インタビュー記事

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第28回 山田進太郎 氏

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今回は、ウノウ株式会社代表をされている山田進太郎さんにお話をお聞きしました。山田さんは、早稲田大学在学中に、早稲田リンクスの代表をされたり、楽天株式会社にて楽天フリマオークションの立上げなどを経験されています。ウノウ株式会社では写真・動画共有サービス「フォト蔵」などのサービスを提供しております。特に山田さんの「エンジニア」に対する視点は非常に冷静なものがありました

※取材日は、2008年4月です。所属や役職などは当時のまま掲載しております。

川井: よろしくお願いいたします。
山田: こちらこそ、よろしくお願いいたします。
川井: まず、パソコンとはいつぐらいに出会ったのでしょうか?
山田: たぶん小学校の低学年ぐらいで、MSXってゆう、テレビというかパソコンみたいなものが最初です。両親がAIBOとかVAIO505とか、携帯も新機種がでるたびに機種かえる新しい物好きだったので、MSXが出たときにすぐ買ってきたんです。それが家にやってきて、結構ゲームをやったりして、1画面プログラミングとか雑誌に出ていたのを動かしたりとかを母親がしていたんですよ。僕自身は何か打ち込むことはしても、何で動いているのかとか仕組みはまったくわからない状態でしたね。高校時代も家に、PC-98とかもあったのですが、ほとんどゲームしかしていない感じですね。
川井: その後はどういう風にパソコンと関わっていったんですか?
山田: 大学に入ってからインターネットを初めてやってみて、結構おもしろいなと思ったんですよ。大学1年の時YahooJapanが出来て、ホームページを作ろうと思ったんです。それでホームページをHTMLで作って、主に日記を書いたりしてホームページをしばらくやっていました。その時ようやくHTMLに出会って、掲示板もネット上に転がっていたものをダウンロードして設置していましたね。
川井: それは、趣味とかと関わって集約されていったんですか?それとも、比較的パソコンが好きでという感じですか?
山田: 僕はいろいろあった感じですかね。本を読むのも好きだし、映画を見るも好きだし、映画生活のサイトも、もともと僕の趣味でレビューをつけたりとかしていました。オンラインで映画のサイトを作ったのが2000年ぐらいなんですけど、その頃ネット上で試写会の応募があって、倍率がすごく低くて応募するとほとんど当選してたんですよね(笑)。1週間に一個ぐらいは当選して、そういった情報を集めた情報サイトがあったら便利かなと思って作ったのが始まりですね。どちらかというと映画とか、本とか、旅行とかも好きで、いろいろある中でその中にパソコンがあったって感じですかね。
川井: そうなんですね。
山田: 大学も一応インターネットサークルで、早稲田リンクスに所属していて、やっていることはインターネット的なことは全くなくて(笑)。みんなで取材とかして、それを記事にしてのっけるという感じだったんです。イメージ的には、同人誌的なノリがあり、面白い企画を立ててみたいな。
川井: 同人誌がネットであると!!
山田: その時は、Yahooがすごいとかはあったりしても、インターネットがどうのこうのだとかも、そこに対して、すごい、これしかないって感じはなくって。卒業するときも広告代理店とかに行こうかなと思っていたりしていたんです。
川井: なるほど(笑)
山田: とにかく、いろいろやっていましたね。サークルは本当に組織運営って意味ではすごい役にたちましたね。
川井: なるほど。そうだったんですね。

川井: 学生時代は楽天でアルバイトを?
山田: そうですね。アルバイトというか、大学4年生の時に就職活動をして入りました。大手の広告代理店の就職も一応受かった所もあったんですが、インターネットビジネスするほうが面白いかなと思って。それで大手はお断りして、楽天に入ったという感じですね。
川井: 新卒入社で?
山田: 新卒なんですが、今すぐ内定者インターンとして働いて、という感じです。リンクスの先輩で、後に「みんなの就職」という会社を創業する伊藤さんという人がいて、その人に「どっかいい会社ないかな?」と話したところ楽天を紹介して頂いたんです。まだ20数名しかいない会社で上場もしてなかったんですが、結構面白そうかなと思いまして。ほかにも、サイバーエージェントとかも受かっていて、どっちがいいかな?と思っていたのですけど、楽天のほうがビジネス的に面白いかなと思ったんです。あと社長の安定感とか(笑)。
川井: (笑)
山田: まだ学生だったので、そういう部分も重要だったのです。それで楽天に内定したので、社員の様に働かせてもらった感じですかね。
川井: ネットマーケティングに興味があったということですが、どういうところに興味を抱かれたんですか?
山田: インターネット自体は、ずっと面白いなと思っていました。自分でもホームページを立ち上げて、知らない人とメールでやり取りしたりもしていたので、もっとこれが当たり前になるだろうと思っていたんです。その過程で何か面白い出来事が起こるだろうとも思っていました。結構新しい分野なので、わりと若い人たちにも活躍の場があるんじゃないかなというところ興味にを持った感じですかね。
川井: なるほど。
山田: 僕としては、いつも選ぶときには、わりと楽なほう楽なほうを行こうと思う傾向があって。そうすると何か、トラディッショナルな企業に入って、トラディッショナルな競争をしていくとやっぱり大変かなと思うので。
川井: そうですね。
山田: そういう意味では、インターネットとかものすごく新しい分野なので、若いってこと自体がすごい武器になったりするのかなと思ってました。
川井: なるほど。
山田: 楽天で半年ぐらい働いてみて、結構会社の流れとか、こうゆう風にやっていくんだなということが、すごく分かった気になってしまったんです。新規事業の立ち上げを本当に3人位でやっていて、それが全部ガラス張りの状態の場所だったので全部見えていたんですよね。
川井: そうなんですね。
山田: そうゆう意味では、自分でもやってみたいなとすぐ思ったし。その時ちょうど、早稲田の教授や僕の友達から独立というか、大学で独立支援のプロジェクトを勧められて、そっちをやってみようと思い、楽天自体の内定をお断りした様な感じですね。
川井: なるほど。結局、インターンだけ行って入社しなかったということですか?
山田: そうですね。当時楽天がそれほど知られていなくて、僕が楽天という会社に行くみたいな話をしたら、パチンコ屋?みたいなことを言われました(笑)。
川井: (笑)
山田: でも、それ以降すごいどんどん有名なっていったんですよね。
川井: そうですね。
山田: そしたら、元楽天みたいなイメージで結構見られるんですよ。それはフリーとかで仕事をしていた時には、ものすごく役に立ちましたね。
川井: なるほど。
山田: どこの誰?みたいになると思うので、そういう意味ではすごいラッキーでしたね。熱気のあるベンチャーで働けたことや、その雰囲気とかはすごい勉強になりましたね
川井: 吉田敬さんとは、その辺ですでにお知り合いになっていたんですか?
山田: そうですね。僕が入って、しばらくして、吉田さんが入ってきました。僕が新規事業開発部で、彼は開発部にいたので、そんなにすごい接点があった訳ではないんですけど。吉田さんはどちらかというと、そこでのし上がっていった感じで。
川井: そうですね。
山田: 経歴だけみると、平からのし上がったすごい人のイメージですが、当時は気のいい先輩ってイメージでしたね。僕の直属の上司もリクルート出身でしたし。
川井: あっそうなんですか?
山田: 吉田さん結構中日ドラゴンズ大好きでしたね。
川井: あっそうですね。(笑)
山田: 僕も一応名古屋出身なので。その辺でいろいろと気があったりして、ちょこちょこ話をしたりとか、ご飯に行ったりしていたという感じですかね。
川井: うちの武勇伝にも出ていただいたりしまして。
山田: そうですね、読みましたね。吉田さんとは普段あまり昔話をしないもので、ああそうゆうことだったのかと思いました。(笑)
川井: (笑)
山田: 今、取締役になっていただいてるんですよ。
川井: 拝見いたしました。先週リリースされていましたね。
山田: 大きくなってきたときのマネージメント的なアドバイスをお願いしたくて。僕はサービスを作る部分の方が好きなので、人のマネージメントとか出来ない訳じゃないんですけど、あまり得意ではないんです。そういう部分で、いろいろとアドバイスを頂いたりしてます。

川井: 楽天をやめて、大学発ベンチャーみたいな所のインキベーションをやられたんですか?
山田: そうですね。最初は早稲田生が、特にITの方でもうちょっと元気になってほしいと思って始めました。大学のITインフラなどをかなり推し進めてきた村岡先生という方がいるんですけども、その先生の研究室は早稲田生が千里眼という検索エンジンを作っていたりしている研究室でして、先生本人も分散コンピューティングの様なことをされていて、IT分野で若い人の助けをしようということをしていたんです。僕自身ももともとNPOみたいなものにものすごい興味をもっていて、大学時代にアイセックもやっていたので、先生のやろうとしていたことには非常に興味を持ちましたね。アイセックは国際ビジネスマンみたいな人間を育てる名目でNPOとして世界中にあって、持続性がある感じの運営をしているんです。ただ、世の中にはお金で解決できるものがあれば、出来ないこともあると思っていまして。
川井: そうですね。
山田: お金で解決できる部分はうまく回っていているのですけど、お金で解決できないNPOとかNGOとかはなかなかうまくいかないんですよね。そこの部分は今でも関心があって、ずっとやってみたいと思っていたので、いい機会かなと思って始めました。
川井: なるほど。
山田: 初めはうまくいっていて、いろんな面白い人と会えたんです。その時の人脈はその後活きてきましたね。3年ぐらいはフリーでやっていたのですが、仕事に困ることはなかったし、いろんな人がいろんな仕事を紹介してくれて。インタビューとかしに行ったり、講演とかやって結構有名な人とか呼んだりできました。結構そういう意味で、いろいろな人と知り合いになれてよかったなと思っています。
川井: そうなんですね。
山田: ちょっと違っていたのは、僕は何か強いNPOというか、稼げるNPOみたいなものを作りたかったんです。例えば、企業とかから会費を取って、当然給料もNPOからもらってとか考えていたんですけど、そこまでの能力・経験とか含めて、ぜんぜん足りなかったですね。村岡先生とかほかの人達とか含めて、一応場所とか、サーバは提供するけど、個人にお金を払うのは違うよね?と。従来のボランティア型組織を考えていたので、僕の力不足と方向性の違いもあって、手伝ったりはしつつもフリーでやってました。2000年の秋から、仕事を受け始めて、2004年位までは、フリーで続けている状態でしたね。
川井: 半年ぐらいはNPOで、そのあと3年強はフリーだったということですか?
山田: はい、そうですね。
川井: 早稲田初のベンチャーってあまりクローズアップされてなかったと思うのですが、その当時はどうだったんですかね。今、興味があっておもしろいなって思ったんですけど、当時から育成したとゆうか、目をつけたところで、伸びたところはどこかあるんですか?
山田: そうですねぇ・・・村岡先生の研究室出身でルナスケープという会社があるんですけど、ルナスケープの開発していた人間が僕と同じ年で。村岡先生の研究室で研究していたものを事業化したもので、ブラウザを作ってすごくうまくやって、今年はシリコンバレーに行っているみたいですよ。あと、Utagoeっていう会社も、村岡研究室のもうちょっと上の世代の方達です。
川井: なるほど。
山田: そうゆう部分で、こうやってやればいいんだと思ったかもしれませんね。その当時あった、JobWebがセッションをやってくれた時に、一緒に来てくれた三根っていう人がいて。彼はソニーに入って事業戦略をやっていたんですが、今はインキュベーションの会社(株式会社insprout)をやっていて、うちと一緒に合弁会社を作ったんです。そういう形でいろんなところでつながっていますね。
川井: そうなんですね。
山田: insproutがルナスケープを支援したりとかしていますね。本当に、つながりはたくさんあります。
川井: すごいですね。そのときの人脈・経験がいい方向にいってるんですね。
山田: そうですね。同世代でもそうですし、もうちょっと上の世代の人達にもいろいろ人脈が出来ました。日本のインターネットベンチャーやっている人達とほとんど知り合いになれたので、それはそれで、すごくよかったかなと思いますね。
川井: なるほど、わかりました。

川井: その後フリーになったということですが、何か思うところがあって会社に入らなかったんですか?
山田: そうですね。僕自身、Webサイトを作るのが好きで、普通、営業の人がいて、エンジニアがいて、こういうシステムを作ってほしいと営業に言われても、システム的には出来ない部分が出てくるんで、その間に立って、エンジニアと一緒に全体を作っていくことがすごく面白いなと思ったんです。その部分が出来る人は、今もほとんどいないと思いますが。当時も希少性が高かったんで、いろんな案件が持ち込まれる様になり、儲けることも出来たので。とりあえずそれをやってみようと思いました。あと、僕の中では、漠然とした夢みたいなものだったのですが、ずっと昔からアメリカに行きたいとすごく思っていたんです。高校、大学のときも、行こうと思っていましたね。
川井: なるほど。
山田: でも結局、行かなかったので、すごくコンプレックス的なものがあったと思います。日本自体が好きなので、ここを離れるのもなと思って日本に残っていたのですが、やっている中で、やっぱり行きたいなって思いが結構あって。。。特に、インターネットだと、シリコンバレーが一番中心になっていて、そこに行きたいという願望があったんです。仕事をして、お金をためて、それで行こうと思っていたら、思ったよりは早くお金が貯まったので、2002年の春ぐらいに行こうと思ってしまったんです。でもその時丁度、アメリカ政府がやっているダイバーシティープログラム(DV)というものに応募したら、たまたま通ってしまい、通ったことで逆に、ほかのビザが申請出来なくなっちゃったんです。
川井: そうなんですか?!
山田: それで、結果的に2年ぐらい待つことになってしまったんです。面接などのプロセスがすごい遅くて。。。毎年10月から始まって9月ぐらいまでの間で、当選した人の中で面接が行われているんですけど、その中でもさらに当選番号っていうのが関係していて、HPに「今月は何番~何番の人が面接です」みたいな感じになっていたんです。それで、僕が当選した当選番号が結構遅かったんですよ。それでかなり待ったんですけど、僕もなんだかよくわからないし、弁護士も使わずいろいろ自分で調べたりしていたら、面接してアメリカ行くまでに結構時間がかかりそうだというのが数ヶ月たったときにようやくわかりまして。それでもう、待ってられないから行こうと思って実際現地へ行って家探しを始めました。でもなかなか見つからず困っていたタイミングで、ある人から、「富士山マガジンサービス」という雑誌の定期購読のベンチャーの立ち上げを手伝ってくれないかというの話があったので、「おお、そうか」と思ってそれをやることにしたんです。それが、2002年の夏ですね。
川井: それは、業務委託のフリーで?
山田: そうですね。一応、僕自身もお金出していたので、そういう意味では創業メンバーみたいな感じでやっていましたね。お金のもらい方だけは、業務委託的な感じでもらっていました。そういう都合いろいろやっていて、結局アメリカに行ったのが2004年の2月ぐらいです。
川井: ようやくって感じですね。
山田: ようやくそこまで行った感じです。

川井: アメリカではどんなことを?
山田: とりあえず、右も左もわからなかったので、学校に行って、何やろうかなと思いながらふらふらしていていた感じです。
川井: (笑)
山田: いろいろ好きなことはあったんですよ。インターネットもすごくおもしろいなと思っていたんですが、カフェ、不動産ビジネスとかいろいろしてみたいとも思いまして。アメリカってご飯がおいしくないので。
川井: そうですね。
山田: おいしいものを出せば、流行るのではないかなという安易な思いがありまして。向こうで知り合った日本人で、以前、日本食のレストランをやっていた人がいたんですよ。引退したけど、あまりにもつまらないので、もう一度その人と一緒にレストランをやろうという話が出たんです。
川井: なるほど。
山田: 実際、物件を見に行って、いろいろ教えてもらっていく中で、アメリカでの飲食をやるにあたっても、日本で飲食をやるにあたっても、すごく大変なことが分かったんです。たとえば、トイレの大きさとかみんな規則で決まっていたりとか。要するに、車椅子の人がちゃんと店の中で移動やトイレ等使用できないといけないので、日本のほとんどの飲食店は違法になってしまうんですよ(笑)。
川井: そうなんですね。
山田: 規則とか、保険とか、ちょっとした事故でもそれだけで破産してしまいますね。規則がすごく厳しくて、物損がものすごくかかるし、僕もそんなにお金を持っているわけではないので、なかなか厳しいなと思いました。一番厳しいなと思ったことは、一番初めにいろいろなことを自分でスタートしなきゃいけないわけじゃないですか。
川井: はい。
山田: それでいろいろ考えたときに、やっぱりインターネットでWebサービスを作って、いろいろな人とコミュニケーションをとりながら、サイトを作っていくほうが、関心があるということに気がついたんです。
川井: なるほど。
山田: あとは、純粋な英語圏で仕事をするのではあれば、あと4、5年は勉強しなければ、難しいなと。
川井: そうでしたか。
山田: 人脈って意味でも、日本では、インターネット業界の多くの人と知り合いですが、アメリカではゼロからはじめないといけなかったんですよね。だったら日本で会社を作って、それでもういっぺん日本で作ったプロダクトをもってアメリカに来る。自分としては、その方が早いのではないかと思いました。コスト面でも、いいエンジニアは年収も高いし、それだったら、日本で資金調達したほうがやりやすいと思ったんです。いろいろ総合的に考えて、日本でビジネスすることにしました。ちょうどその頃、今共同代表としてやっている副社長から、アメリカ行っている間に、メールをくださいと連絡がありまして。彼は、サイバーエージェントの社員一号で、藤田さんの本とかにも載っていたりしているんです。サイバーエージェントも社員が1000人超えてきて、「自分でビジネスをやろうと思っているんだけど」と言ってきたんですよ。彼は、営業畑の人間で、エンジニアリングのわかる人とやって行こうと思っていて、もしよかったら、一緒にやりませんかと話があったんです。じゃあやりましょうという感じで始まった感じです。それが丁度、2005年の2月位かな。そこで、株式会社にしました。それまでは一応、有限会社を持っていて、それは僕のプライベートカンパニーだったので。
川井: そういうことだったんですね。2001年の設立でしたよね?
山田: そうです。一応それは箱として持っていたんですけど、僕のポケットとして使っていただけでした。そこから本格的にやり始めて、今丁度、3年ちょっと位ですかね。
川井: なるほど。お話を聞いている限りでは、会社に勤める気はさらさらなくて、自分でやるってことが大前提で、ずっとフリーの時から来てらっしゃると思うのですが、元々そういうつもりだったんですか?
山田: いや、別にそうでもないと思います。たまたま、そっちのほうがよかった程度なのかなと思ったりはします。
川井: 選択肢になかったわけではないんですか?ということは、会社に勤めるということもあり得たんですか?
山田: そうですね。それぞれの目的別ですかね。アメリカ行くために、お金とためようと思って働いたり。目的のためには、なかなか会社の中では出来なかったこともあるかもしれないですけどね。
川井: 起業することをずっと前から決めていたのかと思いました。
山田: いや、そうでもないんですよね。僕も実はそんなことになるとは思っていなかったんですよ。一応、大学のときからビジネスっていうのは一つの分野としてものすごく興味があって、ビジネス本とか読んだり、講演とか聴きにいったりはしていたんです。でも僕が大学4年の時にマザーズが出来て、それまでは上場まで何十年という長い経験が必要だったりして、リスクマネーとかもほとんどない状態だったので、そういう意味では起業自体が本当に遠い話になってしまっていたという感じがありましたね。渡邉美樹さんとか、いろいろな人の話を聞きに行ったりとかしてみたんですけど、もはや天上の人みたいな感じでした。その当時、「僕にはここまで、出来ないな」って思っていたので、とりあえず起業とかは考えなくていいかなと思ってたんです。でも、楽天に入ってビジネスやってみたら、人と一緒にやろうと思えば工夫次第でやっていけるのかなということを思ったんですよね。
川井: じゃあ、無意識に、本能にしたがってというか、状況に従っていかれたんですか?
山田: そうですね。偶然というか、マザーズが出来て、それが身近で、僕の知っている人が上場したりとか、上場しなくてもどこかの会社に買収されたりとか、そんなことがいろんなところで起きていて。いつの間にか身近な話になっていたということが結構大きかったですね。
川井: なるほど、わかりました。

川井: 本格的に会社を始められて、最初に作ったサービスは何だったんですか?
山田: 映画のサイトを昔から趣味でやっていて、有限会社をやっている時にDVDの御会社と提携して、マージンを課した感じですかね。
川井: なるほど。
山田: 今は、DVDの販売とかはもうやめてしまいました。理由としては、アマゾンさんとか、楽天ブックスさんなどがかなり安売りをしているので、それに太刀打ち出来ないからですかね。それらを紹介するサイトとかにしていて、映画のコミニュティサイトにして、いろいろな人がレビューをしたり、ウィキペディアみたいに勝手にページを書き換えたりとか出来るようにして、CGMといわれているユーザ参加型の映画のサービスにした感じですかね。
川井: なるほど。
山田: 写真のCGMは、「フォト蔵」をやっています。いろんな人がデジカメとかで撮った写真を共有するのは、なかなか難しいところがあって。動画も扱えるようにして、アップロードしておいて、SNSみたいな機能がついているのでプライベートの機能がかなり強く出来ているんです。たとえば、これはみんなにとか、家族のみとか、大学の友達とかを分類して、公開できるのが特徴のサイトですかね。
川井: 映画は昔から興味があるとお話しされてましたが、写真の方はどんな発想から?
山田: 写真は、撮ること自体は好きなんですけど、別に、デジタル一眼できれいな写真を撮ることに関しては強い関心はもっていないんです。共有するという意味では、いろんな人に写した写真を共有したいなという発想があったんです。写真というのは、誰でも関心を持っているものだと思いますので。映画もそうですけど。そういう意味では面白いかなと思い、その分野を選んだ感じです。
川井: なるほど。今もこの2つをメインに、他にもいろいろしていこうという方針なんですか?
山田: そうですね。エンジニアがたくさんいる会社なので、他社との共同事業という形で、いろいろやってはいますね。今、実際エンジニアが9割占めていて、よいエンジニアを集めることができていると思っています。
川井: すごいですね。
山田: なぜかというと、「ウノウラボ」ブログというものをやっていて、エンジニアが持ち回りでブログを書いていているものなんですけど、それがすごい人気のブログになって、みんな読んでいる感じなんです。「ウノウラボ」を知らない人は多分、Web系でのエンジニアはいないと思います。
川井: 確かにいないですね。
山田: そういうのもあって、すごいリクルーティングとかはやりやすい状態ですね。うちに良いエンジニアいることを知ってくれていますから。企画でこういうのがやりたいとかが沢山くるので、その場合、一応最低限のお金は貰って、アッパーの部分はレベニューシェアでやっています。また、うちが一部出資をして、共同の事業もやっています。いろいろなパターンがありますが、いろいろな外部プロジェクトとかもやっていますね。一部、受託もやっていますし。新規事業みたいなものを自社でやる部門も考えたりしたりとか、今も一個準備していますし、共同事業でも一個準備しているんですよ。
川井: いろいろやってらっしゃいますね。
山田: ただ、去年はかなりいろいろなサービスをしたのですが、あまりにも拡散しすぎました。その反省があって、今年は確実性の高い物を吟味してやって行こうと考えています。今は、共同でやるものと自社でやるものの2つのサービスを考えていて、それ以外の去年いくつかオープンしたサービスは小休止しようと考えています。
川井: そうすると、アイデアを創出するというよりも、アイデアをもらって一緒に作るみたいな方を得意としているのでしょうか?
山田: 現状では、かなりそういう形になっていますね。
川井: なるほど。
山田: 逆に、今は、自社でちゃんとサービスを作れるようにしたいと思っています。まずは、柱を1本か、2本作るのが今年の目標です。
川井: なるほど。
山田: 外部からアイデアを貰ってやっていて、中にはすごくうまくいっていたものもあったのですが、その会社が買収されたりとかもありまして。
川井: ややこしいですね(笑)
山田: それで強制的に終わってしまったりということもあったんですよね。もちろんキャピタルゲインもありましたが、やはり、自社でやっていかないといけないという反省もありました。無理して、外部からのアイディアをアサインしていくやり方をやめにして、共同事業として、一緒に作っていくというそこの部分は完全受託にしてやっていこう、自社に残るようにやっていこうというのが、今の方針です。
川井: カヤックさんのイメージに近いのでは?
山田: カヤックさんは、どっちかっていうと・・・。アイデアが楽しいこと重視というか、割とニッチだったりしますよね。うちは、メタのところをやっているので、写真のサービスはワールドワイドでやっていこうと思ってやってたんですが、なかなか海外でのPRがあまり出来なくて、主に日本人が使っているのが現状ですね。気持ちとしては、世界で通用するサービスを作って、海外に持って行っていこうと思っています。今後やろうと思っているサービスは、サービスオリジナリティが強いものと思っています。カヤックの方はよく知っているんですが、仲間内で楽しくやっているような感じがして、逆にうちはさばさばしていて、社内でもプロフェッショナル主義というか、完全実力主義のような感じでやっている状況ですね。
川井: カヤックさんは、「楽しい」がキーワードで、御社は「世界に通じる」みたいな感じですかね。
山田: そうですね、世界に通じるってことが目標ですね。
川井: たしかに映画とかフォトとかは、世界中どこでも使っているものですもんね。
山田: そうですね。今のところは、ドメスティックなサービスなのですが、気持ちとしてはワールドワイドでやっていこうと思ってます。いつかは世界中で使われるようなサービスを作っていきたいですね。
川井: なるほど。よくわかりました。一点お聞きしたいのですが、御社には優秀なエンジニアがたくさんいらっしゃるじゃないですか?さっきの「ウノウラボ」のブログは、はじめから機能してなかったと思うのですが、最初はどういう旗の元に集まったんですか?
山田: 一番最初は、僕と石川と、あと今のCTO尾藤ですね。
川井: 最初のメンバーなんですね。
山田: そうですね。彼は、サンフランシスコの学校で、偶然僕のいるクラスに体験入学という形で入ってきて、いろんな話をしていて彼がエンジニアだということがわかったんです。どこで働いているのかと聞いたら、今はHDEという会社になっているホライズンデジタルという会社で働いていて、僕がそこの社長とは以前から知り合いだったので、それですごいびっくりしたんですよ。当時彼は、相当Linux寄りというか、基盤系寄りの人間だったんですけど、WEBサービスも面白いという話をして、意気投合して。日本に帰ってきたら一緒にやりましょうよという話になり、日本に帰ってきて一緒に始めたという感じです。その、3人が基本ですね。
川井: なるほど。
山田: 尾藤が、IPAに採択されてプロジェクトをやっていたこともあって、そこのつながりで良いエンジニアとか知り合いだったりとかして。あとは、オープンソースなどの勉強会での顔の広い人間だったので、彼の人脈とかで、雇用できたのが一番初めですね。10人ぐらいになってきた段階で、持ち回りでブログをやろうという話が出て。それが結構きついんですよ(笑)。
川井: きついですよね(笑)
山田: 最初は毎日、更新していましたね。最近はそこまで熱心にやってなくて、1週間に一記事でやっているんですけど、一番最初は、もう専門のようにやり続けていていました。あんまりそのような試みがなかったので、ちょうどその時、はてなブックマークとかソーシャル系のメディアが出来てきた時期で、はてなブックマークとかで話題になるたびに読者が増えたという感じです。
川井: かなりついていますよね。
山田: 読者が増えてきて、今だと100ブックマークはめずらしくないですね。
川井: なるほど。
山田: いろいろ競いながら、いいエントリーが書けるようになったんです。切磋琢磨して、有名になって。すぐには、効果は出なかったのですが、今はリクルーティング系の媒体に出さなくてもホームページから応募があります。そういう意味では、もっとも成功していると言っても過言ではないと思います。
川井: そうですよね、わかります。
山田: 今でも採用しようとすれば採用できるのですが、会社自体の体力がないので、今年は我慢して、ビジネスと作ろうとしている状況です。
川井: すばらしいですね。そんな中で、エンジニア部隊のモチベーションを維持して、常に仕事をしてもらうし、キャリアアップしてもらう心がけとかありますか?
山田: 勉強会とか、コミュニティーとかですね。
川井: なるほど。
山田: 自分である一定の時間、自分の好きな時間を作るんです。例えば、火曜日のある時間からある時間までは、自分の好きな時間を作っています。 社内では「右脳トレ」とか言われています。社内でも勉強会とかもやっていて、あと、雑誌とかの執筆依頼もかなり来てますね。
川井: そうなんですね。
山田: 執筆依頼も積極的に、「個人として、ちゃんとウノウのエンジニアとして、書いてください。」とやっているので、そういう意味で、自立的に勉強していくのには、結構いい環境になっているのではないかと思っています。普段一緒に仕事をやっていく段階で、人のコードを見る機会があるので、勉強会でもコードレビューがありまして。それに対して、意見の出し合いができるので、プロフェッショナル同士が意見の交換をやっている感じがありますね。あんまり出来ないとかいう人は一人もうちにはいないので、そのようなことが出来る環境ですね。
川井: 場さえあれば、みんなが自発的に意見の交換ができる場を作っているということですね。
山田: そうですね。
川井: それは、いいことですね。
山田: この状態が続けられるかはわかりませんが、少なくともしばらくは問題ないかなと思います。
川井: なるほど。ちょっと話は変わりますが、会社でいろいろな言語で開発していると拝見したのですが、メインはPHPなのですか?
山田: そうなんですが、実はそんなにこだわりはなくて、新規プロジェクトでは最近Rubyを使うケースがかなり多いですし、その辺も、特徴的ですね。一般的な会社だと、開発言語をPHPで統一して、フレームワークを統一して、ランニングコストを抑えてという感じですよね。うちも昔はそのようなことをやっていました。今は、好きにやらしてくれとの意見が多いのでそのようにしています。
川井: (笑)
山田: PHPのプログラマーとして入った方も、今は、Rubyが話題だからやってみたいとか、Pythonのプロジェクトもあります。
川井: そうなんですね。
山田: その辺の縛りは、全くないです。
川井: 自分で新しい技術を取り入れて、チャレンジしていこうという感じですかね?
山田: そうですね。その代わり、やるからには責任を持ってやっていってくださいという感じですね。
川井: なるほど。
山田: 新しいテクノロジーに触れられるというのは、会社としてのひとつの魅力だと思います。
川井: そうですね。
山田: そこに関してはある意味、福利厚生的みたいなところがあるのではないかと思います(笑)。
川井: それ面白いですね(笑)。
山田: 新しいテクノロジーを扱えますよ、みたいな。
川井: ニュアンスは良くわかります(笑)。
山田: うちに来れば、新しい言語とか、新しいライブラリーとか何でも使えますよ、みたいな感じがあるかも知れませんね。
川井: なるほど。

川井: 最後に若いエンジニアに向けて、一言お願いできますか?
山田: うちにいるエンジニアは30歳位が多いんですよね。どの様なパターンが多いのかと言うと、それぞれの会社で一生懸命やってきていて、会社内ではとにかく一番出来る存在になった人が多いんです。
川井: なるほど。
山田: 勉強会とかいろいろ行ってみて、それでもプログラムを組むことが好きで、勉強会とかでうちのメンバーとか知り合ったりとか、ホームページで応募してきたりとかして、一番油が乗っている人が結構多いと思うんですよね。
川井: なるほど。
山田: そういう人は向上心が強く、勉強会とか参加しているぐらいなので、非常にレベル的にも高いんですよね。
川井: はい。
山田: 大学を卒業して、30歳位まで普通に過ごして、勉強だと思って本を読んだりして来た人とはやっぱり違いますね。厳しいかも知れませんけど、週末、勉強会とかに参加出来ない人は、正直言って、エンジニアを辞めた方がいいとも思ってます。
川井: なるほど。
山田: 自分が関心の持てるものや、土日とかつぶしてでもいいぐらいのものを見つけて本気でやっていったほうがいいのではないかと思います。そうじゃないと、普通にピュアに「プログラミング大好きです」という人に絶対勝てるわけないですよね。
川井: そうですね。
山田: 逆に、言語問わず、プログラミング大好きだからという人は、まずは、自分の環境の中でNo.1を目指してもらって、それからもっと外の環境を求める方が良いのではないかと思います。
川井: なるほど。
山田: 学べることは沢山あるので、環境が変わってもあまり変わらないことが沢山ありますし、すぐに転職とか考えなくても良いかと思いますね。
川井: そうですね。
山田: まずは、圧倒的なレベルに自分を高めてから外の世界に出たほうが良いかと思います。
川井: そうですよね。
山田: そういう意味で、2種類あると思いますね。自分でやりたいことが決まっているならば、それをやり続ければよいと思います。逆に見つかってなければ、周辺の分野とかで考えたほうが良いと思います。僕ははっきり言って、エンジニアリングより、Webサービスを作る方が好きなので。
川井: お聞きしていると山田さんはプロディース寄りなんですかね?
山田: どちらかと言うとプロディースですかね。昔は、プログラミングからディレクションまで、すごく細かいところまでこだわっていましたが、最近はプロディース寄りです。昔は、人に頼む場合は、コストが高いので、自分でやってしまったりしていましたが。
川井: なるほど。
山田: 今は影響力が大きい部分とか、発想する部分とかをしています。特に今は、海外とかのWebサービスを細かく見ている人は、そこまで多くいないので、そういうものを毎週社内に紹介したりしています。そういうのを僕はすごく面白いと思ってやっているんですよ。必ずしもエンジニアとして極めなければいけない理由はないと思います。だめだと思ったら、さっさと諦めるのも一つの選択ではないかと思いますね。
川井: なるほど、わかります。Klabの仙石浩明さんも同じことも言ってましたね。向く、向かないとかありますよね。やっぱり、家に帰って、自然にパソコンに向かってやる人ではないとその人は言っていましたね。
山田: そうですね。結局、そこまでのコンピュータとか言語とかは、数学的センスがものすごい必要なので、そこに追いつけないといけないと思います。逆に企画の部分とかでは、負けない部分があればいいんじゃないですかね。
川井: そうですね。わかりました。大変、分かりやすいご意見だと思います。30歳までに決めろという感じですかね。
山田: そうですね。本当に30歳位が多くて、僕がちょうど30歳だし、平均年齢も30歳位ですかね。若くしてすごいエンジニアもいますしね。
川井: 確かにいますよね。
山田: 歳とったらいろいろな能力をつけていかないと難しいと思いますよ。
川井: そうですよね。
山田: 限界に到達してしまう人もいるのかなと思います。
川井: そうですよね。エンジニアで、一千万稼ごうなんて人は、本当に一握りしかいませんよね。
山田: エンジニアの人も、サービスという部分に目を向けたほうが良いと思いますね。 例えば、いいWebサービスを作る人は、エンジニア出身ではない人が沢山いますしね。
川井: そうですね。
山田: エンジニアではない人が優れた企画とかをしていることに、エンジニアは危機感を持ってないといけないと思います。最近流行っているWebサービスを見て、技術力的にはたいしたことは無いからといって、そのサービスのエレガントな部分を評価せず、技術的な部分や進歩性にだけにとらわれていると、サービスの良さがなかなか分かってこない部分があるのかなと思っていてます。優れたWebサービスを見ると、すごく練られてる部分があったりしますし。
川井: なるほど。
山田: そういう意味で、僕も納得できてない部分があるんですよね。映画とか写真とかはそれなりのヒットはしていて、それなりには収益はありますが、今の状態だと結構かつかつになってしまうと思うんです。それでは面白くないので、もっと高みの部分を目指していこうと思っています。
川井: なるほど。
山田: そのために、日々もがいています(笑)。
川井: そうなんですね。本日は長時間にわたり、貴重なお話を本当にありがとうございました。
山田: こちらこそありがとうございました。      

早稲田大学在学中に、早稲田リンクスの代表、楽天株式会社にて楽天フリマオークションの立上げなどを経験。2000年3月卒業後、NPO Zaiya.comを立上げ後、フリーのウェブ・ディレクター・プログラマーに。2001年8月有限会社ウノウとして法人化。2002年6月より雑誌定期購読エージェンシー「富士山マガジンサービス」に参画し、ウェブサイト設計全般を担当。2003年6月大手卸会社と提携し、DVD販売サイト「DVD生活」を開始し新作映画情報サイト「映画生活」を事業化。2004年2月よりシリコンバレーに拠点を移し、インターネットビジネスのリサーチなどをする。日本から世界的サービスを作るため、2005年2月に帰国し、ウノウ株式会社に組織変更。写真・動画共有サービス「フォト蔵」、ケータイ動画共有サイト「ビデオポップ」などの立ち上げでディレクションを行う。主に新規ネットサービスの立ち上げを担当。

ブログ:suadd blog

会社社名 ウノウ株式会社(英文表記:Unoh Inc.)
http://www.unoh.net/
代表取締役 山田進太郎 石川篤
資本金 1億6600万円
所在地 〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-13-11 渋谷TKビル8階

実はこの方が紹介者→ Webエンジニア武勇伝 第27回 石橋秀仁氏
次に紹介したのは→ Engineer25 第7回 樋口智裕 氏

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会社社名 ウノウ株式会社(英文表記:Unoh Inc.)
http://www.unoh.net/
代表取締役 山田進太郎 石川篤
資本金 1億6600万円
所在地 〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-13-11 渋谷TKビル8階

実はこの方が紹介者→ Webエンジニア武勇伝 第27回 石橋秀仁氏
次に紹介したのは→ Engineer25 第7回 樋口智裕 氏

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