。
川井: そうなんですよね。あとは女性がやっぱり「子供できたら無理だよね」みたいなことを最初から決めてるとか、女性が活躍できる環境が整っていないところもあったりとかするので、もったいないなって思ったりするんですよね。

竹迫: そうですね。サイボウズ本社の場合はワークライフバランス支援制度として育児・介護休暇制度っていうのがありまして、回数を問わず最長6年の長期休業が取れてまたいつでも復職できるっていう制度があります。
川井: それはいいですね。うちにも女性の人が結構いるんですけど、みんな悩んでますよね。結婚・出産をテーマに、「女性エンジニアブログ」っていうのが今立ち上がっていまして、女性のエンジニアが語り合えるような場を作ろうってやってます。やっぱり悩みは共通で、なおかつ、近くに同性の先輩がいないっていうのがあって、相談ができないっていうところで、何かネットワークが出来ないかなって考えてるんです。

竹迫: いいですね。今そういった女性のエンジニアのコミュニティがいくつか日本でも立ち上がってますからね。女性に限らず男性の子育ての割合も増えてきていますし。
川井: 何か生まれるといいなと思いますね。

川井: 最後に、若手のエンジニアに向けてメッセージとかアドバイスを頂けますか?

竹迫: そうですね。何でも受身のままでいるんじゃなくって、自分から行動を起こしてやってみるっていうことを、若いから試せるので、それはもっとやってほしいと思いますね。
川井: タイプ的に自分から喋れないとか動けないって方非常に多いと思うんですけども、そういう人が動くためにはどんな風にきっかけとか作ったらいいんでしょうね。

竹迫: そうですね、とりあえず作る部分は、別にコミュニケーションは一切無しで多分作るところまでは出来ると思うので、それを見てくださいとかっていうのを、今だと電子的なやり取りも増えてきているので、なんでもとりあえず行動起こしてみるってことが大事かなあと思っています。そこは若いからこそ失敗しても許されるわけで、それはどんどんやってほしいと思いますね。年を取って管理職とかマネージャーみたいな立場になると、失敗するとやっぱり許されない風潮にはなってきますからね(笑)。
川井: 一言の失言が許されないですからね(笑)。

竹迫: そうですね(笑)。だから若い頃だからこそそういうのが出来るので、その中で試行錯誤して、失敗の経験も含めていっぱいやってほしいと思います。
川井: なるほど、わかりました。他にはありますか?

竹迫: 基本的には人それぞれだと思ってはいるんで、それ以上のアドバイスは私からはできません(笑)
川井: それもありですよね。人それぞれってことですよね。わかりました。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

竹迫: こちらこそありがとうございました。

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会社社名 サイボウズ・ラボ株式会社
http://labs.cybozu.co.jp/
代表取締役 畑 慎也
事業内容 インターネット/イントラネット用ソフトウェアの研究開発
資本金 4000万円
所在地 〒107-0052
東京都港区赤坂2-17-22 赤坂ツインタワー東館 15F

資本構成 サイボウズ株式会社100%子会社
サイボウズ株式会社のホームページ

取引銀行 三井住友銀行 飯田橋支店

アクセス ◆東京メトロ 銀座線・南北線 「溜池山王駅」

 12番出口より 徒歩約5分
◆東京メトロ 千代田線・丸の内線 「国会議事堂前駅」

 12番出口より 徒歩約7分
◆東京メトロ 千代田線 「赤坂駅」 2番出口より 徒歩約7分
◆東京メトロ 南北線 「六本木一丁目駅」

 3番出口より 徒歩約8分

◆中学校2年生のとき、父親の購入した富士通「FM TOWNS」に触れてコンピュータに興味を持つようになる。
◆高校のころF-BASIC 386 でプログラミングをはじめる。
◆大学では情報科学部に入学。コンピュータサイエンスを学ぶ。(1995年)
◆大学を休学し、広島の外資系コンピューターメーカー子会社にてアルバイトを開始する。(1998年頃) 各種ECサイトを開発。また、Namazu Project に参加する。(2001年頃)
◆大学を卒業後、独立系ITベンチャーの広島ラボに入社。EIPパッケージソフトの開発に従事。(2002年)
◆Shibuya Perl Mongers 1周年記念テクニカルトーク にて”mod_perl における C10K Problem” の題目で講演(2003年)
◆オライリー Perlクックブック第2版の監訳を担当(2004年)
◆Lightweight Language Day and Night にて “ppencode” を公開 (2005年)
◆東京に引っ越し、サイボウズ・ラボ株式会社に入社。(2005年)
◆Shibuya Perl Mongers 2代目リーダー就任 (2006年)
◆Microsoft MVPアワード2008 – Developer Security 受賞(2008年)
◆セキュリティ&プログラミングキャンプ2008講師、
U-20プログラミング・コンテスト審査員(2008年)

実はこの方が紹介者→ Webエンジニア武勇伝 第26回 角谷進太郎氏

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